どうして弱者の振りをするわけ?
やっと三話目!大変でした・・・
応援よろしくお願いいたします!
「・・・」
「・・・」
気まずっ・・・なにこれ。
食堂を後にした僕とスカイラーは、歩き出してから一言の会話もなくギルドの廊下を歩いていた。
まだ夕方で、廊下を行き交う人々の喧騒は相当なものだというのに、沈黙が重たい。
スカイラーとの約束を果たすため、「こっち」と短く呟いたスカイラーについていっているが、僕のことなんて忘れているのかと錯覚するような足取りである。
そうして五分ほど歩き、ギルドの旧館呼ばれる、現在は主に倉庫やギルド管理人たちの事務所になっている建物に入った時点で、
「・・・どうして」
と、歩みを止めずにスカイラーが声をかけてきた。
「どうして弱者の振りをするわけ?」
「え?」
やっと気まずい空気から解き放たれた解放感もあり、間抜けな声を返すことしか出来なかった。
「どうしてあんな小物・・・あの時殺しておけばよかった・・・」
何やら怖い事言ってる。
「ともかく、どうしてあんな小物相手に弱者であり続けるわけ?」
「弱者であり続ける・・・?」
「そうよ。あんな奴ら、少しくらい痛い目見てもらえばいいじゃない」
意外だ。スカイラーはギルドマスターという立場もあってか、小さい事にはいちいち構わない。冒険者としての腕だけでなく、スルースキルも抜群なのだ。
そんなスカイラーが「やり返せ」と言ったのである。
「右手を焼かれておいて、”小さい事”とは言わないのよ。治癒魔法も使えないのに」
「スカイラーが直してくれるから大丈夫だと思って」
「・・・」
何やら昼間にも増して不機嫌な様子である。怖い。
「それにあいつらの言うことも間違ってないし・・・Fランクも魔無も事実だしね」
「そう・・・。なら――」
そういってスカイラーは、腰に差したその刀――刀身が白く輝き、まるで滝の糸が束になって刀となったような、とても美しい日本刀。名刀・霜時ノ一である――を抜いた。
間違いなく国内随一の抜刀術をもってして鞘から刀身が伸びてくる。
初速から最高速たらしめるその武術は、スカイラ―独自の剣術と魔術の融合、その結晶である。
まるで空気を縫うように、初めからそうなることが決まっていたかのように、正確無比に僕の首元に刀が迫る。
まさに神速。こと早さにおいては類を見ない彼女の剣は、
「”――”」
空を描き、円を描くようにして彼女の鞘に納まった。
「どうして私が持ちうる最速の剣が、あなたに届かないのかしら」
・・・今のはどう考えても殺す気だった。
「そうよ。どうやら弱者でいるのが心地いいみたいだったから、弱者らしく切り捨ててあげようかと思って」
「心を読まないでよ。あとさっきから勘違いをしているようだけど・・・」
「あら?何よ勘違いって。あいつらの顔を見たでしょ。悪寒のはしる笑みを醜い顔面に張り付けて、どうしてあんな奴らにハヅキが・・・ッ」
スカイラーが何に怒っているのかやっと分かった。何もやり返さない不甲斐ない僕に怒っていたのかと思ったけど、どうやら違ったようだ。スカイラーは怖いけど、やっぱり優しい。
「不甲斐ないあんたにも怒ってるわよ!私はね、力があるのに何もしない奴も嫌いなの」
僕にも怒っていた。まぁ言いたいことは分かるし、スカイラーの言うことは概ね正しい。
けど一つだけ、さっきも言ったけどスカイラーは勘違いをしている。
「あんたが弱者として振舞うのは構わないけど・・」
「”黙れ”」
瞬間、僕とスカイラーの周りだけ空気が一段と寒く、重くなる感覚。
あんまり知人相手に、それも数少ない知人相手に力を使いたくないけど、こうなったスカイラーはこうでもしないと止まらない。
「”僕の話を聞け”」
「・・・ッ」
言葉が心の震えから生まれるものならば、その逆もまた然りーーそれは抗わざる震えとして、そして心に身体が逆らうのは不可能である。
「・・・ごめん」
「・・・いや、私こそ熱くなりすぎた」
「・・・僕は」
僕はスカイラーと違って特筆すべき剣の腕もなければ魔法も使えない。そんな僕を、
「僕を弱者たらしめてるのはこの世界だよ。剣と魔法が使えないというだけで、この有様だよ」
剣と魔法の実力主義。世界を挙げて勇者パーティーと塔のために戦う世界。
「僕は一度だって、”僕は弱者です”と成り下がった覚えはないよ。弱者の振りなんて・・・してない」
周りの人々が、世界が、勝手に人を弱者たらしめる。
「でもだからって、やっぱり無闇に人を傷つけていい訳じゃないと思う」
どれだけ弱者と罵られようと、蔑まれようと、痛めつけられようと、それでもやっぱり憎しみは憎しみしか、痛みは痛みしか生まないのである。
悪魔と遊べば悪魔となる。僕は悪魔になるつもりはない。
「ハヅキの言うことも分かる。分かるけど、それじゃ傷つけられる側の人は泣き寝入りをするしかないって言っているようなものじゃない」
「そうだよ。まさに弱肉強食。弱い者は淘汰される世界。・・・スカイラーも分かってるでしょ?」
「・・・私はそんな歪んだ世界を変えたくてギルドマスターになったの」
本当にスカイラーは優しい。
上に立つことで背負おうと言うのだ。世界に比べたら小規模ながらも、シュラノ国のギルドの歪みに、責任を感じている。
そんな責任感も相まって、スカイラーは僕の立ち振る舞いに苛立ちを感じているのだろう。
「うん。知ってる。だからこうして僕も力を貸してる。スカイラーを苛立ててしまっているなら謝るけど、僕も僕の目的の為に、このやり方を変えるつもりはないよ」
「・・・分かってるわ。ごめん。八つ当たりだった」
「大丈夫。僕の方こそごめん」
――あなた、私と似ている。
――あなたと私なら、きっとこの世界を変えられる。
ふと、昔にとある戦場で掛けられた言葉を思い出した。
彼女とスカイラーはどこか似ている。そんなスカイラーに彼女を重ねているのかと、少し恥ずかしく、申し訳なくなって僕は目を伏せてしまった。
■■■
「まさかスカイラーが直接出てくるとはな」
時はすこし遡り、ハヅキが大仙湯で間抜けな声を出していた頃、ギルド本館の応接間にてその男は大して驚いた様子もなく出された茶に手を伸ばしていた。
シュラノ国ギルドの応接間、応接間というよりは茶室に近く、まさに”侘び寂び”といった質素な趣となっている。派手さはないが、シュラノ独自の文化と言える木造建築の粋を集めた一室である。
そんな応接間で座布団の上に大雑把に胡坐をかく男と、木彫りの机を挟んだ反対側でスカイラーが向き合っていた。
「よく言う。事前の連絡もなしに名指しで押しかけてきたくせに。私が居なかったらどうするつもりだったの?」
「ここ最近シュラノではあんたレベルの冒険者が現場に出張るような事件や事故は起きてねぇ。ともすれば、あんたはギルドにいるとみて間違いないってわけだ」
そんな男の飄々とし態度に、スカイラーは目に見えて不機嫌ゲージを高めているようである。
「そう・・・それで、今日は何しに来たの?」
「つめったいねぇ。久々に会うんだし、少しは談笑に花咲かせようって気はないのかい」
「あいにく、ギルドマスターとしての仕事があるので」
「俺だって技術指南役としての仕事の合間を縫って来たんだぜ?」
「・・・・」
どうやらこの男と会話する際のスカイラーは、会話一行につき一本の青筋が額に浮かんでくるようである。
そんなスカイラーが毛嫌いするこの男――癖のある茶色の髪をぼさっと肩まで伸ばし、小さめの丸眼鏡を鼻の上にちょこんと乗せている。サイズの大きい朱色の浴衣をだらしなく纏い、室内だというのに常に番傘を差している変人――は、そんなスカイラーを気にも留めずに話を続ける。
「ところで聞いたか?となりのジュノが今度おもろそうな大会をやるらしいぜ。うちはそういうのやらねぇの?」
「うちにはそんな暇はないし、名乗りを上げるような馬鹿はいない」
「そぉか?うちの一家は全員参加したがると思うけどよ」
「なら家内でやればいいじゃない」
明らかに突き放すようなスカイラーの態度に対し、「つめったいねぇ」と愚痴はこぼすものの、あまり意にかけた様子もなく男は続ける。
「まぁいいや。俺もあんまし時間がないし、本題だが・・・」
そういうとその男は今までの飄々とした態度を、鬼気とした態度に変貌させた。
「このギルドに、”塔葬の生き残り”が紛れ込んでるって噂だ」
先程とは打って変わって、今にもスカイラーに切りかからん勢いである。
それはオーラだけで、この男が剣士として相当な実力者であると知らされる。
しかしそんな男の剣圧に屈さず、スカイラーは平然としている。
「お前さん・・・なんか知ってるか?」
「知らないわよ」
スカイラーの即答に、男は今度こそ少し驚いたような仕草を見せた。
「私のギルドにそんな危険分子が紛れ込んでいるなら、早急に対応が必要ね。何か情報はあるの?」
「いや、あくまで風の噂だが・・・如何せん情報の出所もよく分からなくてね」
「というと?」
「うちのジジイが言うんだよ」
男はあきれたように肩を竦めている。そのジジイとやらに常日頃振り回されているのだろう。
「まぁ知らねぇって言うなら、今は動くつもりもねぇしな。だがもし――」
男は立ち上がり、応接間のふすまに手をかけ、最後に、
「お前さんが嘘を吐いていたらそのときは――俺たちキヌガサが全力でギルドを叩くぜ」
そう言い残し去し、応接間から去っていった。
「ふぅ・・・衣笠霧生・・・相変わらず苦手だわ」
男が応接間から去り、気配を感じなくなるとスカイラーは嫌悪感を隠そうともせず呟いた。
キヌガサ一族。一族の誰一人としてギルドに所属をせず、それ故に国に対しても中立を守り続ける、シュラノ国の異端児たち。
傭兵として報酬と引き換えに戦場やダンジョンに現れては、その武力で多大なる成果を残し去っていく謎多き武家。
だが国内でも類まれなる武力を抱える一族ということもあり、キヌガサ一族の振る舞いに文句を言う者は一人もいない。国も含めて。
そんな一族の剣術指南役が直接ギルドに赴き、「いざとなれば戦争だ」と脅しをかけたのである。
それは相当な事態であると言える。
「何にもないと良いけど・・・」
スカイラーはまた一つ特大の厄介事が増えたと、憂鬱に天井を見上げた。
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