14 (十分の変化)
1週間後、葬式の当日になった。
店長の年は今日で100歳と1日になる。
昨日の誕生会は バーを貸し切って、皆でどんちゃん騒ぎしたらしい。
死刑執行当日に酔っぱらって執行されると思ったが…この世界には高性能なアルコール分解薬がある為、飲んで1時間もあれば 完全に素面に戻れるらしい。
さて、この都市の端に それなりに大きい区画がある。
墓地公園と呼ばれるこの区画には 果物の木が植えられており、子供達が遊びに来ている。
そして、公園の中心には12m程の丘になっていて、宗教色の無い教会風の建物とオベリスク風のモニュメントがあり、その下が端末になっている。
旧時代のように1人1人に墓を作っていたら都市中が墓で埋め尽くされて住めなくなる。
そう言った事もあり、オベリスク見たいな慰霊碑に名前とDNAデータそれと120GBの遺産データが記録出来る決まりになっている。
そして そのオベリスクのサーバー管理と死刑執行、葬式を引き受けるのが、ここで『教会』と呼ばれる組織だ。
教会と言われるが、この都市は個人レベルでの信仰の自由は保証されているものの、基本無宗教であり『徹底的に無関心な神の教会』を信仰してるとも言える。
トニー王国建国前に ここに流れ着いた奴隷は 昔は熱心な信奉者だった者の、奴隷制度は許容するし、船にすし詰め状態で監禁し 死者が出るのは当たり前…。
少ない食料で何日も航海させ、あまつさえ進路を間違い食料が無くなると奴隷を海に放り出す始末。
そして運よく目的地にたどり着いても砂糖農場での死ぬ事が救済に感じるほどの過酷な労働が待っている。
神がこれを許容しているならオレ達が神とする者は 人類に対して不干渉、または歴史からして殺し合いを楽しんでいるサディストになる。
どちらにしろ神では無く、悪魔と言った表現が正しく、船が難波し 海流によって流され無人島にたどり着いた奴隷とトニーと呼ばれる知識人は 科学を信仰して 自分達に優しい科学の神を造り、既存の神を殺す事を誓ったのだった。
さて教会の中は女神の像と言った宗教色なものは全く無く、一段上の舞台には大画面ディスプレイと冷蔵庫程のサーバーがある。
そして遺体を入れた棺桶を地下に運ぶローラーコンベアがあり、その下はリサイクル炉に繋がれている。
遺体は そこで分解され、人体の成分的に高確率で食料に合成される。
オレも未だに 嫌悪感が抜けないが、ここでは これが普通であり『食料を粗末に扱う事は死者への冒涜』や『物を大切に使う』文化が形成されるなどメリットの方が多いのだ。
「おっ来た来た。」
舞台で店長と話をしているトヨカズが入口にいたナオに気づき、手を振り自分の位置を伝える。
「私服で良いって言ったのに やけにキメてるな」
トヨカズの来ている服は、本当にいつも通りの私服だ。
そして周りを見てみると服装は皆『いつもの私服』と言った感じで、トヨカズに『私服で良い』と言われ、就活での解釈のごとく、旧時代の就活規定にそった オフィスカジュアルをキメて行ったのだが、逆に浮きまくりで視線が痛い…。
そして店長が 電気屋だった事もあり、雑談の内容から機械部品の単語が多く聞こえて来る。
さて前代未聞の生きている人の葬式の始まりだ。
まずは、司会役の神父さんの説教から始まり、これから死ぬ店長のあいさつと割と普通?に進み…。
やがて舞台裏からドラムが運ばれてくる。
今までも度々見かけた アシストロボット、通称ドラムと呼ばれている。
そのロボットは 通称のごとく、ドラム缶風の身体にタイヤがついた4本の蜘蛛のような脚に、人工筋肉の腕が二本…上部に可動式のディスプレイがあり、真ん中の上部に眼が2つ、両端に耳と口が それぞれ2つずつある。
そしてディスプレイには、普通なら文字と記号の組み合わせの顔文字が表示されるのだが、電源がついているにも関わらず真っ暗なままだ。
都市の中で人に代わる労働力として働く 旧時代のSF映画に出てきたような『いかにもロボットぽいデザイン』の このロボットの正式名称は『スレイブロイド』…日本語だと『奴隷のような』と言う訳になるのだろうか?
奴隷、非正規雇用、女性の労働進出、派遣、請負、技能実習生(外国人労働者)、個人事業主…ギグワーカーと程度の差はあれ、低賃金で労働者を雇う仕組みだ。
そして それがピラミットの下部である以上、上の高所得者を支えるには絶対に必要であり、低所得者が搾取される構図は絶対に変わる事は無い…。
そしてその解決策として そのピラミットの下部を この機械…スレイブロイドに委託する事にした。
こうする事で人は最低でも 中級階級位まで生活水準が押しあがり、心の無いスレイブロイドが昔の言うところの『奴隷のように』働く体制が出来た。
このデザインも昔のロボットぽく、人型ではないのは『人間扱いしなくて良い(人権は無い)』を見た目で分かり易くする為だ。
そんなドラムがケーブルでサーバーに繋がれる。
多分店長が戻ってきたとき用の仮義体だろう。
その後 店長は棺桶型のデバイスに入り、被るタイプの脳デバイスを取り付ける。
「じゃあ、おやっさん逝ってらっしゃい…良い余生を」
トヨカズがそう言い、皆に見守られる形で店長の脳データはサーバーに移動し仮想世界の住人となる。
そしてローラーコンベアのロックが外され、重力に従い 店長の肉体はリサイクル炉に落ちて行った。
3…6…9…12…15…18…21…24…27…30…と経過年数がディスプレイに表示される。
この間10秒でサーバー内で30年の時が過ぎた。
20秒…30秒…40秒…50秒…1分……180年が経過した世界で 彼は何を思って生活をしているのだろう?
寿命の無いこの世界では、死んだら散逸するはずの記憶を永遠に維持する事が出来る。
もし帰ってこれたら 彼は如何なっているのだろう?
そして開始から10分…内部時間にして1800…1900?年が経過し、店長は現実に帰還した。
ドラムに彼の顔が表示され、それは店長時より少し若い青年であった。
彼は無言にまわりを見渡し、凍るような視線でトヨカズを見た後、サーバーの回線を使い どこかに自分を転送した。
おそらく高度過ぎて人と同じ生活が出来ないレベルまで変わってしまったんだろう。
彼が行く先はサイボーグ都市か、エレクトロンの都市か?
まぁ…どちらにしても、もう会う機会は無いだろう。
「……帰るか」
あの視線の感情を読み取ったのか…いつもよりテンション低めにトヨカズが言う。
「そうだな」
まわりの人も次々に去っていく…。
見送ってからたった10分で高等生物が下等生物を見るような視線を放つ あの店長はどんな経験をしたのだろうか?
改めて時間の経過の恐ろしさを理解したナオだった。




