18 (サイレントキラー)
夜、病院。
病院に戻ったナオとドラムは、ハナダの隣の部屋を借り、警備をする。
そして更にその隣の部屋には 被害者の女性がいる…彼女とハナダはエサだ。
廊下には『光学観測用のセンサー』に『床マット風 感圧センサー』、対光学迷彩用の『熱センサー』に、質量物体が移動する気流が見える『気流センサー』これを あちこちに張り付けた。
そしてこの情報をドラムの中に入っているクオリアが処理する。
太陽系で最高レベルのエレクトロンのセキュリティを突破出来るヒトは限られる。
突破されれば その事実が 犯人を特定する情報になり、そして出来なければ犯人を捕まえられる。
病院の患者が寝静まった午前3時、当直の看護師も機械に任せて寝てる時間帯だ。
そして、あらゆる防犯装置をすり抜け『何か』は最上階に向かう。
クオリアが設置したセンサーも無効…。
たが、最後のセンサーが『何か』を感知した。
ナオの頭の中でアラートが響く、周囲には聞こえない クオリアからの警告だ。
眠っていた オレがベッドの下に転がり、ベッドをひっくり返して、壁にしながら状況確認する。
『「クオリア状況!!」』
思考で文字を起こし、即座チャットに投げる。
返答は ほぼ同時、ボイスチャットのコールが鳴り出し、押す。
『廊下におそらく あの電子幽霊『サイレントキラー』が来ている。
各センサーに反応なし。
ただ『量子センサー』には反応した。
目視確認を頼む。』
やっぱりオーパーツも設置していたか…。
『分かった、座標を送ってくれ』
視界の右上にMAPが表示され、現在地と目的地 そして移動ルートが表示される。
『量子センサー』しか反応しない敵…やれるか?
オレは リボルバーを取り出し、下で構えながら姿勢を低くして走る。
「目視確認、誰もいない」
リボルバーを前に向け、引き金に指をかける…。
センサーに反応し、レーザーサイトから低出力の赤いレーザーが出る。
射撃の腕前が並のオレは、照準を覗き込まないで撃つ事が多い。
消灯時の薄暗い照明の中で、レーザーポリンターが壁に当たる小さい点しかない。
レーザーが すり抜けたッ…実体がない…。ッ!!
オレは後ろに身体を反らすと上から下にナイフが振り下ろされる。
「実体化したッ!!」
ナオは、後ろ向きに後退して距離を稼ぎながら、敵がいるであろう位置にリボルバーを向ける。
ッ!?レーザーが敵では無く壁に当たる。
光学迷彩の類では無い。
「厄介だ。」
攻撃する一瞬だけ ナイフが実体化するみたいだ。
次々に やってくるナイフを回避しながら、オレは敵のパターンを探る。
ナイフの軌道から相手を予測、身長は160cm、体重 80kg、右手コンバットナイフ…ただナイフが浮かんでいる訳ではない。
それは150cmのオレに振り下ろす質量の乗った人の軌道だ。
人外な出力を出せないという事は、生身かそれに近い存在か…。
こちらもナイフを出して 反撃をする者の、当たらずナイフが宙を舞うだけだ。
『早く解析頼む』
太陽系最高レベルのデータ処理が出来るクオリアが、10秒も処理にかかっている…それ程の相手なのか?
『解析終了…原因はハナダだ…奴を気絶させれば終わる。』
クオリアが通信で そう結論を出した。
『は?コイツがハナダ?』
『違うハナダは病室にいる…行って気絶させるんだ』
全く訳が分からないが、相手は エレクトロンでクオリアだ。
どんな戦術プログラムよりも信用出来る。
『了解…後は任せる。』
後方からドラムが到着し、振り下ろすナイフにピンポイントで銃弾を当てる。
ドラムが装備しているのは ボックスライフルと呼ばれる箱型のアサルトライフルだ。
箱型の形状のおかげでアシスト機器を装備出来るものの、全体重量が重く強化服着用が前提のライフルだ。
オレはドラムと入れ替わる形で後退し、ハナダの部屋に向かう。
警察署の警備部…。
砦学園都市の治安を管理している『ケインズ』が、警察に通報する際ここに連絡される。
大画面のディスプレイと物理キーボードとマウス、椅子に仮眠用のベッドがある。
ベッドで寝ているのは 私服の当直の警備員で、ケインズからの通報が掛かるまでは寝ている。
そして3時…ケインズからの通報が鳴る。
けたたましいコールで叩き起こされた警備員は すぐさま起き上がり、ディスプレイをチェック…見た光景は 病院内でナイフを持った男が、素振りをしている。
「戦闘ぽいのに相手がいない?」
映像を巻き戻しても敵は表示されず ただ素振りをしているだけだ。
警備員はキーボードで操作し、位置を特定…病院の最上階って…。
「エレクトロンから 上がっていたサイレントキラー?」
昨日アントニー・トニー都市長の許可の元、警備用オプションを貸したドラムだ。
よくよく見ればエレクトロンと一緒にいたヤツだ…。
確か…ナオだったか?
「こちら警備部、初動部隊の出動を許可、数は、1個中隊12人…武装フル装備
次DL部隊の待機、数は1個中隊12機…武装…都市戦仕様」
既に情報は送った。
後は向こうのプロにお任せだ…さてと次は…。
病院の当直室では、一人の看護師の女性が寝ていた。
最上階で騒ぎが起こっているにも関わらず、アラートが鳴らない。
防音機能が高い事もあって まるで彼女は気づいていなかった。
プルルルル・・・・。
コールが鳴り、慌てて3コールで起き、6コールで取る。
「はい こちら中央病院当直室……はい?」
『だから病院最上階にて、戦闘が発生しているですって、警察の初動部隊が来ますので、正面玄関の鍵を外しておいて下さい。』
「戦闘?…サイレントキラー?まさか?
警備センサーの反応は ありませんでしたよ」
「だからサイレントなんです…急いでください10分も掛からないので…」
円状な形をしている砦学園都市の中心部は 行政施設が集中しているので、警察と病院は同じ区画でほとんど時間が掛からない。
彼女は、すぐさまドアを開け、部屋の施錠も忘れて走り出す。
以前 私が熟睡していた為、正面玄関のスライドドアをぶち破り、警察に侵入された事を思い出す。
あの時は医院長に かなり怒られた…。
はぁはぁはぁ
病院の玄関は電源と物理ロックの2つで開く。
看護師は、電源スイッチを入れ、降りていたシャッターを上げる、次にスライドドアの物理ロックを解除…。
目の前には、爆薬の準備をする初動部隊の人達がいた。
「どうぞ…。」
「感謝します。」
機敏に銃を構えながら、6人がエレベーターでもう6人は階段で上っていく。
はぁ…ぶち破られなくて良かった………。
ドアがスライドし、流れるようにナオは ハナダの部屋に入る。
部屋に入ったオレは すぐさま銃をハナダに向けた。
「サ、サイレントキラーだぁぁぁ」
ハナダは恐慌状態で泣きわめくばかりだ。
周りを確認するがサイレントキラーは確認できない。
「オレか…。」
ハナダの額をレーザーサイトの赤い光が照らす。
「いやあああああああ死にたくない。」
泣きわめく、ハナダを前にナオは引き金を引いた。
発射されたのは非殺傷弾。
ゴムで出来た弾頭の内部に衝撃を熱に変換する『耐衝撃用硬化ジェル』通称『耐弾ジェル』
DLの装甲に使われている位置エネルギー弾を熱変換して 軽減するジェルだ。
弾丸は見事ハナダの額にヒット…火薬を少な目にし、弾はゴム製、耐弾ジェルまで使っても プロボクサーのパンチに匹敵する衝撃が彼の脳を揺らす。
脳震盪になったハナダは、今まで騒いでいたのが嘘みたいに大人しく気を失った。
オレは周りの安全を確認し、リボルバーのシリンダーロックを解除…。
重力でシリンダーと弾丸が落下…。
それと同時にホルスターから替えシリンダーを入れシリンダーをロック。
「気絶させたぞ…どうだ?」
『予想通り消えた。』
クオリアが通信で答える。
「ひとまず解決か」
オレは 空気に触れ生温かくなったシリンダーごとポリ袋に入れ袋を閉じる。
それとほぼ同時に…。
「警察だ!武器を捨て投降しなさい!!」
警官が突入し、3人がナオに銃を向ける…。
ナオは ポリ袋を手放し、ポリ袋の中のシリンダーが地面に着くより早く…殆ど脊髄反射で銃を警官に向けるが、如何にかトリガーに掛けた指を止められた。
次に入ってきた3人の警官は ライオットシールドを構え、シールドに空いた穴にハンドガンを差し込んで固定してオレに向ける。
「オレの容疑は?」
「傷害未遂……いや傷害罪だ。」
警察が床に転がっているハナダを見て言う。
「オレの他にドラムが2体いたはずだが…。」
「そのドラムは既に停止している。
今『エレクトロン大使館 砦学園都市支部』と連絡を取っている所だ。」
「分かった。」
オレは 銃をしまい右手を上げる。
「私『カンザキ・ナオト』は、今回の件についての事情聴取に協力したいと思います。
ただし拘束は無し、私の安全を確保出来なくなる武装解除にも応じる事は出来ません。」
警備装置から見ているであろう『ケインズ』に自分の意思を伝える。
この状態で警官が撃てば『無抵抗な容疑者』を傷つけた事になる。
そうなれば問題になるのは警察だ。
「了解しました。
では『カンザキ・ナオトさん』今回の件の重要参考人として同行をお願いできますか?」
高圧的だった警官の口調が柔らかくなる。
「ええぜひ」
オレは証拠となるポリ袋を回収し、ポケットに入れる。
「ではこちらへ」
武装した警官は銃を下げた オレを護衛するような配置に変わる。
そして、オレは 警察に事情聴取に行くのだった。




