007 強襲
「ん?」
ビンガル伯爵はその異変をいち早く察した。
息子のベッキャルは父である伯爵を味方につけたことですでに勝った気でいるわけだが、ビンガル自身にとって現状は決して油断できる状況ではなかった。
「ちっ! おい! 絶対に人質を逃すな!」
「えっ!? 父上……何を?」
父が杖を取り出したことに呼応して、慌ててベッキャルも予備の杖に手をかけた。だがそれは父の必死の叫びを無視した悪手であった。
「死ねえぇえええええええ!」
「父上! お下がりください!」
「馬鹿もの! 人質をと言ったであろうが!」
男たちは何も考えなしに飛び込んできたわけではない。気づけば人質にしていた女子どもとビンガル親子の間に立つように一人、農具を携えた男が立っていた。
その立ち姿はとても戦いになれたものではなかったが、それでも、挟撃の状況を生み出したことは大きな効果をもたらす。伯爵の手が止まった。
「くっ……貴様らこんなことをしてただで済むと……」
「お前は! 俺たちを見逃す気があったか!?」
その声に答えたのはビンガル伯爵ではなくベッキャルの方だった。
「馬鹿め! 大人しくあの男を連れてくればよかったのだ! お前たちが生き残る道はそれしかない!」
ビンガル伯爵がこの状況に対して懸念を示す理由はいくつかあったが、その一つがこれだった。息子ベッキャルは落とし所を弁えられぬ子どもだったこと。そして家宝を奪われる失態に対して何の反省もなく、未だ奢りを捨てきれずにいることだ。
ビンガル伯爵には苦い思い出がある。高い授業料を払いその場を切り抜けたものの、あの一件がそのままいまの不安につながっていた。
本来最も近くに置きたかった暗部の私兵団がどうやっても連絡がつかなかったことも、その不安をより一層強いものにする一助になっている。
領民の支持など集めていなかったビンガルの兵はその私兵を除けばごくごく一部のものに限られ、無理やり動員しても反乱を助長しかねないため、自らの側でなく領民たちを相互に監視させるためだけに配置した。
結果的にいま、近くにいるのは残念ながらこの状況に対して頭を回すことのできない息子一人。
ここに万が一にでも、あのときの悪夢のような男が現れたら……あり得ないと頭を振ってなお、イメージされた最悪の事態は頭にこびりついて離れなかった。
「父上っ! 早くこの不届き者を!」
状況のわからぬベッキャルが父を急かす。
だがビンガル伯爵の行動が遅れていたのも事実ではあった。暴漢三人の振りかぶった鍬やスコップはすでに目前に迫っていた。