02 (トヨカズとレナの娘)
IA500年…8月1日金曜日…。
「ふぁあああ」
トヨカズは 大きなあくびをしてエアトラS2の機内で目を覚ました。
壁を見ると自動的に壁が透け、ARで外の景色が映し出される。
外は 昼前の日が真上に上りかけている空の光景が広がっていて、機体の下には白い雲があり、更にその下には砦学園都市のあるトニー王国本島がある。
『あと5分で降下を始めます。
シートベルトを確認の上、準備をお願いします。』
スピーカーから流れる声の主は このエアトラS2の制御システムで名前は『コパイ』…。
「やっとか~」
「キツかった…。」
元忍者で オレの友人のナオと、砦学園都市の次期都市長のレナが言う。
狭い機内でARやVRの設備がそろっているので退屈まではしないが、ネットが繋がってない海の上を飛んでいた為、この閉塞感までは消せない。
レナの隣で眠っているのはロウ…。
狼型の獣人で まだ幼く、多少余裕のあるパイロットスーツを着ている。
ロウは 乗った当初は動けない環境でイライラしていたが、暴れても状況が改善される事は無いとすぐに理解し、眠って時間を過ごすことにしていた。
「お疲れ、もう少しで到着だ…。」
コックピット席にいる銀髪の少女…『エレクトロン』と言う機械人のクオリアが言う。
「今は午前 10時か…市役所は空いているな」
同じく銀髪短髪の女性…クオリアの隣に座るジガが聞く。
「これから行くのか……」
『お話し中、失礼します…クオリア。
降下しますので、サポートよろしくお願いします。』
「分かった。」
今まで 雑談をしていたクオリアが計器をチェックし始め、コパイに降下を命じる。
降下中は操作に専念する為、私語が禁止らしい。
これは、旧時代から守られている航空機の基本だ。
エアトラS2が雲の中に入り、前方から大量の雨が当たる。
雨を抜け、暗い地上が見えた所で 更に高度を落として行く…。
『着陸態勢に入ります…揺れますので気を付けて下さい。』
コパイがアナウンスする。
エアトラS2のプロペラが斜め上に上がり、中間モードになる。
その状態でコパイが砦学園都市の倉庫を目視し、倉庫に向かい着陸地点の地形を3Dマップで表示する。
エアトラS2がプロペラを上に向け ヘリモードになり、速度を落としてゆっくりと高度を下げる。
倉庫の扉が開き、中から履帯で動く台…『クローラー・トランスポーター』が、寒い夏に入った事で 溶けだした始めた雪を踏み潰し こちらに向かってくる。
エアトラS2がゆっくりとホバリングながら クローラに着陸し、プロペラの回転を止める。
最後にプロペラを前方に持って行き、プロペラ機モードにすれば 終わりだ。
『お疲れ様でした…倉庫内に向かいます。
降車の準備をお願いします。』
倉庫にエアトラS2が格納され、後部ハッチが空く…。
格納庫の隔壁が自動で閉まり、気密が確保されると天井から風が吹き付け、空調が作動する。
オレ達は DLの機体に厳重に固定されているベルトを外し、押して動かす…。
5tもある機体だが、パレットにタイヤが付いているので、人でも動かせる。
倉庫の床にDLを降ろし、ナオが、カウンターフォークリフトで運んでいく…。
「機体解析するからそこに置いて…。」
レナが作業中のオレに向かって大声で言う。
「それにしても、かなり変わったな…。」
ここを出た時には 殺風景だったが、エレベーターが復旧した事で設備が増えている。
まだ作りかけだが、DLの整備ハンガーに休憩室…エレベーターの隣にはシャワールームが付いている。
「お土産パレットは エレベーターの前まで持ってきて…。」
「OK…。」
お土産が蜘蛛の巣状のベルトで固定されているパレットをフォークで差し、エレベーター前まで 持って行く。
「下では DLの部品を積み込んでいる見たいだな…」
オレは コンソールに触れ、下の状況を確認する。
「なら、私達は予約を入れてシャワー室に行きましょう…。」
「ああ分かった。」
シャワー室は 右と左に6室で 計12室ある。
奥には 洗濯乾燥機があり、バスタオルにバスローブもハンガーにかかっていて、シャワー室の真ん中には 大きなテーブルがある。
「じゃあ手早くやりましょう。」
レナは パイロットスーツを脱いで下着状態になり、パイロットスーツをテーブルに乗せ 消臭除菌シートで拭いて行く。
精密機器であるパイロットスーツは 水洗いが難しいので これが普通だ。
パイロットスーツの背中側のにはミサイル型ワームが突っ込んできた時の破片で受けたダメージが残っている…。
気密は 維持出来ていないし…結局交換かな…。
除菌が終わると私は バスタオルとバスローブを持ち、下着を脱いで個室に入り カーテンを閉める。
他の都市から細菌を都市に持ち込んだら かなり面倒な事になるので、シャワーで髪と身体を徹底的に洗い、外で付着した雑菌を徹底的に落とす。
最後にバスタオルで身体を拭いて下着をつける。
隣にはトヨカズが 豪快に頭を洗っている音がしていて、正面ではジガがシャワーを使う習慣が無いロウの身体を洗っている。
「ミミがあああ」
ロウが叫ぶ…お湯に濡れて 大変ご不満のようだ。
「あれ?ナオとクオリア…それにハルミは良いの?」
シャワー室から出たレナがナオ達に聞く。
「ああ私達はエアブローで十分だ。」
クオリアは、エレベーターの横にある銃型のエアブローと取り出し、トリガーを引く。
プシュっと勢いよく圧縮空気が噴射され、表面の埃を落として行く。
エレベーターのゴンドラが地上に上がり、気密隔壁が開く…中にはDL用の部品が大量にあり、フォークリフトも載せられている…。
「手早く出すよ…。」
エレベーターで上がって来た中の男がそう言い、フォークでパレットを持ち上げ 運ぶ…。
DL用の本格的な検査機が運ばれて行き、DLのパレットやDLの部品…棚を作る為の資材が持ち運ばれる。
どうやらDL用の整備ハンガーの機材のようだ。
ナオもフォークリフトで手伝い、最後にレナがハンドリフトでお土産のパレット挿し、エレベーターに乗せる。
オレ達は エレベーターのゴンドラに乗り、砦学園都市に向かって降りて行った。
エレベーターで地下に降り、砦学園都市に戻る。
ナオ達は お土産パレットの中身を台車に乗せ換え、外に出る。
目の前には規格化された街並みが広がり、やっと戻ってきたとオレは 思った。
やっとと言っても1週間程度なんだが…。
この街並みは オレの心が落ち着き、ここが故郷になったんだな…と実感させる。
丁度その時、道路の路肩に10人程乗れるバスタクシーのバスタクが止まり、中から5歳程度のレナと同じ赤毛のツインテールで可愛らしい女の子が降りてきた。
「トヨ兄ぃ…レー姉ぇ…おかえり」
5歳児が降りるには高いバスタクを降り、トヨカズに向かう。
「ああカズナ…迎えに来てくれたのか…。」
「うん…れんらく、くれたから…。」
『カズナ』と言われた少女は トヨカズを その小さな体で抱きしめ、トヨカズは頭を撫でる。
「レー姉ぇも…。」
「……はいはい。」
レナもカズナに抱きしめられ、少し戸惑うが カズナの頭を撫でる。
「えーと、クオリアに…だれ?」
「ロウにハルミ、ジガ、ナオ…。」
トヨカズがカズナの隣でしゃがみ、カズナの目線で指を差しながら言う。
「ろう、はるみ、じが、なお?」
トヨカズを真似して カズナが指を差す。
「そう、えらいえらい…。」
「えへへ…。」
カズナがとても可愛く笑い…思わずオレも笑みを浮かべる。
「で、この子は?トヨカズの妹?」
オレは トヨカズに聞く。
「いや…一応、オレとレナの娘…。」
「はい?
レナって子持ちだったのか…ん?
今レナって13歳だったよな…てことは、8歳位で産んだのか?」
確か世界で一番若い母親は5歳で出産したんだっけか?
この都市は10歳で成人だし、意外と普通なのか?
「いやいや…いくら何でも無理でしょう…。」
レナがオレに言う。
「カズナが生まれた時はレナが10歳の時だな…。
5歳位に見えるが、あれでもまだ3歳だ。」
トヨカズが言う。
「あー10歳ならあり得るか…。」
小学校だと4年生位か…そろそろ児童買春をするヤツが出てくる歳だ。
少し早い気もするが まぁあり得ない訳では無い…。
「あーもうこの子は人工授精児だから私が産んだ訳じゃないの!
そもそも、トヨカズと初めて会ったのも、カズナが生まれる少し前なんだから…。」
レナが常識がぶっ飛んでいるであろうオレに言う。
「あの時は ビビったな…いきなり父親になっちまったから…。
カズナとは よくVRで遊んでいるが、生身で合うのは本当に久しぶりだな。」
そう言いながら、カズナの頭を軽く撫でる。
「3歳の娘に『DLマスターズ』をやらせる父親もどうかと思うけど…。」
「……。」
トヨカズは、カズナに何を望んでいるんだ?DLの整備師か?パイロットか?
「だから父親としては問題だっての…。
実際、都市がカズナを育てるから良いんだが、オレが育てるのは完璧に無理だった。」
「まぁ…親の環境で子供の未来を壊さないようにする為のシステムだしね…。」
子供が成人した際の収入は 親が子供に どれだけ投資したかで大体が決まる。
低所得者の環境で育てば 低所得者の子供が出来、高所得者の環境で育てば 高所得者の子供が出来る。
実際は これに遺伝子や努力も含まれるのだが、金を稼ぐためには 金が必要な以上 この原則は変わらない。
トニー王国が建国された時 父親の分からない母親が大量にいた為、解決策として集団で子供を育てる方針になった。
その為、毎年、毎年、教育カリキュラムが見直され、その度に教育が洗練されて行き、効率よく頭の良い 高レベルの学者を生産するシステムが誕生した。
結果として、トニー王国民は他の国と比べ頭が良く、色々な事に興味を示し、感受性も高い。
そして、他国から見て変人と呼ばれる人も かなりの数いる。
ただ、周りの常識に囚われない変人は 新しい発想を産み、技術のブレイクスルーを突破し易くするのに必要だし、これが生物における多様性と考えて良いだろう…。
「さぁ久しぶりに帰って来たんだしな…何処かに食べに行くか…。」
トヨカズは カズナに言う。
「いく」
「何処にする?」
「うめのや」
「梅の家か…ずいぶん安いな…。」
梅の家は 牛丼を中心としたファストフードの店だ…。
フルセットで500トニーと言う安さなのに かなり美味い。
てっきり、1000トニーのB級か…1500トニーのA級の店かと思っていたので意外だった。
「カズナは財布に優しいな~。」
オレは カズナの頭を撫でる。
「えへへ、おにく だいすき」
「アンタが お財布に優しい所しか 連れてって無いからでしょうに…。」
レナがオレに突っ込む。
「なら、ニューアキバの次郎さんの所にでも…。」
「あそこは 魔境過ぎる…絶対にムリ」
レナは全力で首を振る。
「じゃあ今日は皆で梅の家だ。」
「わ~い。」
「『ぎゅうどん』って何?」
ロウがカズナに聞く。
カズナがロウの頭を押して 下げさせ、耳に向かい内緒話をする。
「おお…、ロウ、行く」
「じゃあ 皆乗り込め…。」
オレ達は バスタクに乗り、梅の家に向けて走り出した。




