06 (ナオ歓迎会企画)
2050年。
人類は人権を求めて独立運動を始めたヒューマノイド勢力と戦争を行い、結果は人類側の大敗。
ただ、高度に発達したヒューマノイド達は、人の歴史の様に異種族を皆殺しにする方法を取らず、人類を受け入れ、地球の統治を始めた。
これをやったのが、クオリアの母親にしてエレクトロンをまとめる長老『エルダー・コンパチ・ビリティ』だったりする。
そして2100年の氷河期の訪れと共に、人類は一応の自治権を回復。
人々はエレクトロンが定めたルールの元、自給自足が前提の自己完結型都市、アーコロジーに住むようになり、あらゆるコンセプトの都市が無数に生まれ、それぞれの独自の文化を築きながら都市を運用し始めた。
エレクトロンが各都市に強制したルールは、
①人口が20万人程度にする事。
②自分の命を担保に都市の全権利を持った独裁者……都市長が都市を運営する事。
③都市民は都市長の圧政に対して暴動、暗殺を行使する権利を得る。
④都市民は自分が望むコンセプトの都市に引っ越し出来る権利を与える。
と、この4つだ。
この為、腐敗尽くされていた民主主義は廃止され、都市長と言う名の貴族が自分の領地を管理運営する中世ヨーロッパに良くある封建社会に戻った…いや、進んだのかな?
トヨカズ、レナ、クオリアと出会い、最初の土曜日になった。
出会った時のナオは相手の事に気を使い、余所余所《よそよそ》しさがあったが、そんな事を全く気にしないトヨカズを中心に仲間と打ち解け、次第に砕けた会話も出来るようになっていた。
それは服装にも現れていてオフィスカジュアルでしっかり決めていたオレは 早くも楽なジャージを私服として着るようになっている。
トヨカズは日曜の休日に皆で何かしようとずっと考えていて、放課後の教室でいきなり「そうだ、ナオの歓迎会をやろう」と言い出してきた。
「歓迎会?」
「そう、そろそろ出会って1週間だから…皆でやっても良いんじゃないか?と思ってな」
「実際、何をやるんだ?」
「それはこれから決めるのさ」
学校の玄関を出て、寮に帰宅しながら オレとトヨカズは話す。
トヨカズは、2本指でL字を描きARウィンドウを表示させる…。
こちらには青色のパネルにしか見えていないが、ボイスチャットで連絡を取ろうとしているのだろう…。
最初に応答したのはクオリア…それから10秒程してレナが入ってくる。
トヨカズは ウィンドウのプライベートモードを解除し、オレにも見れるように可視化する。
トヨカズの目の前が黄緑色の量子光で包まれ、中からクオリアのアバターの電子妖精が現れる。
身長は25センチで、少し大きめなフィギュア位だろうか?
見た目はいつものクオリアだが、服装が白いワンピースで背中にM字の機械翼がついていて黄緑の粒子…量子光を放って飛んでいる。
そして レナはARウィンドウに映像として表示される…。
背景が量子光色のグリッド線なのから考えて、これは 本人を再現したアバターなのだろう。
『で、今回は何を企画したの?』
レナがトヨカズに聞く。
「なんだ…知ってたのか?」
『そりゃ講義中も上の空だったし、明日が土曜となればね』
慣れた様子で聞いてくるレナに対してクオリアは…。
「ナオの歓迎会らしい」
レナのARウィンドウを横に広げ、クオリアがそこに座る。
「あれ?オレ言ってないよな?」
「電子的に散歩してたら聞こえてきてな…」
「いやそれ盗聴…。」
クオリアは 現実と仮想の区別なく気軽に行き来する。
確かに仮想世界が現実のクオリアからすれば『散歩中にの盗み聞き』程度なのだろうが…。
まぁオレは クオリアしか見ていないが、自分自身が危険な技術を持つ存在だと理解しているエレクトロンは、皆 倫理観が高いらしい。
実際この550年間トチ狂ったエレクトロンが地球を消滅させていない事が何よりの証拠だ。
どうやら、AIの暴走による人類絶滅は回避されたらしい。
『明日にやるなら昼からね…。
午前には私は用事があるから。』
「指定してくれれば時間を開ける。」
レナとクオリアが言う。
「おう…なら明日の午後に…場所は…。」
『いつも通りトヨカズの『パブリックスペース』で良いんじゃない?
VRならクオリアも食べられるし』
「?」
トヨカズは、集会場でも持っているのか?
「ナオ、トヨカズの言う『パブリックスペース』とは、彼が所有するVR上の公開用空間の事だ。」
オレが分からないと思ったのかクオリアが補足してくれる。
「VRか…一度やってみたいと思って いたんだけど…」
「いや…ナオは常にVRだろう」
トヨカズがそう答える。
「はい?」
いや いや いや、フルダイブ型のVR 何てやった事なんて無い。
「確かに、トヨカズが言っている事は正しい。
義体が送る感覚はVRと同じものだからな。
言い換えるなら、脳がVRを使って現実世界にダイブしている事になる」
クオリアが言い、オレはしばらく考える。
「なら、オレは現実と仮想をどうやって見分ければいいんだ?」
「ARウィンドウに表示は出るが、表示を誤魔化されて現実に似た世界に入れられたら自力での判別は不可能だ。
解決する方法は1つ…外部の人間と連絡を取って自分の状態を確認して貰うしかない…。
まぁそこまで怖がらなくても良いだろう」
「分からなくなったらクオリアに連絡を取るよ…それでダイブ方法は?」
「首を見せて欲しい」
「どうぞ」
電子妖精の小さな クオリアは飛ぶとオレの首の後ろを確認する。
「マグネット式の有線ケーブルだな。
皮膚の内側に磁石が入っていて、磁気で情報や電気を やり取りする仕組みだ。
サイボーグやヒューマノイド用の一般規格と言ってもいい」
「確かに風呂入るしな…コネクタが水没しない仕組みか?」
「そう…それと私の部屋にヒューマノイド用のケーブルがあるから、それを歓迎会のプレゼントとしよう」
「助かる」
エレクトロンは、人と金の繋がりを持つことを好む。
人相手だとビジネスパートナーとした方が関係が上手くいくし、ある程度の信用も確保出来るからだ。
この方法をよく使うのが、レナの父親で都市長の『アントニー・トニー』だ。
つまりエレクトロンのクオリアにとってプレゼントと言う行為は、損得勘定無しで動くと言う証明で、かなり重い意味を持っている。
「じゃナオ以外の各自1つ何かを用意して来ると言う事で…時間は明日の12時から…。」
「分かった…それじゃ」
レナが接続を切った事で ARウィンドウが無くなり、そこに座っていたクオリアが一瞬落下し、すぐにまた飛び始める。
「ナオ、ケーブルは玄関ポストの中に入れておく。」
「分かった。」
量子光がクオリアを包み、そして量子光が無くなるとクオリアの姿も消えていた。
「んじゃオレも用があるんで…。」
「おう、それじゃまた明日。」
トヨカズは 都市の中心の方向に向かって 進み始めた…外円部の寮とは逆になる。
「帰るか…。」
結局パーティの企画だけして内容は皆に丸投げ…無茶苦茶ではあった物の、それがトヨカズの特徴で、そのマイペースな性格がヒトを引き付けるのだろう。
オレはそう思い、寮に向かって歩き出した。