その程度じゃハヅキは折れないわよ
二話目!仕事の合間を縫っての執筆(言ってみたかった)だから大変・・・
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篝と呼ばれる一族。その一族を知る者は非常に少ない。
シュラノ国は他国に比べ、”御家”という考えが非常に強い。
冒険者の中にもそういった御家、主に武家の出身の者が多く、みな冒険者としての力は勿論、自身の家名を高めることを至高と考える傾向にある。
そういった傾向が強いこともあり、よく冒険者同士での諍いであったり、家名を持たない者への差別や迫害であったりとトラブルは尽きないが、国の武力を高めるうえではまさに切磋琢磨の環境といえる。
シュラノは国の大部分が山林地域となっている。海や川が少なく、また平地も限られているため、農業や漁業といった産業には乏しいが、こと林業については世界の需要を独占している。
切っても切っても有り余るほど木に囲まれていることに加え、そんな苛烈な植物連鎖?を生き延びた木はどれも良質で、この国の経済は木に支えられていると言っても過言ではない。
そんな環境も相まって、他国が石やレンガ、果ては鉄といった部材での建築文化が進歩している中、シュラノはもっぱら木造建築である。
シュラノ唯一のギルドも木造で、ギルドというよりも、巨大な温泉旅館といった趣である。
もちろん民家や商業施設、砦に至るまで木造である。
他国に比べ産業や文化に乏しいシュラノ(他国からは田舎者の扱いをしばしば受ける)だが、こと武力においては”御家”文化の影響もあり評判が良い。
山林という他国では類を見ない環境が独自の訓練や戦闘法を生み、また連なる山々は自然の要塞と成っており、田舎と馬鹿にしながら、シュラノに戦争を仕掛けようとする馬鹿な国は存在しないのだ。
そんな武力に評判のあるシュラノで、”名家”として名を馳せる。確かに冒険者たちが躍起になるのも分かる。
だが、だからこそ――ことシュラノにおいて篝一族は異質で異常であると言える。
篝の名を知るものはシュラノの中でも”大老会”や”塔葬の生き残り”と呼ばれる者たち、その中でも一部の人間しか居ない。
また存在を知る者も、かの一族についてはみな一様に口を噤むのである。
国中から情報が集まるギルドであっても”篝”なんて言葉は見も聞きもしない。
朧のように存在するのかしないのかすら分からない程に、”名の知られぬ”一族と言える。
いつだったか大老会の一人が篝一族を”冥家”と称した。
一族の者からすれば篝は名家でも冥家でもない。
それは正に――”鳴家”だと――言葉が鳴る。言葉が成る。共鳴する。
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「あ゛~」
翻訳すると「この温泉はとっても気持ちいい。とろけそうだ」という意の込められた声を出しながら、ハヅキは宣言通り”休養”の真っ最中というわけであった。
「さすがは世界でも随一と呼ばれる名湯だなぁ」
ここ大仙湯はギルドに併設されている大浴場である。
というよりも歴史をたどると、もとは名もなき秘湯だったこの地に、その湯の質・温泉としての素晴らしさから浴場ができ、人が集まり、ギルドができたということらしく、正しくは”大浴場に併設されたギルド”と言ったほうがいいかもしれない。
言ってしまえばたかだか湯が沸いただけなのに、一国の文化の中心地となったのだから驚きである。
その湯は「千傷を癒し、万病を防ぐ」とも言われており、以前この湯に浸かった他国の大使に、「シュラノの冒険者が強いのは、この湯に浸かっているからだ」と言わしめるほどの素晴らしい温泉である。
湯の質だけでなく温泉施設としても一級で、自然の山岩をそのまま利用した露天風呂や、国の名産である木を用いて作られた浴槽、サウナや泥風呂・足湯や岩盤浴など、その気になれば一日はここで過ごせる規模なのである。
ちなみにこの大仙湯を含め、ギルドの運営は国が行っている。
現場の管理や細かい運営は、スカイラーを筆頭としたギルド管理人が行っているが、あくまで国管轄の下で、ということらしい。
「とは言っても徳島家の奴らはなんもしないけどね。利益ばっかりくすねて、面倒ごとは全部私たちに押し付けるってわけ。あのハゲども。いずれこの手で・・・」
以前スカイラーが不機嫌マシマシの時に愚痴っていたのを思い出す。
”徳島家”というのはいわばシュラノ国の国主である。
他国でいうところの”王家”や”王族”が、シュラノでは徳島家にあたる。
つまり国の管理下=徳島家の管理下、ということになる。
スカイラーはそんな超お偉いさん達と現場の板挟みで、かなり徳島家に悪い印象を持っているようである。
しかし千年以上前のこととは言え、この大仙湯を見つけ、そこに浴場を作り、質素とはいえシュラノ国の文化の礎を気付いた一族なのだ。一部ではこの湯と徳島家を神聖視する人々もいるみたいだし、すごい一族なのは違いない。
シュラノ国温泉好き好きランキング堂々の一位(自称)の僕からすれば、「温泉に浸かれるのであれば何でもいい」というものである。
実は本日の寝坊の原因もこの温泉である。朝方どうしても温泉に浸かりたい欲情にかられ、眠い目をこすって浴場に赴き、湯に浸かり疲れてぐっすりと寝てしまったというわけである。
スカイラーの手前”久々に”なんて言ったが、実は本日二度目の入浴なのであった。
サウナで身体を火照らせたのち、水風呂で身を引き締め、寝湯と呼ばれる横になりながら湯に浸かれるという至高の浴槽でぐったりとしていると、次第に不思議な浮遊感とともに、頭が冴えてくるのが分かる。
俗にいう、”整う”というやつだ。
(”塔”か・・・)
冴えた頭で、先ほどのスカイラーとの会話を思い出していた。
(ほんとうにスカイラーが塔にも勇者にも興味がなくてよかった・・・)
そうしてぼんやりと、思考を巡らせる。
(確かに僕も塔には興味はないし、勇者のパーティーに入りたいとは思わないしな・・・)
思考が巡る。そして廻る。
Fランクと称されながらも僕がギルドに身を置く理由。
戦う理由。強くなる理由。思考はやがて大昔にした決意へと廻る。
(パーティーには入れないけど・・・僕は必ず勇者を)
この世界が歪んだ理由。突如出現した”塔”と”勇者”という存在。
(勇者を殺す)
これは言葉である。口に出してこそいないものの、
彼の心の震えが生み出した言葉。言葉という名の決意である。
これはそんな言葉から始まる、世界を変える物語である。
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「おんやぁ~?ハズキじゃねぇか」
「あらまぁ魔無の?」
「いつまで冒険者やってるの?Fランクなんて今やシュラノでお前だけだよ」
風呂上りに左手を腰に当て牛乳を流し込んだ僕は、スカイラーとの待ち合わせ場所であるギルド本館の食堂でかなり遅めの昼飯を食べていた。
すると楽しみにとっておいた温泉卵に手をかけた瞬間、見覚えのある三人組に声を掛けられたというわけである。
「おめぇが居るせいでシュラノの冒険者のレベルが低く見られたらどぉするつもりだ?”あれ?この国は魔無でも冒険者になれるのぉ?”」
「言い過ぎよ。魔無でも剣の腕は抜群かもしれないじゃない」
「ねぇさん。それがこの人、剣もそれほどらしいよ」
三者三様に、顔には歪んだ笑顔がべったりと張り付いている。
街中で汚いネズミを見かけ、見下しながらつついて遊んでいるような顔である。
「まぁいい。とにかくこの机は・・・いやこの食堂は冒険者たちのもんだ。どけ」
「あらあら。ハヅキさんだって一応は冒険者よ」
「ねぇさん。Fランクは冒険者とは言わないよ。ギルドに寄生する最低な虫だよ」
「いんやぁ虫さえも微弱な魔力を帯びてるって言うからなぁ・・・こいつぁ虫以下ってわけか!」
そういって三人組のリーダーのような男—―背中に大太刀を背負い、全身を覆う真赤な鎧のうえからでも戦う為に鍛え上げられた筋肉が視認できる、いかにも脳筋剣士――が、食べようとしていた温泉卵を僕の手から弾き飛ばした。
この三人、以前からギルド内で習慣なの?ってくらい絡んでくるのである。
寮だろうが廊下だろうがどこだろうが、視界に入ったらスーッとニヤニヤ寄ってきて、気が済むまで絡み・なじり・蔑み去っていくのである。まるで某RPGのエンカウントである。
「おぉい、無視かよ。どけって言ってんだよ」
「・・・スカイラーを待ってるから」
僕がそう答えると、三人組唯一の女性――おそらくパーティー内の魔法職で、真っ黒なローブに真っ黒なフードを浅く被り、腰まで伸びた真赤な髪をなびかせている――が、机に置いていた僕の右手に向けて唐突に小規模火炎魔法を放ってきた。
魔法耐性のない僕の右手に激痛が走る。暫く消えないであろう火傷跡がくっきりはっきりと残っていた。
「・・・あんたの口からスカイラーの名を出すんじゃないわよ」
スカイラーの名を出せば引っ込むかと思ったが、どうやら逆効果だったようだ。
この三人、なぜこうもしつこく僕に絡んでくるのかと一度調べたころがあった。
どうやらこの三人、もとは野党として山で狩りや略奪を繰り返していたところをスカイラーに拾われ(というよりも、こてんぱんにやられ)、冒険者として更生したらしい。
それ故にスカイラーに対してのリスペクト(それはもはや酔狂な宗教のようだが)がすごく、そんなスカイラーと、Fランク冒険者である僕が仲良く?しているのが心底気に食わないらしい。
「ねぇさんやりすぎだよ。ほら、痛くて喋れないみたいじゃないか」
パーティーの最後の一人――やせ形で、忍びのような服に身を包み両腰にナイフを挿している、恐らくパーティの斥候――も、言葉ではフォローしつつもその顔は終始ニヤニヤとしている。
魔無とは、簡単に言うと魔力を一切持たず、それ故に魔法が扱えない者の事を指している。
他国ではマナ死とも呼ばれるが意味は同じで、国に関係なく魔無に対しての差別は酷い。他でもない魔無の僕が言うのだから間違いない。
というのも、勇者と塔が現れ、各国が勇者パーティーに相応しい人材を育成・選出する世界になり果てた現代、こと個人の”戦闘力”(この国では武力と呼ばれる)が非常に、非情に重視されるようになったからである。
今や魔法はこの世界のすべての生命体が扱えるものであり、冒険者ではない非戦闘員も、少なからず何かしらの魔法を使い、生活や商売の役に立てている。
剣と魔法の世界とはいうものの、これだけ魔法が発達した世界では、やはり個人の武力には魔力と呼ばれる力――魔法への適正や扱える魔力量・使役できる魔法の強さや珍しさ――が直結している。
剣士や武闘家と名乗る冒険者でさえも、必ず魔法を扱い、魔法を駆使して剣や拳を振るうのである。
だがごく稀に、魔法に一切の適性がない生命体が生まれることがあるのだ。
そんな実力主義の世界で魔法が使えない者に対する扱いがどんなものか・・・想像に難くない。
「魔無のくせに冒険者だなんて。虫唾が走るわ。消えて」
「おいおい。怒りでキャラが変わってきてるぞぉ。まぁ同意見だがな」
この三人に限らず、僕に対する迫害は今に始まったことではないのである。だが、
――あの杖に比べれば
――あの時の痛みに比べれば
「・・・」
炎で焼かれた右腕を左手で抑えるようにして、椅子に座ったまま目を伏せる。
魔無の僕にとって魔力を帯びた魔法は非常に強力で、確かに腕は痛んだが、
「その程度じゃハヅキは折れないわよ」
唐突に、いつもの如く心を読むようにピシャリと、凛とした声が聞こえた。
「ス、スカイラーさん!こ、これは・・・」
脳筋剣士が気配もなく現れたギルドマスターに驚き、取り繕いの言葉を探していたが、
「ハヅキ、行くわよ」
「・・・うん」
スカイラーはせっせと僕の右手をつかむと、ついでとばかりに治癒魔法をかけ、そのまま腕を引いて歩きだした。
「スカイラーさん!どうして・・・」
どうしてそんなFランクを、冒険者としてギルドへの所属を許しているのですか?
どうしてそんな魔無を庇い、行動を共にするのですか?と、
不満は沢山ある事だろう。しかしスカイラーの回答は一つだった。
「どうしてって。ハヅキがシュラノで一番強い冒険者だからよ」
「・・・は?」
「ギルドの冒険者全員で束になって戦っても、この男の手によって皆殺しでしょうね。無論私を含めて」
とても嘘をついているようには聞こえないスカイラーの声だったが、スカイラーの言葉はとても真には聞こえない。
ポカーンと呆ける三人組にそっぽを向けてスカイラーが歩き出したので、僕は何も言わずついていく。
スカイラーに憑くように歩く僕を見て、三人組を含め食堂中の人々が、顔を顰めるのであった。
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