005 ビンガル
「父上! これは由々しき事態です! 一介の冒険者ごときが私に手を出したどころか卑劣な手を使って杖を盗み出しました!」
「ふむ……して、どうするのだ?」
伯爵家の執務室に響くのは二人の声。片方は怒気を露わにまくし立て、片方が椅子に座り静かに、厳かに応える。
「もちろん取り返します。これはもはや反乱です! 兵を用いてその男を捕らえねば! また見せしめに町の人間も巻き込みましょう。このような不穏分子が二度と出ぬように!」
語気を強めるのはベッキャル。相手をしている父のリング=フォン=ビンガルはニヤリとその口を歪めた。
「良かろう。杖を奪われたのは失態だが、お前の言うことは一理ある」
「……」
失態という言葉にたじろぐベッキャルだったが、本人の心配をよそに父は話を続ける。
「確かに、ここのところしばらく愚民どもに我々のありがたみを思い知らせることも少なくなっておったな……。万が一にもこの地域に不届き者が蔓延らぬよう、締め上げるのも必要だろう」
パアっとベッキャルの顔が晴れ渡る。
不安の種であった父を味方につけた時点で、ベッキャルにとって勝利は約束されたようなものだった。自分をコケにしたあの男をいたぶり、憂さ晴らしに何人か見せしめを作るところまで想像してその全能感に浸っていた。
「では父上の兵をお借りして……」
「いや、私も行こう」
「良いのですかっ?!」
「その不届き者の面を拝んでおかねばならんだろう……」
「そうですね。すぐに亡き者になりますが……」
親子で二人、邪悪な笑みを浮かべながら準備にとりかかった。
◇
「どうして!? 私は何もしていません!」
「うるさいわ。私がわざわざ出向いてやったというのに誰も歓迎もないとはどのような了見か? 貴様らまさか誰のおかげでここに住めているか、忘れたわけではあるまいな?」
「それは……急なご来訪でしたので……」
「言い訳は要らぬ! だがチャンスはやろう。ギルドで我が息子から杖を奪った卑劣な冒険者がいるという……そのものを連れてこい。良いな?」
街に現れたビンガル親子は何も知らない民たちにすれば下手な災害よりたちの悪い存在だった。
「冒険者って……たくさんいるのに……」
「それに俺たちが捕まえられるはずもねえ……」
「でもできねえと……俺たち全員殺されちまう」
領民たちにとってビンガルの気まぐれは今に始まったことではない。
当時は反乱も起きていたが、ビンガルが子飼いにした裏の組織がそれもことごとく鎮圧し、すでに街に歯向かう気力のあるものは残っていなかった。
冒険者は正義の味方でも民の味方でもない。強いて言うなら金の味方であり、つまりそれは庶民の味方ではなくなることを意味している。結果的にこの地に住まう領民と、それを取り仕切る貴族であるビンガル伯爵の間にあった戦力比はゼロと百まで差が開くことになった。
「30分につき一人見せしめとして殺す!」
「くそっ! 俺たちが何をしたって言うんだ!?」
だからこそ、このような好き勝手な振る舞いがまかり通り、ついには地方で唯一領民が頼れる組織であったはずのギルドまでが飲み込まれたということだった。
人質に残された女子どものために男たちは散っていく。顔も名もわからぬ冒険者を探すと無茶な要求のために。
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