12 (抱き合わせ商法)
更に翌日23日木曜日…朝…と言うより深夜…。
シーランド艦から出て 3日が立った…。
機体の最適化作業もようやく終わり、後は本番までゆっくり出来る…そう思っていた。
「これはマズいな」
向かいのベットに座るクオリアの目の前にARウィンドウが現れ、クオリアの視線がそちらに行く…。
「シーランド艦に何かあったのか?」
ベットから起き上がったナオが言う。
「いや…そっちじゃない、ピースクラフト都市で大規模な暴動が発生した。」
「暴動って…原因は?」
「エクスプロイトウイルスによる自粛だ。
前の政変で重要人物が死んだ事もあって、まだ保証金を出さないでいたらしい。
更に、エクスプロイトウイルスに感染しないドラムの大規模導入による大量失業…。
それで干上がった低所得者が食料の略奪を開始…。
警官隊との発砲事件から都市民全体に伝染したらしい…。」
ブラック企業の良くある手口として、労働者の脳を疲弊させて視野を狭め、来月の給料で生きる為に働かせ、シフトが減った場合、来月の生活が出来なくなると すり込む事で、労働者は必然と長時間 働くようになる。
そして重要なのは、貯蓄を1ヵ月の生活費以内にする事で収入が入るかどうか分からなく 転職活動をするよりか キツイが働いた方が得と思わせる事で退職を防ぐ事だ…。
「奴隷状態の低所得者に考える時間を与えたのが、マズかったのかな?」
極限まで疲弊した状態でいきなり退職させられ、しかもエクスプロイトウイルスと来ている…。
いきなり家で自粛された事で皮肉な事に考える余裕が生まれ、更に自粛し続ければ 金が尽きて死ぬことが確実だと理解した。
直近の生活がかかっている労働者は確実に、理屈の通じない野生に戻るだろう…。
「解決案は?」
「とにかく腹を満たせて、収入を安定させる事だ。
今、天尊が食料と現金を積んで地球に降下している見たいで、私達に護衛の依頼が来ている…。」
「止められるのはヤツしかいないか…。」
天尊は太陽系の企業を握っている事もあって、えげつない事も平気でやるが、天尊の商品を買ってくれる顧客が死ぬような事は絶対に望まない。
天尊は全く信用出来ない相手だが、アイツの行動原理は一定の信用が出来る。
「分かった…オレは依頼を受けても良い…。」
「なら、報酬無しでやって貰えるか?
護衛の報酬として天尊に請求したい。」
「なにを?」
「近日、天尊は ベーシックインカムをピースクラフト都市で実施するんだ…。
それを止めたい。」
「?…何で止めようとするんだ?
ベーシックインカム…良いじゃないか?」
ベーシックインカムは、毎月都市から生活に必要な金額を都市民全員に区別なく自動的に配られるシステムだ。
現状 ピースクラフトでの底辺労働者の働く理由は『生きる為』だ。
月に稼いだ金額の大部分を生命維持に消費し、自分の幸福や将来への投資が出来なくなっている。
なのでベーシックインカムを導入する事で 自分が仕事をして稼いだ金額はすべて自己投資にまわせ、物の消費が増えれば その企業が儲かり、景気が良くなって行く 好循環になる…。
更に、今までは生きる為に大多数の需要に合わせた商品を開発していたが、その裏で確実に少数の需要を犠牲しており、その需要を対象にした商売は利益が見込め無くなる為 実現が困難だった。
だが、ベーシックインカムで生活を保障すれば、全く需要の無い落書きを100万人に1人の購買者に届けることも出来る…。
結果、幅広い需要に応える事が出来るようになり、人類全体での幸福値の上昇や、経済や技術力の発展に繋がり…良い事尽くめになる…。
正直 クオリアが止める理由が分からない…。
「ベーシックインカムと言う単語だけを聞けば、そう反応するだろう…。
問題はその中身だ。」
「中身?」
「ベーシックインカムは、2種類が有るんだ…。
1つは砦都市で行っている『生活保障金制度』に近い物…ナオの考えているのは こっちだろう…。」
「ああ」
「それで、今回のはミルトン・フリードマンと言う人物が提唱していたベーシックインカムだ。
まずは、関税の撤廃…。
都市外の企業…と言うより天尊だな…の参入が多くなり、都市内企業が競争に負けて維持出来なくなり潰れる。」
「うわっ…。」
「第2に国のすべての行政の民営化…。
これは電気や水道なんかのインフラの値上げとコストカットによる品質の悪化を招き、電気や水を使って生産している商品の原価コストも跳ね上がる。
だが、コストが上がるのは ピースクラフトでの生産物なので、別の都市が生産する物は、相対的に安く買えるようになるだろう…例えば天尊の商品とかな…。」
「あ…。」
「第3が社会保障の全廃…。
砦都市では『政府が無料』で治療しているが、ピースクラフトでは この先、民間の保険会社だけになる…天尊カンパニーの社員が入っている保険プランは安くて手厚い保証だな…。」
「……。」
「4つ目、外国の参入の制限解除…。
都市内の企業が天尊に負けて天尊一色にに染まるな…。」
「……。」
「5つ目…最低賃金撤廃…。
これは砦都市でもやっているな…生きる為の生活資金が得られるから1トニーだろうが1億トニーだろうが、企業と労働者が交渉して納得すればいくらでもいい…まぁ労働相場はあるがな…。」
「でも、この前提条件ならマズイだろう」
「そう…物凄くマズイ…。
天尊の事だから顧客になるはずの都市民を疲弊させる金額にするとは思えないが、ドラムの参入で労働者の需要が下がれば 労働者は単価を下げて、切り売りするしか無くなる…。
可能性としては十分にあり得る。
そして最後、国民に飢えないレベルの金額を給付。
大幅減税が叶えば 如何にか生活出来るだろうが、働かない社会の実現はかなり難しくなる。
顧客に優しい天尊なら 大規模減税はやるだろうし、金額もそれなりだろうが 今度はピースクラフトは共通通貨のUMで運営されている為、政府側にUMが入らず財政が切迫…都市内の金は天尊側に逃げて行くな…。
そして政府は、UMを発行出来る天尊に逆らえなくなる…と。
ベーシックインカムは自国内で通貨や物の生産が出来る事が前提だから こう言う事になる。」
「え…つまり…経済植民地?」
「正解…つまり、生活保障金制度と勘違いさせて民意の賛同を得る事で実質ピースクラフトを乗っ取れる訳だ。
しかも、問題が表に出ても『賛同しただろ』と自己責任論を展開して都市民を黙らせる事が出来る。」
「恐ろしいな…。」
「だから、可能な限り生活保障金制度に近づいた政策を取らせないと行けない。
そして、ナオのように上辺だけで賛同しないように都市民に警告もしなくては…。」
「でも低所得者は、長期的なリスクより今を生きる為のメリットを取るだろう…。」
「ああ…だから尚更質が悪いんだ…。
多分、この疲弊するタイミングを狙って来たのだろうな…。」
戦略としては ちゃんと考えられているし、気づいた時点で殆詰み状態で現状、天尊と交渉するしかない。
「まぁ…私達に仕事を頼む時点で、今言ったプランの実行は 私達の信用を大幅低下させるから、大幅修正するだろう…。
ヘンリー都市長は、天尊側にメリットを与えつつ、ピースクラフト政府を乗っ取られないようにしないと行けない。
私達はそのサポートだ。」
「面倒だな…だが、やりがいのある仕事だな…。」
オレはそう言った。
クリストファーとキョウカイ小隊に連絡を入れ、実体化させた駐機姿勢のファントムにナオとクオリアが乗る…。
オレは素早く機体のシステムを立ち上げ、ファントムと距離をあけて見送りに来ているドラムを見る…。
薄暗いモニタが自動で光の調節を行いディスプレイには クリストファーが表示されている。
ファントムが右手で軽く手を振ってクリストファーに挨拶をして ファントムが量子光を噴射し ゆっくりと飛び上がった…。
「おお…いい動き…また良くなったな…。」
機体の情報をダイレクトに受け オレが言う。
「これで、この機体は完成だな…。
後は この機体のデータを元にモンキーモデルを作るだけだ…。」
「後キューブの生産もな…。」
こっちに付いては完璧に専門外だ…研究都市の技術者に期待かな…。
ファントムが音速を突破して衝撃波を放ち、巡航速度を保つ…。
目標は『ギアナ』にあるピースクラフト都市で距離は600km程…35分から40分位か?
グリニッジ標準時8時…現地時間は-4時間の4時…まだ暗い暗闇の中を量子光を放ち…一本の流れ星のように進んで行った。




