016 ギルドマスター
「おい……あいつ本当に何者なんだ?」
「マスターがあんな気安く……?」
「いや待て! そのまま奥にいくぞ!?」
「Fランクだろ!? なんで!?」
冒険者たちはそもそもなかなか現れないギルドマスターの来訪に加え、注目を集めたとはいえルーキーでしかないルークへあまりにきさくに話しかけることに驚きを見せていた。
そこに輪をかけてギルドマスターが招いたものだけが足を踏み入れることを許されるというある種特別視されている部屋にナチュラルに連れて行かれたことは、その場にいた冒険者たちにショックを与えていた。彼らにとってギルドマスターに声をかけられ、あの部屋に連れて行かれることは大きなステータスだった。
「まさかお前が冒険者をはじめるとはな」
「おっさんの差し金じゃなかったのか?」
「わしにそこまでの力はない……だがまあ、お前さんが来てくれたのは良かったかもしれんな」
「俺は奪うしか能がないぞ?」
「願わくばこの地に巣食う魔を奪い取ってくれればと思っておるよ」
「んなもん盗って何になるんだ」
「ははは」
他愛ないやり取りだった。
しばらく和やかに話す二人だったが、不意にギルドマスター、シャナハンが声を潜めて声をかけた。
すでに部屋の扉は厳重に閉めているが、それでいてなお聞かれたくない話だ。
「お前さん、売った味方が何人も出てきておるな?」
「みたいだな」
ヴィランド、ミルノ、アカネとルークの前に姿を現していたが、実力を考えれば国の守りなどあってないようなものとして自由に行き来する者はほかにもたくさんいることが容易に想像できる。
「どうする?」
「どうするとは?」
「あれはお前さんの身代わりだ。それがこうも自由に世に放たれれば、またお前さんの立場すら悪くなるぞ?」
「何が言いたい?」
シャナハンが目的もなくこんな話をしてくる男ではないことは、ルークもよく知っていた。
「提案だ。あれはどうにかしろ。お前さんが作った城塞であれば、あやつらも自由に出入りはできんだろう?」
「俺に仲間を殺させようってのか?」
「違う。逆だ」
「逆……?」
ルークは部下三千の身柄と引き換えに自由を手にした。
だがそれは、ルークの中にある部下たちに対するある種の信頼から生まれた決断だった。
要するに、国に一度身柄を拘束されたからといって、逃げられないやつらではないということだ。
シャナハンの言うように自分が彼らを縛るのであればそれは話が変わるというものだった。
「お前さんたちはとんでもない懸賞金がかかっていたな?」
「あー、そうだな」
ルークにとっては特段気にすることもなかった話だが、外部からすればそうではなかった。団長ルークの桁違いの懸賞金を除き、幹部は懸賞金によりランク付けを行い、内外でその金額の大小により事実上の強さを表す序列付まで行われていたくらいだ。
「あれを使うぞ。部下を国から買っていけ」
「買う……?」
「懸賞金がいわばそのものの厄介さの指標。あれを基準にして、部下に値をつけ、国との取引を行う」
シャナハンの提案にうつむくルーク。
シャナハンは言葉を続けた。
「お前はいま、過去の罪をすべてを許されている。代わりに部下が全員その身柄を拘束されているがな」
「そうだな」
「お前さん、まず間違いなく部下を取り戻すつもりだろう?」
シャナハンの真剣な目を見てルークがはぐらかすのをやめた。
「ちっ。おっさんが首をつっこむな」
「そうはいかん。お前をまた賞金首にするわけにはいかん」
「世話焼きだな……」
「ふふ。して、どうだ?」
柔らかく笑って問いかけるギルドマスター、シャナハン。
だがルークは冷たくあしらった。
「それは俺が決められることじゃねえな」
「それもそうだ。で、一つお前に頼みたい話があってな」
すげなく扱われたにもかかわらずあっけらかんと話を切り替えるシャナハン。
ルークは嫌な予感を覚えたが、それに対応する間もなく依頼内容が告げられた。
「護衛クエストだ。向こうの指定はBランク以上だったが、そもそもほとんど安全な道を通るだけの依頼にそんな高ランクは使えん。ということでだ。お前さんに行って欲しい」
「断ったら?」
「それは構わん。だがお前さん以上に適任がおらんことも事実だ」
「ちっ」
ルークは舌打ちをしながらも、その依頼を受けざるを得ないことを理解していた。
指定がBランクというのは貴族ならよくある話だ。Bランクはいわゆる人外の強さを誇るとされるランク。絶対の安心を求め、それ以上のランクを要求するのだ。
だが、それだけならよくある話。いつもどおり安全な道なら下位のランクが、本当に危険な道ならその場所にふさわしいランクをあてがうのがギルドの役割だ。
「護衛対象は誰だ」
「それを言うとお前さんは断るだろうから言わん」
「護衛対象もわからずに務まるわけ無いだろ………」
「それもそうか……だが、やるか?」
「……断れねえんだろ」
「そう言ってくれると思っていた」
ニタっと口元を歪めるシャナハンとため息を吐くルーク。
「で、誰だ?」
「……メリリル=ヴィ=ディターリア」
「おい!?」
シャナハンが告げた名は、この国の第一王女の名前だった。




