006 種火
「くそっ……とんでもないことをしてくれた!」
「よりにもよってあのわがまま息子から杖を取り上げるだなんて……」
「おい馬鹿! 御子息になんてことを」
「今は二人でもそのうちまたあいつらもやってくるんだ……そしたらどのみち俺たちは……」
「ん? どのみちってことは……」
走りながら叫んでいた領民たちが気付く。
「待て……どうせ俺たち、もう助からねえんじゃねえのか?」
その言葉に絶望するより先に、男たちの頭に一つの可能性が思い浮かんでいた。
「どうせ助からねえなら……」
「ああ……」
今なら取り返せるのではないか。人質にされた妻や子を、親や兄弟を。
「どのみちベッキャルから杖を奪い取るくらいの冒険者なんだろ?」
「んなもん、勝てるわけがねえ……」
「いやいやだからこそだ。ベッキャルに挑んだほうが……まだ」
杖を奪われた魔法使いに、ぶくぶくと太った醜い貴族の男。
普段から力仕事で鍛えている自分たちならば、二人しかいない今ならねじ伏せられるのではないかという考えが、誰からともなく伝播していく。
「……やるか?」
「お前はどうする?」
「俺は……俺だって戦う力があるなら……! 自分で家族くらい守りたい」
男たちは五人。相手は二人。
バラバラに襲い掛かればあるいは……いけるかもしれない。
「だけど……貴族に手なんて出したら……」
「だからっ! どのみちもう助からねえならやるしかねえだろ!」
「俺はやるぞ……!」
「俺もだ……俺は何もできねえ、毎日鳥たち育てて畑仕事やるしか能がなかったけど……何もしないまま死にたくはねえ!」
「どうせ死ぬなら俺だって、あの馬鹿面に一発入れてやりてえ!」
男たちの決意は固まる。
踵を返して、武器になりそうな農作業具を手にとり走り出した男たち。
だが五人いた男たちは、気づけば四人になっていた。元々そんなに親しく接していたわけでもなく、今回の件で意気投合しただけの関係。目の前の敵に夢中の四人にとって、一人減ったことは些細な問題であり、極度の緊張に包まれていた彼らはそのことに気づかぬまま突き進んだ。
「さてさて……面白えことになってんなぁ? 全く」
消えたはずの男の一人が、不敵に笑いながら歩みを進めていた。