28 (時間を掛けた方が儲けられるってのに…)
観光客用のホテルに泊まり、翌日の朝…11月25日…。
6機のエアトラS2が インダストリーワンを旋回飛行し、ゲート前に着陸をする…。
エアトラS2の後部ハッチが開いて行き、エレクトロンが徹夜で 点検作業を行って詰め込んだ整備用の小型核融合炉と、新型の小型核融合炉を空間ハッキングによって空中に浮かばせて、重機無しで降ろされて行く。
エレクトロンの労働は 出勤時間と言う概念が無く、データ上で済む事は 日常の行動を取りながら並列で処理するので 仕事をしているようには見えず、物理作業の時には 招集が掛かり作業員が集まる。
そして、限界まで効率よく最適化されたスケジュール通りに作業が進み、義体のメンテナンス時間も含め、仕事が終わるまで休む事は無い…。
明らかにやっている事は ブラック企業なのだが…これがエレクトロンの文化なのだろう。
次に降ろされたのはドラム缶…あれは多分、重水素と三重水素の核燃料だろう…。
それに続き、整備用ドラムも降りてエレクトロンの作業員に付いて行く…。
その次は、DLで組み立てる折り畳まれたコンテナハウスだ…これは作業用の詰め所か?
まさか この中に核融合炉を入れる何て事は…十分にありそうだ…。
そして…。
「あっ…。」
エアトラS2の機内からカナリアさんとハルミが 出て来た…。
「……よっ」
「お久しぶりです…と言うほど日にちは経っていませんが…。」
ハルミのメンタルは回復途中と言った感じだろう…いつもと比べテンションが低い…。
カナリアさんはいつも通りの平常運転だ。
「どうして、こちらに?」
「私達も次のワーム戦に参加するからな…。」
「良いのか?」
ハルミにナオが聞く…。
ハルミは先日のワーム戦で、負傷して赤十字艦に逃げて来たワームを撃墜した事や非戦闘員の小型ワームをハルミの手では無いとは言え 皆殺しにしてしまった事で、メンタルに相当なダメージを受けてしまっていた。
てっきり負傷兵として引退し、もう戦場に戻って来るとは無いと思っていたが…どうやら違ったようだ。
「ああ…それに今回は ワームとの対話がメインだ。
ワームから抜き出した通信規格は、解析が終わったからな…これで交渉に持ち込める…。
で、その役目は、解析を担当した私が適任って訳だ。」
ハルミが言う…。
「それで、カナリアさんは?」
「私は、ワームに通じる歌を歌ってみたくなりまして…同行させて貰います。」
「ワームに歌ですか…。」
「ええ…コミュニケーションとして、歌と言う方法が取れれば一番安全で平和的です。」
カナリアさんが笑みを浮かべながら言う。
ワームに歌ね…相変わらず発想がぶっ飛んでいるな…。
でも、こっちは ワームとは殺し会うだけで、未だに向こうの文化形態すら把握していない状態だ。
例え カナリアさんの歌が無駄だったとしても、無駄だったと言う情報が残り、何かしらの役に立つだろう…。
「クオリア…オレらは、エアトラS2で宇宙に行くんだよな…。」
オレは、隣にいるクオリアに聞く。
「ああ…高度100kmまで上がり、地球をスイングバイで加速して高度200kmまで上がり、推進剤の補給衛星から推進剤を補給…。
更にスイングバイして、月に向かい…月の軌道まで行ったら、宇宙用のスペトラに乗り換える。
エアトラS2は スペトラの牽引で火星まで行き、その次は木星だ。」
「何で牽引?
スペトラで十分だろう…。」
エアトラS2は大気圏用だ…宇宙にも行けるが長距離の航海には明らかに不向きになる。
何より、大気圏用の為 推進剤のタンクが少なく、宇宙に上がる為に大型化も出来ない…。
それに比べ スペトラは、エアトラS2の数倍のサイズがあり、居住施設も完備だ。
何より推進剤のタンクも大きい…これだけ機体を大きく出来るのは重力に縛られないからだ。
「通常ならな…ただ…木星に近づくとなると別だ…。
木星の重力は地球の2.5倍…私達が80㎏だから、木星では ちょうど200㎏になる。
この状況だと、スペトラの推力では近づけず、無理に近づけば 木星に落下してしまう…。
機体の質量が 大きいからな…。」
「あっそっか…でも、機体が小さいからって、エアトラS2でも同じじゃ…。」
「エアトラS2はプロペラ機だ。
木星の大気を利用すれば 行って帰って来る事も出来る…。
大気圏用だから出来る利点だな…。」
となると翼による揚力も発生させられるかな…。
「それで現地のDLは?」
現地には、黒鋼をベースにした宇宙仕様のDLが配備されているはずだ。
話し合いが可能だとしても、武力を見せつける砲艦外交になる…。
ワーム側に こちらを攻撃した場合に出る損害より、話合いで解決した方が利益が得られると思わせないと行けない…ワームの数やその対応能力からしても、質も量も必要だ。
「現状のDLは 推力は強化されているが、木星の重力を振り切れる程の物ではない…。
なので 木星付近のコロニーの防衛や補修作業がメインになる…。」
「となると…重力を空間ハッキングの運動エネルギー操作で相殺出来るファントムが必須になるのか…。」
「そうなる…現地でファントムの調整を行って、太陽系連合にファントムを売り込み、コロニー郡に配備させる。
これで防衛ラインを構築して もしもに備える…ワームとの交渉はその後だ。」
なるほど クオリアが QDLの計画をしていたのも、木星付近の防衛能力を上げてワームを封じ込める為か…。
ピースクラフトのような平和主義のようで、交渉が上手く行かなかった場合の2段構えになっている。
これなら どう転んでも何とかなるだろう…。
「出発は?」
「今日の深夜になるだろう…生身の4人には 十分な睡眠と出発前にトイレに行ってもらう事になるな…。
12時間程…機内で缶詰だ。
一応トイレは取り付けてあるが 機内は無重力だ…かなり大変な事になると予想される。」
予想か…まぁ出した事が無い訳だから当然か…。
「分かった…言っておくよ…。
それと食事制限もだろう…ミートキューブは 大丈夫か?」
「ああ…あれは消化や吸収効率が良い…。
問題無いだろう…。」
「そんじゃあ伝えて来るよ」
オレは クオリアに手を振り、核融合炉が乗せられている大量のトラックと共に荷台に乗るレナ達に向かって行った。
エレクトロンの仕事は速い…。
朝から搬入が始まった作業は昼には完了し、2層の核融合炉施設から半径120mを封鎖して、エレクトロン達が 最速で整備用の小型核融合炉を組み立てていく…。
とは言え、整備用の小型核融合炉は 完璧にモジュール化されて取り付けるのも簡単そうだ。
ただ、どの部品も頑強に作られていて 明らかに人が持てる重さでは無いと思うんだが…エレクトロンは軽々と持ち上げ、組み立てている。
空間ハッキングだな…もはや、彼女らには重機が必要無いらしい…そう言えば、エクスマキナ都市にも重機の類は フォークリフト位だったか…。
元々、重機はひ弱な人の力を拡張させる為の物…なるほど、完璧な身体を持つエレクトロンには必要無いと言う事か…。
核融合炉の組み立て作業と並列して、通常ならDLの手で組み立てられるコンテナハウスをエレクトロンが組み立てて行き、完成…屋根はまだ取り付けておらず、上から中が丸見えの状態だ。
それと同時に整備用の小型核融合炉の組み立ても終わり、2人のエレクトロンが、小型核融合炉を抱えて慎重に飛び、コンテナハウスの上から真ん中あたりに正確に入れる…。
その後 コンテナハウスの上からフタをされ、整備用の小型核融合炉施設が完成した。
この間、15分ほど…速すぎる…その後、燃料のドラム缶を持って来て注入を開始…。
そう言えば…核融合炉って起動させる時に大電力が必要だよな…。
核融合炉から流れるぶっ太いケーブルをエレクトロンが掴み…まさかの給電…。
核融合炉が 低出力だが、動き始めた…。
まだ、初期起動でしただけで 核融合反応は起きていないだろうが…エレクトロン単体で起動に必要な電力を確保出来るのか…。
それとほぼ同時に 2層の照明が落ち、当たりは真っ暗になった…周りには光源の類は一切見当たらず、何も見えない。
が、1秒程して作業現場にライトが灯り、すぐに今まで 動いていた核融合炉が外に運ばれて行く…。
ああ…給電を止めたのか…それと同時に施設の中からぶっ太いケーブを引っ張って来て 整備用の核融合炉に繋がるケーブルに接続…2層に照明が灯り電気が復旧した。
え?もう核融合反応をしていたのか…騒音も殆ど無く、かなり静かだ。
あれ?これって1ヵ月位掛けてゆっくりと調節するんじゃなかったっけ?
そして、並列して組み立ていた新型の小型核融合炉が4人のエレクトロンに抱えられ、ゆっくりと搬入される…。
「終わった見たいだな…。」
封鎖した区画に人が入らないように上空で見張っていたクオリアがオレの隣に降りて来た。
「本当に早いな…30分位か…。」
ダラダラ時間を掛けて組み立てた方が貰える時給が増えて儲けられるってのに…。
エレクトロン12人で30分で片付けた。
「その位だな…今、新型核融合炉が稼働した。
これからゆっくりとデータを取りながら出力を上げていく事になる。
それまでは、整備用の核融合炉と同時運用だな…。」
「1ヵ月位だっけか?」
「いや…10日だ…。」
核融合炉の施設からは、ボロボロのドラムが運ばれて来ている。
多分、この施設を維持していたドラムだろう…。
その光景は死体を担架で運ぶ光景と重なる。
その後は継ぎ接ぎ だらけの工作機械の一式が運びだされて行く…。
「都市の電線関係も、見直しが必要だ。
メインラインがやられて、サブラインに切り替わっている所がいくつもある。」
通常、電線はメインとサブの2本があり、通電状況が悪くなった場合 その区画をサブに切り替える事で停電の影響を最小限に食い止めるシステムが こう言った都市には いくつも搭載されている。
こうでもしないと停電した場合、空気の生成や供給が滞り、都市民が死んでしまうからだ。
今回のメインラインの消失は、メンテナンス作業をサボった老朽化の影響だろうが…後々これも直さないと行けないだろう…。
「直近の問題は回避出来たって所かな…。」
「そうだな…今後の計画はマージ都市長と天尊の判断を仰ぐ事になるだろう…。」
「まぁオレは、それで死者が少しでも減ってくれれば満足なんだけどね…。」
オレは核融合炉施設を見ながらそう言った。




