26 (アイオーンコロニー)
天尊カンパニー本店コロニーの損害報告、実質の航行不能…。
僕、ジェームズ・天尊の新型コロニー『スターゲイザー』が盾になる事により 大半のDLの腕を受け止めたが、ワープアウトの誤差と因果律が不安定になった事が原因で スターゲイザーを腕が すり抜けてしまい 後部の核融合炉エンジンと後部格納庫、それに外壁にもいくつもの大穴が開いてしまっている。
とは言え、そのレベルで済んだ事 自体が十分に奇跡と言える…。
天尊カンパニー本店コロニーは、横方面から1km事に輪切りのように区画分けされていて、損傷部をパージ&再連結が可能だ。
今は 20番シリンダーの空気漏れを防ぐ為にDLが炭素繊維の布を穴に張り付けて最低限の気密を確保しているが、損傷が激しい20番シリンダーは 切り離しが決定…今、隣の19番シリンダーを空気漏れを防ぐ為に側面を炭素繊維の布を覆っている作業中で、後24時間は確実に掛る。
20番シリンダーは格納庫と核融合炉エンジンがメインの区画の為、航行に多大な支障が出ている…。
19番に格納庫の建設と核融合炉エンジンを積み込み、再稼働させるには楽観的に考えても1ヵ月は掛かるし、格納庫にいた技術者が まとめてやられた為、他の技術者の負担も増えている。
現状でも労働モラルは緊急事態の名目の元、完璧に無視しているし、1ヵ月もこの状態が続けば、経営者としては最も不名誉な過労死を出す事になり、経営は更に悪化…連鎖的に瓦解しかねない。
その為、予備の20番シリンダーを余力のある支店コロニーに物理輸送して貰い、再連結する事になる…。
太陽系脱出の為に太陽系中のコロニーが木星付近にやって来るし、物資が必要な客のコロニーも木星に向けて移動するので 問題無いだろう…。
ただ この方法を使っても1週間…残り1ヵ月程度で太陽系を出るには痛い1週間になる。
20番シリンダーの生き残りや建物はレナ、カズナ、ロウのファントム部隊がメインで回収して貰っている。
DLの腕で 格納庫がやられ、スペトラ、DL、推進剤が 破壊されているので修復作業を行えるDLには限りがあり、それにコロニーの防衛戦力も確保する必要がある。
そう言う意味では、補給の必要無いファントムは復旧作業には大変 有効だ。
ただ、作業現場では いくつかの怪奇現象が報告されている。
空間波状航行の影響か、破損していない外壁の上に乗るビルが漂流していたり、生存者の名簿に コロニーが破壊されて漂流した自分と、コロニーが破壊されていない自分の2人が この時間に現れてしまう現象が現在2件確認されている。
更に厄介なのはコロニーの情報を集中管理している艦橋だ。
破損した区画と破損していない区画の状態が重なった為、システム側が送って来るステータスが信用出来なくなっている…。
現在は物理的に区画の調査中…思考実験の『シュレリンガーの猫』が現実で起きた感じだろう…。
学術論文としては この現象には非常に価値があるのだろうけど…今は救助が最優先だ。
僕のコロニー『スターゲイザー』は 人工芝しか無いコロニーの無医村状態なので 負傷者の受け入れも出来ない。
天尊カンパニー本店コロニーも まだスペース的な余裕は十分に残っているので『スターゲイザー』に住民を収容しなくても良いだろう…。
このコロニーは これから太陽系中を回って太陽系を脱出 出来無い 200万人の宇宙流浪民を回収しないといけないので、出来る限り人数が増えるのは避けたい。
以上、天尊カンパニー本店コロニーの損害報告、ジェームズ・天尊。
ワームに撃墜されて漂流している現場まで 30分はある…この状況に付いて聞いておかねーとな…。
「さて…落ち着いた所で、何でオレがコロニーを買ったって事になってるんだ?
と言うか、金は如何なってるんだ?」
トヨカズが言う。
コロニーの規模にもよるだろうが、兆UM単位での金が吹き飛ぶのは 確実だ。
到底 オレが支払ったとは思えない。
「それは未来のトヨカズが買ったからな…10兆UMでな…。」
ラザロが言う。
「そんな金…ってああ…天尊株の金額か…。
すっかり忘れてた。」
オレは、オリジナルである リ・トヨカズのクローンであり、彼の資産を受け継いでいる。
まさか、オレがコロニーを買うとはな…。
とは言え、考えてみれば納得も出来る。
太陽系を出て各コロニーが分散し、生産能力が低下している天尊カンパニーに10兆UM分の仕事をさせる事は 不可能に近い。
だから、過去に投資する事にしたのか…。
と言うより使っているのは 現在のオレの財布だから、未来のオレの財布は痛まないんだよな…。
これが映画のようなタイムパラドックスがあるなら 未来のオレの財布も削れるのだろうが…未来のオレが10兆UMある財布の中身を観測している以上、財布の中身が変わる事は無い。
「そう、とは言っても研究、開発に製造で100兆UMは行ってるから、天尊側に かなりの赤字が出たんだけどね…。
でも、その100兆UMは 距離が長くて物流網が しっかりしていない冥王星の開拓民の生活資金になってた…。
私達、開拓コロニーも かなり助かっていたからね」
クルー席に座るマリアが言う。
「開拓コロニー出身だったのか…。」
確か、月から始まった開拓は 500年の時間を掛けてようやく冥王星の開拓まで辿り着けた。
と言うより、コロニー生活に必要な物資を採掘する為に 惑星の軌道上にコロニーを置いて資源採取をしながら生活をするのだが、コロニーの数が増え過ぎた事で、新参者が入りにくくなり、新たに独占出来る大量の資源の獲得の為に新規の惑星の資源開拓に次々と乗り出して行き、今の冥王星の開拓コロニーの船団に繋がる。
てっきり地球の1都市だと思っていたが、まさかコロニー国家だったとは…。
「そう、私達は、冥王星付近を拠点にしている アイオーンコロニーの出身。
とは言え、ウチは 研究専門なんだけど…。」
マリアの隣に座るマルタが言う。
「冥王星付近は 太陽系の中でも完全に田舎なもんだから、公に出来ない研究をする所が多いんだ。
オレ達もその研究の成果だしな…。」
「死なない研究か?」
「いんや、オレ達はあの時 確かに死んだ…。
ただ、死んだのは オレらのクローンボディだからな…。
ちなみに この身体もクローン…オリジナルはアイオーンにいる。
そこから、量子通信で記憶の同期を行っているんだ。」
マリアの後ろでモニタを見ているヨハネが オレを見て言う。
「とは言え、この身体も不完全なんだよな…。
クローンが死んだ場合、量子通信がその死んだ状態を受け取って、オリジナルの記憶が1ヵ月程失う。
実際は記憶内のデータが欠損して、頭が読み込めなくなっている らしいんだが…。
そこら辺の仕組みはオレには分かんねぇ…。」
「ヨハネ…それは一応 機密事項だぞ…。」
「って言ってもな…イオ兄ぃ…『核融合で吹き飛ばされたのに 何で生きているのか?』って聞かれたら、どう誤魔化すんだ?…正直に答えるしか無いだろ。」
「確かに そうなんだが…。」
「じゃあ…オレ達と過ごした記憶は無いのか?」
「ゴメン…前の私達からの日記はあるから、ある程度は把握してるんだけど…。
声までは記録されてなくてね~」
マリアが両手を口の前で合わせて可愛く謝る。
「まあ いいさ…如何であれ 無事ならな…。」
記憶は無くても記録を頼りに ここまでコロニーを運んで来てくれて、初対面なのに助けてくれた…。
取りあえず、それだけで十分に信用は出来る。
「さて、お喋りは終わりだ…。
目標まで10分…そろそろ準備しろ…。」
今まで会話に入らず、生真面目に画面を見ていたヤコブが言う。
ヤコブがそう言うとラザロが気怠げな感じで艦橋から出て行き、それをマリアが付いて行き、その後をマルタが追う…。
ヨハネとイオアンは口調が悪いが マイペースな足取りで皆の後に付いて行く…。
「それでは私達は行きます…コロニーの制御は頼みます。」
「OK…とは言え、医師も医者がいないから、運ぶ事しか出来ないがな…。」
各種薬品や医療機器に医療用のドラムも召喚可能だが、メディクなどの医療用AIは地球保健機関と契約してダウンロードしないと いけないので、治療の指揮が出来ない。
ハルミが いれば問題無く治療を行えたんだろうが…ハルミとカナリア、それにキースは 木星に落ちて多分死んでいる。
こいつがもう少し早く来てくれたらな…。
「じゃあ…オレもフェニックス小隊の手伝いに行く…ジガ来てくれるか?」
ナオが言う。
「おう…。」
「トヨカズはコロニーの管理、クオリアはトヨカズのサポート…。
まだ このコロニーの全てを把握している訳じゃ無いからな…。
クオリアは このコロニーの仕様や操作マニュアルを作ってくれると助かるんだが…。」
「了解した。」
「それじゃあ…。」
ナオとジガがブリッジを出て、ファントムがある格納庫へと向かって行った。
 




