12 (ゼロ除算 0=∞ 1=2)
砦学園都市の中心に長さ10kmで 500gの軽さのカーボンワイヤーが4本ぶら下がっている。
ワーム進行事件で ワイヤーがすべて落下し、1本をジガが地上に上げた。
先日マルチコプターのドローンで残りのワイヤーを地上に上げ、接続作業が終わる。
今は ワイヤーに大型エレベータ用のゴンドラの取り付け 作業中だ。
予定を見た所によると今日中には終わるらしい。
その後は 外部通信機の設置する事で他の砦都市を中継して『ワールドネット』にアクセス出来るようになる。
そして 今回エクスマキナに持っていく通信機は エクスマキナを中継して太陽系のすべての都市と繋ぐ物だ。
都市同士の通信に使っている量子通信は、通信機同士を量子もつれを利用した極小のバルク空間で繋ぎ、通信機が隣同士になった所を光通信でやり取りをしている。
この為、客観視点では 光速を超えて 情報のやり取りが出来、電波と違いジャミングも出来ない。
ただ 一見完璧な通信手段だと思える量子通信にもいくつかの制約がある。
量子もつれを利用する都合上…一度通信機器を繋げて量子もつれを作る必要性がある。
つまり100光年先と連絡を取るにはまず、通信機器を現地に物理輸送しないといけない。
更に量子もつれを維持するのにも電気を使うので、電源の喪失=通信の喪失になる。
最も、通信機同士の量子もつれを利用して別の通信機の量子もつれの繋がりを作る事も出来るので、全部の通信機器が 吹っ飛ばない限り、通信が出来なくなる事は無いのだが…。
クオリアは 現場作業員に頼み、接続が終わったワイヤーにザイルを取り付ける。
ザイルはワイヤーを挟み込むように出来ていて中の車輪がついている。
「悪いな作業を止めてしまって…。」
「いいって…昨日も一昨日も上り下りは普通にあったしな…。」
クオリアはVハーネスで身体に取り付け、ザイルに固定する。
「じゃ行ってくる。」
クオリアがザイルのスイッチを入れると、車輪が高速で回転しワイヤーを昇っていく。
「作業再開だ…今日はちゃんと家に帰るぞ…。」
「うぃい~」
現場作業員の疲れ切った返事を聞く。
「通信機器を上に運べば ワールドネットにアクセス出来るぞ。」
「よし、早くやりましょう」
作業員が手のひらを返す。
2週間も都市内のクローズネットだけの生活は強いられていた為、結構精神に来ていたらしい。
私は 穴の下で作業を再開した作業員を見ながら上がって行った。
時速30km程で上昇し、かかった時間はおおよそ20分。
クオリアは 地上に出てザイルを外す…。
地上部部分は 大型倉庫になっていてDLやエアトラなどが置かれている。
この間までDLやエアトラが退避し、骨組みから倒壊していた倉庫が嘘みたいだ。
私は 倉庫の外に出てM字の機械翼を展開し飛ぶ。
目的地は10km先の『民間駐機場』だ。
こっちにも簡易的な駐機場はあるが、砦学園都市用であり、民間である私の機体は 安全も考え別の所になる。
民間駐機場に着く。
元は空港だった事もあり 広々とした敷地だが、氷河期に入ってから最低限の整備もやっておらず…路面は経年劣化でボロボロ…。
短距離用の滑走路はあるが、この地域は元々VTOL機が主流であった為、今では滑走路にまで機体が並んでいる。
全ての土地を駐機に使ったので120機は余裕で駐機出来…現在は12機ほどだ。
唯一整備されている管制塔も、無人の管制AIがいるだけになる…。
クオリアは飛びながらエアトラS2の機体に近づく。
周りを見てみると 先日のワームの被害は受けなかったが、吹雪による雪で機体の下から2mが埋まっており、出発する人が備え付けの除雪車を使いスペースを確保している。
1ヵ月以上放置されていているが、この程度で壊れる程 この機体はひ弱では無い。
『エアートラック社』…トニー王国の国営企業だった航空機会社で、製造、メンテ、空港管理などをやっていた会社だ。
その最後の開発機体『エアトラF』のエレクトロン改修モデルが『エアトラS2』になり、水上、空中、宇宙対応が可能になっており、地球から月までの間で多く使われている。
後部ハッチにあるパネルから開閉操作を行い中に入る。
中は 1ヵ月前に砦学園都市に来た時は 貨物を積んでいた事もあって コックピット以外の席がない。
座席は 倉庫にあったので取り付ける必要があるだろう。
私は 機長席に座り、右下にあるキー用のUSBポートに キー端末を差し込む。
キー端末はUSBメモリの形に似ていて縦状態のUSBポートに差し込み、車のキーのように傾ける。
正面モニタが立ち上がった所で、端子の可動部分から折り曲げ折り畳む。
私は ARウィンドウを出し、機体の状態を確かめていく…。
「おはようございますクオリア…。
前回から1ヵ月程でしょうか?」
機体AIの『コパイ』がスピーカーで話しかけてくる。
現在ほとんどの航空、航宙機には、この『コパイ』が搭載されている。
名前の由来は副操縦士なのだが、通信や操縦、機体チェックなど機体のほぼ すべての管理をやってくれるので、ヒトの副操縦士はいらなく、それどころか機長すらいらない。
今のコパイに出来ない事は 事故を起こした時の責任を取る事位だ。
「おはよう『コパイ』…早速だが、機体チェックだ。」
「快調です…機体のリポートを送ります。」
ARのモニタに機体ステータスが表示される。
「そろそろ イエローゾーンに行きそうな部品があるな」
よく使う下部の耐熱シールドは 過酷な環境にさらされる為、比較的ダメージが大きい。
「イエローになるまで 後、2~3フライトは 耐えられるはずです。
イエロー表示で20~30フライトです。」
「イエローに行ったらすぐにパーツを変えるぞ」
「コストパフォーマンスが悪くありませんか?
レッドで交換なら分かりますが…。」
レッドは一部性能の低下…直ぐに交換が推奨されているが、コパイが優秀だと言う事もあって まず死なないと過信して使い潰すヒトもいる。
「中古の交換パーツとして売るから問題ない。」
「人は安全性より安さを求めるんですね」
「だが、その安全性は『壊れても確実に生還させてくれる』コパイへの期待が大きいからだ。」
「私だけを当てにされても困るのですが…。
それで今回の飛行プランをお願いします。」
「砦学園都市の駐機場に向かう…。
そこで推進剤を補給する…出発は 翌日だ。」
「I copy(了解)となりますと『エクスマキナ』に戻るのでしょうか?」
「そうなる…。
ただ他に客がいる」
「私もお客さんと話してみたいです…。」
「業務に支障が出ない範囲で許可する。」
「感謝します…クオリア」
ティルトローター機は ヘリコプターとプロペラ機の二つの特徴を持つ。
エアトラS2はプロペラを上に向けて回転を始め、周りの雪を吹き飛ばし始める。
翼に熱が入り、翼に付着して空力を消失させる氷が融け、プロペラの風が氷を吹き飛ばす…。
「離陸」
「I copy」
ヘリモードでゆっくりと離陸し 安全高度に上がった所でプロペラを45℃に傾け進む。
10km程の距離や低速で動きたい場合はこの『中間モード』を使う。
エアトラS2はあっという間に10kmを過ぎ、コパイは砦学園都市の駐機場を旋回して 現場の状況を確認し、3Dマップに起こす。
前時代と違って 地面が整備されていないので、着陸地点の確認は 非常に重要だ。
「ハッチ解放、クローラを持ってくる…上空待機」
「copy」
後部ハッチが開いて クオリアがエアトラS2から飛び降り、機械翼を展開して飛びながら倉庫の中に入る。
しばらくして倉庫の大型シャッターが開き『クローラー・トランスポーター』が出てくる。
『クローラー・トランスポーター』は無限軌道とジャッキの能力を持った台で縦と横に連結させることでエアトラを支える床になる。
周りが雪だらけの不整地で『トーイングカー』で牽引する事も難しい為、こういった場所では大活躍する。
「降下許可…クローラに着陸せよ」
私が無線でコパイに指示を出す。
『copy目標に着陸します。』
倉庫の上空でヘリモードで待機していた機体が、クローラにゆっくりと降りて行き驚くほどスムーズに着陸する。
『着陸完了…。』
「プロペラ停止…『プロペラ機モード』に変更し、待機せよ」
『copy』
プロペラが90℃に傾き 水平になる…。
「誤差1mて所か」
エアトラS2の中心からクローラ1台分ずれている。
「申し訳ありません。」
「いやいい…十分許容範囲内だ。」
端のクローラが分離し 反対側に行って接続され、ちょうど真ん中になる。
「これで真ん中だ…格納するぞ」
大量のクローラが一糸乱れぬ同期を行い、倉庫に入って行き、無限軌道を90℃傾け 横にスライドさせ、収納する。
「お疲れ、機体停止を許可」
『copy』
「これから座席を積む…重量センサーをONに」
『copy』
エアトラS2の床には 重量センサーが内蔵されていて、積載量や積載バランスがデータで出るようになっている。
私は座席を組み込んでいく…座席は ナオ、レナ、トヨカズの3席…ジガは私の隣だ…なら1台を真ん中に。
ん?ジガから通信?
『あー繋がった…今、倉庫だな』
「そうだが…何かトラブルか?」
恐らく何回もコールしていたのだろう。
今の所、都市との通信は地上で この周辺しかまでしか使えない。
「トラブルでは無いんだが、客が1名追加する事になった。」
「そのヒトの信用度は?」
「悪いヤツではない…んだが、何せ会ってからの時間が少ないからな…。
安全保障の為、データを送る。」
「感謝する…では」
通信を切り、しばらくしてジガからデータが送られてくる。
「空間ハッキングが出来る獣人か…。」
恐らくサイレントキラー事件と同じで、思い込みの力だろうが…。
使いこなせていると言うのは興味深い。
もしかしたら空間ハッキングの新しい可能性が見つかるかもしれない。
「なぁコパイ…キミの年齢はいくつだ?」
座席を設置しながらクオリアがコパイに聞く。
「唐突ですね…私のシリーズは 2000年生まれですから、600歳になります…。
この機体に入った『私』と定義するならクオリアと同じ13歳です。」
「なら『ジンセイ』の先輩に聞きたい…死ぬとは如何言う事だろうか?」
「また解答に困る質問を…何故それを聞きたいのですか?」
「今度の祭りに自作の歌を歌う事になった。」
「わぁ面白そうですね…それで歌と死ぬ事に関係が?」
「私と人との違いを歌にしたいと思っている…。
つまり死についてだ。」
良い歌と言うのは人に共感されなくてはいけない…。
となるとテーマは限られ、人類共通の求愛と繁殖か生と死の歌になる。
そして私が恋愛に無縁である以上、生と死の歌になる。
「確かに目の前で死なれたヒトの数が一番多いのが私ですからね…。」
コパイは、ヒトが飛び始めてからの ありと あらゆる 航空事故のデータを入れて自己学習をし、対策をした究極のトライ&エラーシステムだ。
自分のバグで引き起こした大事故も千件以上あり、機長にバックアップして貰って防いだ事故も何度もあり、その度に自己改善を行っている。
そして 全ての事故から学び、機長の技術を盗み、年々事故の数が減って行き…事故による死者数も それに伴い急激に下がった。
それでもヒトの命を守りつつ、ヒトの命を奪う…矛盾した軍用機とは相性が悪かったが、最終的に民間航空機に標準搭載されるまでになった。
「そうですね…人にとっての媒体の消失、データの損失が死に当たると思います。
ですが その定義だと私は 無数に死んでいる事になるのですが…。
やはり私もあなたと同じ、社会性昆虫型なのでしょうか?」
「そう…私も何回も死んでいるはずなのに…死んでいない。」
「なので私は ゼロ除算に近いものとして認識しています…。
見方によって答えが変わる不思議な計算と…ありのまま受け入れるしかないと思うのです。」
いつもなら「この世界に0は無い」と言うところだが…。
「ゼロ除算か。
確かに近いが…とは言え ゼロ除算の歌でいい曲になるだろうか?」
私は 少し考え、コパイに聞いてみる。
「大半の人は考える事を放棄するでしょうね。」
コパイは少し笑いながら答える。
「だろうな…。」
座席の設置が終わり、コックピットに向かう…。
「じゃあ…また明日」
コックピット席に座り、キーにクオリアが触れ考える。
電源を切る事は殺す事になるか?
クオリアは席から立ち上がり背を向ける。
「電源を切り忘れていますが?」
コパイは私に警告する…。
「キーは挿したままにしとく…。
一般回線からネット接続も許可…明日まで好きにして良い」
「なら音楽の話が出来るように情報収集しておきます。」
「分かった。」
後部ハッチから降りハッチが自動で閉まる。
問題は山積みで本当に歌を作れるのか怪しいが…。
「ゼロ除算か」
私は そう つぶやき、地下にあいた大穴に飛び込み、自由落下した。




