17 (小惑星帯レース)
「ナオ…そろそろだ…」
「ああ」
天尊カンパニー本店コロニーからファントムで出たナオとクオリアは 木星の小惑星帯に来ていた。
各小惑星は DLと同じ位の4.5~5mサイズ…それが無数に宇宙空間に漂っている…。
「これを抜けるのか…それも可能な限り速く…。」
『よっ待ってたぜ…。』
電波通信…高機動仕様の黒鋼が1機、こちらにやって来る…マーカーは青色…味方だ。
「バギーか?」
後ろのクオリアが言う…
『おう…俺のマシンはカズナが壊しちまったからな…今日のレースは ベックで相手だ。
言っとくが 小惑星帯は 俺が一番得意な場所だ。
とは言え、高機動仕様とは言え ベックなのは多少のハンデにはなるかな~
天尊からは この機体の限界を出せって注文だ…。』
「なるほど…機体の比較の為か…てか普通 こう言うのってパイロットのレベルを一段階下げるはず何だが…。」
通常ならバギーの黒鋼は 新型機体の性能を目立たせる為の引き立て役になる…。
その為、パイロットのランクを一段落として性能差を大きく見せるのが普通なんだが…。
『引き立て役になる気はねぇよ…。
天尊は 俺がレースに勝って ファントムの計画を潰しても良いって言われているからな…。』
「相変わらず無茶苦茶だな…天尊は ファントムの普及には賛成していたってのに…。」
まさか、ファントムの計画を潰して、天尊と独占契約を結ぶように誘導しているのか?
「まぁ勝てば すべて解決と言う事だろう…パイロットの性能では そこまで大きな違いは無い…ならファントムが負ける理由が無い…。」
後ろのクオリアが楽観的に言う。
「ああ…そうだな…。」
カズナと同等以上のパイロットか…機体が同じなら負けるかも知れない…結局、ファントムのスペックに頼る事になるんだろうな…。
こちらのファントムが発進した『天尊カンパニー本店コロニー』の隣に浮かんでいる『太陽系連合の本部コロニー』の中にいるレナからの無線通信だ。
場所は艦橋だろう…各都市の要人が客席に座り、レナのプレゼンを聞いている…最初の掴みは良い見たいだ。
『さて…ナオ、クオリア準備は良い?』
レナが聞いてくる…。
「こちらナオ機…OK…」
『こちらバギー…いつでもいいぜ…。』
『それじゃあ クオリア…カウントをお願い…。』
「了解した…。」
目の前に30の数字が表示されカウントダウンが始まる…。
向こうのベックがこちらの横に付き、0カウントを待つ…。
10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…GO!!
2機がスピードを上げて小惑星帯に突っ込む…。
先頭はナオ機…その後ろは バギー機だ。
ナオ機は 速度を上げるが、直線距離を確保出来ず、小惑星に衝突し掛けるが 如何にか回避…速度を落とす…。
「衝突を回避出来る速度は 向こうと同じか…。」
ただ向こうが推力全開のフルスロットル状態であるのに対して、こっちの速度は亜光速まで加速できる…とは言え、亜光速まで加速したら流石に小惑星にぶつかって機体がバラバラになる…。
クオリアは オレが事故死しない程度にコックピットブロックにシールドを張り、機体のモニタリングをしてくれている…基本 レースにはNOタッチだ。
次の小惑星の位置も計算に入れ、最適なルートを選択…そのルートを慎重になぞるように…機体の速度を上げる…小惑星は丸型では無い、色々な複雑な形をしていてナオ機は その間を滑り込むように通り抜ける…後ろのバギー機も同じコースを取った。
DLの横幅2機分位しか無い 狭い空間をナオ機は如何にか通り抜け…バギー機は 後部スラスターのサイズを見あまり、スラスターが小惑星に接触…火花が散って 推力の方向が乱れるが、足で小惑星を蹴り飛ばして再加速…切り抜けた。
失敗した時のカバーが上手い…多分同型機だったら負けているだろう。
よくカズナは相打ちに持ち込めたな…。
右左…下…上…小惑星を回避しつつ次のルートを計算…その繰り返し…後ろのバギー機は…うそっ!…1回ミスったと言うのに こちらとの距離を縮めている…多分ライン取りが上手いんだろうな…。
よし…小惑星帯を抜ける…次は減速しつつ反転…小惑星に取り付けられたターゲットをボックスライフルで撃つ事になる…。
ここで上手く減速と反転が出来ないとバギー機に抜かれる事になるだろう…。
ナオ機は思いっきり足を真上に蹴り上げ、反作用で頭と胴体が下に下がり上下に回転…回転が終わる直前に足を元に戻して反作用を相殺…逆さまの状態で反転が終わり、推力を上げる…速度が減速…停止…加速…横ロールで姿勢を直し、ボックスライフルを構える…発砲…命中…小惑星帯に再突入…。
火器管制ユニットに頼った射撃だが、命中率は4割程度…3発のバースト撃ちをしているので 一応当たる…。
バギー機とすれ違い、バギー機がMP7を持つ腕を横に振り反作用を利用して旋回…発砲…こちらとは違い単純な軌道で旋回性能は劣るが、銃で目標を狙う反作用を利用している為、早く撃てる…。
時間にして僅かな差だが…向こうが弾1発分早く撃ち込める…戦場ではこの差は大きい…だが、弾の回避機動に移る場合こちらが速い…。
回避に重点を置くこちらと、一発でも正確に相手に撃ち込んで機動力を削ぐ向こうの考え方の違いだ。
その考え方は速度にも表れている…。
こちらはターゲットを外しても突破が出来れば良く、ターゲットの破壊は7割程度、向こうはターゲットを確実に撃つ為、速度を落とした…その代わりに精度は非常に良く、ターゲットには1発命中…しかもど真ん中だ。
速度を落としたとは言え、この速度でど真ん中に当てる精度…射撃精度はトヨカズ級か…本当に厄介な相手だ。
とは言え、もうバギー機が追いつけないと思うだけの距離は開いており、少し余裕が持てる…。
「少し『ラフプレイ』をしても良いかな…。」
オレは ゴールまでの最短距離を算出…間には14の小惑星…サイズは…行けるか?
ナオ機は左手で右腕のシャベルを抜刀き、ターゲットの付いた小惑星をターゲットごと切断…。
小惑星の欠片がバギー機に降り注ぐが、デブリ用の盾で防ぎつつ、ターゲットが付いている小惑星に正確に当てて行く…。
うわっ…欠片の隙間を狙っての射撃…あんだけ撃っているってのに弾が欠片に当たってない…しかも こちらが開いたコースを使って追いかけて来やがる…まだ余裕はある…重要なのは勝ち負けより売り込みだ…近接戦闘のアピールはして置いた方が良いだろう…。
ナオ機がシャベルを槍のように構え、小惑星のターゲットを突き刺し、小惑星をバギー機に向けて蹴り上げる事で シャベルを抜く…。
黒鋼の短刀じゃ これは斬れないだろう…盾で受け止めれば バギー機の速度が下がる…バギー機は小惑星を回避して、蹴り上げて方向転換…すぐさま速度を上げる…。
こちらが小惑星を切り裂いている所が注目されているだろうが…向こうの対応能力も凄く足止め程度にしかなってない…とは言えこちらの戦略勝ちだ…。
もう少しで小惑星帯を抜ける…抜けた!ゴール…。
腕を横に振り回し、反作用を利用しての反転減速…オレが破壊した小惑星の細かい欠片を左腕に装備しているシャベルシールドで防いでいく…。
少し遅れてゴールしたバギー機が反転減速を開始…こちらの無茶苦茶な軌道で加速と減速を繰り返して推進剤を消費した為か…スラスターが咳き込み始めている…タンクの中は殆ど空だろう…。
こちらと相対速度を合わせるだけの推進剤が残っているか怪しい…。
ナオ機は 減速中のバギー機の進行方向に向かい 機体を受け止めて減速させる…。
『あ~助かった…こっちの推進剤は殆ど空…ヒドラジン系は推力は高いんだけど ガス欠が速いんだよな…。
短時間のレースならこの量で十分のはず なんだが…見事に使い果たしたな…。
おめでとう…完璧に こっちの負けだ…。』
「どーも、とは言え パイロットの性能なら そっちが上かな…。
ファントム同士なら確実に負ける自信がある…。」
「推進剤を使わないのは 完璧にレギュレーション違反だし…。
まぁ ファントムが普及すれば レギュレーション自体も変わるんだろうけど…そろそろ こだわっていた推進剤の時代も終わりかね…。」
「乗り物ってのは 基本 速ければ速い程 輸送効率が上がって良い物になるからな…。
とは言え、レトロ愛好家が切り捨てられる事は無いだろう…それはそれで大切な文化なんだから…。」
「ああ…そうだな…。」
「ナオ…帰投許可が下りた…天尊カンパニー本店コロニーだ。」
レナから連絡を受けたのだろう…後ろのクオリアが言う。
「おう…。」
バギー機の手をしっかりと掴み ナオ機はゆっくりと加速し天尊カンパニー本店コロニーに向かって行った。
完璧な機体の売り込みのレース…結果は勿論 採用となり、ファントムの仲介をしている砦学園都市に大量の注文が入り、対応に追われたと言う。




