011 スタートライン
「まさか本当に持ってくるなんて……」
ルークの持ち込んだビンガル伯爵直筆の許可書をみて、受付嬢のリィムが唖然としていた。
ギルドにルークが現れてからその様子に注目していた冒険者たちは好き勝手囃し立て始める。
「おい、あの新人何したんだ? なんであんなことしておいて許可書を持ってこれた!?」
「待て待て、話によると国に送られてきた凄腕の……」
「馬鹿言え! 札付きすぎてビンガル伯爵も手を引いたって話じゃーー」
「いやいや、どうもアルザンの街の方で大暴れして……」
「アルザンって伯爵領に一番近い街だろ!? なおさらなんであんなもん持ってんだ!?」
ギルド酒場の盛り上がりはここ最近のピークを迎えていた。
大型新人。国に目をつけられた極悪人。ビンガル伯爵家も手を出せない凄腕。一人でヴェラゾ率いる闇組織を壊滅させた。男も女もとって食う化け物。などなど。
期せずしてオヒレやネヒレがついて広がりすぎた話がある程度的を得ていることにルークは苦笑いを浮かべていた。
「随分好き勝手言ってくれたもんだな……」
「仕方ありません。それだけのインパクトでしたから」
「……で、冒険者ってのは何をやりゃいいんだ?」
もちろんルークにも冒険者に関する常識はある程度備わっている。
国や貴族、村やあるいは個人からの依頼を受け、ギルドによって適正な報酬を設定してクエストとなった課題を解決する仕事。それが冒険者だ。
だがランクによる制限やクエストと報酬、さらには昇級など、内部に来て初めて気になるものも多くある。
リィムもそのことは承知の上で話を始める。
「まず、ルークさんはFランクから冒険者が始まります。なぜか国にランク決めのための演習は省くように決められていましたので」
「ああ、別にそれはいい」
「それから、登録職業……これは主にパーティーのマッチングに使うのですが、シーフで固定されています。いいんでしょうか?」
「いいもなにもあんたにゃ変えられねえだろ」
「それはそうなんですが……シーフって正直割りに合わない報酬で臨時に呼ばれることがあるくらいで……」
「パーティー組まなきゃいいんだろ?」
「味方なしで潜れない決まりのあるダンジョンもあります」
「めんどくせえな……」
社会の裏側に生きてきたルークにとってみれば、自由にやってしくじったら死ぬことが普通だ。
「これも死者を出さないための工夫ですから」
「まぁいいか。で、ダンジョンってのに行くのか? 俺は」
「いえ……Fランクに出来ることはこのくらいで……」
並べられたのは簡単に採取できる薬草や鉱石などの納品。魔物に至らない野生動物の駆除依頼など、村人にもできるようなものばかりだ。
「おいおい……いくつやりゃいいんだこれを?」
「Eランクへの昇級基準はこの手の納品を500ほど繰り返すことに……」
「まじか……」
「ですから通常は認定試験から始まるんです! 魔法が使えたりスキル持ちの場合はそれだけでDランク、戦闘クエストが発生するランクまで行きますし」
「なるほど」
嫌がらせの一環ということらしい。
「じゃあまあ、適当に持ってきてやらぁ」
「地道な作業ですが頑張ってください」
リィムも意外とごねない相手にホッとして和やかに送り出す。
だが二人の常識のレベルはかけ離れており、この時点で全く意志の疎通が図れていなかったことをすぐに知ることになった。




