008 貴族
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「死ねぇええええ」
「よくも! よくも今まで!」
農作業のための道具はを振りかぶった男たちには当たるという確信があった。人を殺す覚悟ならすでに済ませてきている。そのために彼らはこれまでの伯爵の行ってきた悪行の数々を思い返していた。
兄弟を奪われたもの。親を失ったもの。そうでなくてもこの地域にいれば、生活を苦しくされた恨みはいくらでもでてきた。
悪夢のような日々を思い起こした男たちにとって、初めて人に手をかけるこの状況にためらいはなかった。一切の躊躇ない、明確な殺意を乗せた一撃がビンガル伯爵に迫っていた。
――だが
「甘いわ」
「なっ!?」
「ぐっ!?」
「ぐあああああぁあああああ」
男たちはビンガル伯爵に指一本触れることができなかった。
それどころか襲いかかった三名がことごとく吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「がはっ……何が……」
「馬鹿どもめ……わしらがなぜ貴族であるか、お前たちをわざわざ管理する立場にいるのか、忘れておったのか?」
「魔法……」
魔法使い。
その称号だけで、武装した男数人分の戦闘能力を誇る奇跡の使い手。
ビンガルが伯爵にまで成り上がったのはまさに、この魔法によるものだった。魔法は使い所を間違えなければ人外の力を発揮する。もちろんそれを縛る法はあるものの、ビンガルは抜け目なくその穴をつき続けた。
故に、誰も逆えず、誰に止められることもなく、男爵家であったビンガル家を二階級も昇進させたのだ。
「くそ……くそぉ! 何もかも奪いやがって! 好き勝手暴れやがって!」
「無論、それが貴族であり、それが魔法使いであるからな」
「くそ……くそぉ……」
男たちの目には涙が浮かぶ。もはや人質たちの前に立った男ももう、自らの、そして家族の行末を思えば、立っているだけで手一杯だった。
「わしにここまでのことをしでかしたのだ……生き地獄を味わう覚悟はできておろう……?」
「ひぃ……」
「くふふ。悔しければわしより強くなれば良かろうに。お前たちはその努力を怠り、文句を垂れつつも現状を変えようとせずダラダラと生き、そして今日、いざとなって初めて思い立っただけだ」
ビンガルの杖に魔力波が迸り始める。
数人の男の命を刈り取ることくらい、ビンガルの実力であれば造作もないことだった。
「安心しろ。すぐには殺さん」
「父上、手から足から順に進めましょう」
「ふむ……そういった心得はお前のほうがあったな……よかろう。二度とこのような馬鹿が出ぬよう、しっかりその身に刻んでやれ」
「もちろんです……さあ、覚悟しろ愚民どもめ」
父の魔法がキャンセルされるや否や、ベッキャルの持つ杖がどす黒い赤に染まった。
「くそっ!」
「悔しければ弱い自分を恨め。弱者が強者に好きにされるのがこの世の定めだ」
その言葉が引き金だった。
ベッキャルの持っていた杖からすっと魔力が消え去る。
「は?」
ベッキャルが間抜けに口をあけていた。
不意に、一人の男が倒れた町人とビンガル親子の間に現れた。その場にいた誰の目にも、その男がいつどのようにして現れたかわからなかった。
盗賊王ルークは幻のように現れては消える。その姿はまるで夢のようだったというのが、ルークの姿を見た、見てしまった者たちの証言だった。
いままさに、町人たちはその幻を目の当たりにしていた。
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