06 (生まれ変わっても私は衛生兵だ)
ナオとクオリアが タナトスのコックピットブロックに入り、作業を初めて1時間程…。
ファントムの制御系をそのまま タナトスに入れた事によるトラブルの状況は おおよそ把握できた。
まずは、ファントムは 情報エネルギーのQEを使うが、タナトスは縮退炉からの膨大なエネルギーを生かす為、電気式になっている。
仕組み自体は 空間ハッキングの『マリオネット』を使う事で 各関節の角度を変更させる構造で、最低限自重を支えるだけの内骨格だけしか無く、腹部の縮退炉を維持する機構以外は 量子転換装甲が積層化されて ぎっしりと詰め込まれている。
タナトスの殆ど すべてを動作が 空間ハッキングを使うので、構造上は 本当に呆れるほどシンプルな作りで、基本設計はファントムと同じだ…。
なるほど…ファントムの計画自体がコイツを完成させる為の前段階だった訳か…。
ただ、縮退炉を維持する関係でキューブへの収納機構は搭載出来無いし、電力を装甲に送ってQEに変換して空間ハッキングを行う機構は効率が悪い…装甲に空間ハッキングの情報を乗せたQEを直接送った方が効率が良くなるはず…。
この世の中の物は、エレクトロンも含めて すべて電気で動いている訳だから、汎用性を考えて電気をエネルギーに選んだ訳なんだろうが…。
まぁタナトスは ファントムより前に作られた旧型だからだろうな…。
さて、となると解決策は電気をQEに変換する為のQE炉的な設備を内部に作って変換するのが一番だ。
いっそう、縮退炉のエネルギーをQEに変換出来れば 一番良いのだが…いや…そう無茶な事では無いか?
ブラックホールから ホーキング放射で熱エネルギーが発生している訳だから、原理的には QEへの変換も出来るはず…。
「クオリア…ホーキング放射の熱エネルギーをQEに変換出来るか?
電気を装甲に送ってQEに変換するんじゃ無くて、一括でQEに変換して直接装甲に送る…こうすれば レスポンスも良くなるよな…。」
「…可能だが、炉心を開ける事は出来ないから、炉心を制御している空間ハッキング系のプログラムを変更する事になる。
問題なのは プログラムの書き換え時に一時的に冷却機構が止まる事、十数秒で炉の外壁が溶解するからな…。」
「何で そんなクソ設計…いや空間ハッキングによる冷却が前提だからか?」
「いや…それもあるが、炉の装甲素材は 高純度の炭化タンタルで出来ているのだが、融点は4000℃…。
これ以上の耐熱素材は この世の中に存在しないんだ…。」
「あ~そう言う事か…。
と言う事は、その冷却システムの熱を使ってQEへの変換機構を取り付けて、余ったQEは無害化して外に排出かな…。」
QEは量子同士の情報交換から来るエネルギーで、この世界のあらゆる物質は この情報エネルギーが動かす物理現象の集合体だ。
まぁ流石に もろに浴びれば 死ぬかも知れないが…影響は精々が数秒だし、無害な情報に変換して排出すれば ほぼ被害は出ない。
いや…全部がQEの作る空間ハッキングで動いている ファントムは 周りの光りを巻き込んで黄緑色に発行する通称『量子光』が発生する…。
アレは QEの出力自体も制御しているからあの程度で済んでいるが、もしかしたら QEの排出量によっては 失明レベルの光が放たれる可能性もある…。
そこは十分に安全性を考えた上で実験かな…。
「取り合えず、動力をQEに変換する機構を作るぞ。
炉心の冷却は外側からでも出来るからな…。
ファントムの電力変換機構をアレンジすれば出来るか?」
ファントムの手やハードポイントには DLの装備を使う為に電気用の接続コネクタが付いている…。
今回は それが流用出来るはずだ。
「やってみよう…。」
クオリアがそう言い、ARウィンドウがいくつも展開され、情報が下に流れていく。
ジガに顔を創っ貰ったハルミは、少し違和感を感じながらジガと一緒にGウォークの改造の為に格納庫の一角にやって来た。
Gウォークの隣で椅子に座っているタナトスを見ると クオリアとナオが コックピットに入って作業している。
あっちは システムの書き換えが メインだろうが…こっちは物理的に弄らないといけない。
まずは、装甲を全取っ換えし、量子転換装甲を張りつけ、宇宙空間での戦闘が出来る様に空間ハッキングで防御力の底上げをはかる…。
そして 装甲とは 別系統で スラスター用の空間ハッキング…更に別系統で機銃弾とミサイルの無限生成機能を取り付ける。
演算用のキューブは3個使いエネルギーは完全にQE頼りになる…。
今まで あくまで戦える自家用戦闘機だったGウォークが 今回は ガチの戦闘仕様に仕上げる事になる。
「良いのか?」
「何が?」
Gウォークのコックピットに座り、機体のシステムを書き換えているハルミを見上げならがジガが言う。
「いや…もう ハルミは死ぬまで人類の為に戦ったんだ。
もう引退しても良いと思ってな…。
医師なら どのコロニーでも引く手数多だろうし、ワームと戦いたくないんだろ…。」
今のハルミは衛生兵だった死んだハルミの目的を引きずっている。
その目的は死んだハルミの物で、今のハルミの物では無い…新しく目的を自分で定義させる事で、自分自身を定義させる必要がある。
「まぁな…でも私は衛生兵で医師だから…せめて医療船は守ってやりたい。
ワームを殺して 人類に肩入れしているんだから…。
それに負傷兵の治療も必要だろう?」
「次の戦いは負傷者はあまり出ないだろうな…。
いるのは造顔師と義体整備師だ。
薬品や身体の自己修復機能で直るレベルだとは 到底思えない。」
痛みも恐怖も感じる間も無く即死するのが普通で、基本的に脳さえ生きていれば御の字と言った所だろう…。
ポジトロンが仕込みをしているらしいが…犠牲者が減るように動いてくれるかは また別だ。
ヤツらの目的はウチらを太陽系から脱出させる事だからだ。
「………。
分かっているよ…。
でも、無関心でいる事も もう出来ない…。
私の前の記憶がそう言っている…私は残るよ…。」
「そうか…ハルミ自身が出した結論なら、これ以上の文句は言わない。」
ハルミの決意を感じ取ったウチは、装甲板を外して量子転換装甲と交換を始めた。




