転生悪役令嬢は断罪回避よりも帰還をご所望のようです。~大っ嫌いな悪役令嬢に転生してしまいましたが、はて、どういたしましょう~
まっ白い光が、一つ、二つ。
窓の奥にいる男の人は、……どうやら寝ているみたいですわね。
こんなにも冷静にいられる私が、自分でも不思議。
現実離れしているから?
ええたぶん、そういうこと。
……っあ、
危ないっ――
……――トンッ。
……………………グシャッ。
☆☆☆
まぶたの裏が、眩しい。
なんでしょう、と、そう思って私は目をこすりましたの。
「…………ぅうん」
ふわぁ……。
よく寝ましたわ。
「おはようございます、リーベルお嬢様」
「おはよぉ、…………へっ?」
今、お嬢様という言葉が聞こえたのですけれど。
だって私、女子高生ですのよ。お屋敷なんて持っていない、生活基準的には中間層の。
それなのにお嬢様だなんて。
なにかの演技かしら?
ドッキリでも仕掛けておいでで?
そして、体を起こした私は、まぶたを開きましたわ。
……………………………………………………。
…………ふぁいっ!??
なっ、なんですの、この光景っ!!?
えっと、えっと、……えっ、と……。
……きっと夢ですわ。もしくは、寝ぼけて幻覚が見えていますのよ。
こうなったら、二度寝をするに限ります!
ささっ、もう一度お布団にもぐって。
「り、リーベル様っ!?」
お休みなさい。
……………………zzZ……。
☆☆☆
……先に結論から述べましょう。
どうやら、私、表ヶ崎恋は異世界へ転生したみたいですの。
それも、私が最近熱中していました乙女ゲーム『勇者の君に恋をして』の世界に。
まさか私もこの世界に転生し、もう一度生をたまわるとは思ってもおりませんでしたわ。
し か も っ ! ! !
私の大ぃぃぃっ嫌いな、
悪役令嬢リーベル・メイニャーにっッ!!
あんの、傲慢な態度に、人をいじめるのが大っ好きな、最低グズ女に、私が、なるなんてっ!
それこそ、なるだなんて思いもしませんでしたわ、でしてよっ!!!!!
…………はぁ……はぁ……。
少々、感情が高ぶりすぎましたわね。失敬、失敬。
……まだ乙女ゲームが始まる年齢でなかったことは不幸中の幸いでしたわ。
えっと、たしかゲームのリーベルは……、そう、十七歳でしてよ。そして今の私は十五歳。
来年から乙女ゲームの舞台でもあった王立桜ヶ丘学園に入学いたしますの。
……あれ? そこまで年齢、変わりませんわね……。
まあ、ゲームが始まる前だったのでよしとしましょう。
「お嬢様、到着いたしました」
あっ、着いたみたいですわね。
そう、私、前世の記憶を取り戻してからはじめての馬車に乗っておりましたの。きちんとした設計をしていたそうで、あまり揺れなくて快適でしたのよ?
おかげで考え事に没頭してしまいましたけれども。
さてさて。
異世界のお城は、どれほどの――っ!
――っんま、まあっ!
これは、なんと、立派な……っ。
すでに私とまぜこぜになったリーベルの記憶のなかでは行ったことがありましたけれど、やはり実物と記憶は全然違いますわね。
もう本当に、立派すぎて言葉が出ませんわ。
ああ、そうそう。
今朝はまだ恋としての記憶とリーベルとしての記憶があやふやにわかれておりまして。そのせいで、混乱していましたの。
二度寝はどの世界でも最強ですわよね。
「リーベル様、殿下がお待ちですよ」
「……え、ええ。行きますわ」
二度寝をしたせいで、私付きメイドのアメリアが困ってましたけれど、ねっ。
今日は私の婚約者である、私が今いる国、ロッソクラーヌ王国の第一王子、エリュートス・ロッソクラーヌと会う約束をしていたそうで。
でも意外ですわ。
どうやら、リーベル、エリュートスに恋をしているわけではありませんのよ。
むしろ興味すら持っていないくらい。
乙女ゲームのなかでは、あれほどヒロインをいじめ倒していましたのに。
十七歳になるまでに、なにかあったかしら?
正直、恋としての私からしますと、そちらの方が好都合ですけれども。
そりゃまあ、ゲームのキャラとしては私、第一王子のエリュートス、愛称だとエリス王子がダントツトップで大好きでしたわ。
でも、現実とゲームとでは違いますもの。
……そういえば、トラック事故のとき。
一緒に歩いていた私の大事な親友は、助かったのかしら。
…………助かっていたら、いいですわね。助かっていて、ほしいですわ。
……あの子だけは、死んではいけない。
死なせたくない。
「もう一度、会いたいですわ……」
「どうされたんですか、リーベル様。今日、朝から変ですよ?」
っと、いけません、いけません。思わず口に出してしまいましたわ。
アメリアが心配そうな顔をしていますの。
「なんでもありませんわ。気にしないでちょうだいな」
……そういえば、ゲームのなかに、アメリア、というキャラ。いましたっけ……?
ただモブだから出てこなかったのでしょうか。
それとも、乙女ゲームのリーベルが十五歳から十七歳になるまでの間になにかが起こったのでして?
……アメリア、まだ今のリーベルにとっては専属メイド兼親友のような存在ですもの。
あと、恋な私が一番驚いていること。
今の時点で、リーベル、いじめっ子なんかではなくって。
むしろ少々複雑な家庭環境のなかにおかれた、不運な少女、という印象さえ、もつことができますわ。
他人に冷たいところはありますけれど、リーベルに対してだけは優しいところもありますし。
乙女ゲームのなかではあんなにも非道な性格をしていましたのに。
やはり、私がまだ体験していない裏の事情というものがあるのでしょう。そうでもなければ、説明がつきませんもの。
人間の性格って、そう簡単には変わりませんからね。
私の前世で、そのことはよくよく思い知らされてきましたわ。
「リーベル様。殿下とのお約束した場所につきましたよ」
「え……、ああ。本当ね」
どうやら自分の世界に入り込んでしまっている間に、所定の場所に着いてしまったようですわね。
この扉もまた、装飾が凝っておりますわ。
前世が庶民な私にはさわることも戸惑ってしまいますけれど、そんなこと言ってはいられません。コンコンコン、と軽く扉をノックしまして。
「エリス殿下。リーベル・メイニャー、ただいま参上いたしました」
さてさて、返事はあるのでしょうか。
あ、これでも一応は婚約者なので。
エリュートス殿下のことは愛称でお呼びする許可はいただいておりますのよ。
「…………入れ」
きましたわね。
「失礼いたします」
一言断りをいれ、私は扉を開きましたの。
それなりに重いですわね、この扉。
ま、現代日本ではそうお目にかかれないような扉ですもの。重い方がファンタジー感があって、個人的にはワクワクしますわ。
……改めて思いますけれど、私、ファンタジーな世界に転生しましたのね。
たしかかの乙女ゲームの世界観は、まさに剣と魔法の世界と呼ぶにふさわしい世界。
……時間があるときにでも、魔法、使ってみたいですわねぇ。たしかリーベル、魔法が使えたはずですし。
……っと、気を引き締めなければ。
仮にも一国の王子さまにお会いしますのよ。にやけた顔なんかで部屋に入ったりでもすれば、失礼にあたってしまいますわ。
表情をいつも通り『無』にしまして、っと。
私はその部屋に、踏み入れました。
「よく来た、リーベル。……それから、アメリアも」
「へっ、わたしですか……?」
「…………?」
この国の王子さまは使用人にもあいさつをするのかしら?
……………………いいえ。
エリス殿下は、そんなお人じゃありません。
いつでも打算的に、自分のためにならどんなことでもしてみせる。
恋として得たゲーム知識のなかでも、リーベルが実体験として得た経験のなかでも。
エリュートス・ロッソクラーヌという人間は、自分の利益を最優先に生きていましたの。
だからこそ私は、ヒロインに惚れたあとのギャップの差に惹かれてしまったのですけれど。
いわゆるギャップ萌えですわ。
さて。
ではなぜ、アメリアに声をかけたのかしら。
……アメリアに惚れていたから……は、さすがにあり得ませんわね。いったい殿下はなにを企んでいるのかやら。
……にしてもアメリア、少し天然が入ってますのね。それじゃあ王宮でメイドとしては働けませんわよ。
まあ、私付きのメイドですけれど。
「座れ」
無愛想な態度でエリス殿下は彼の前にある二人がけのソファーを指しましたわ。
前はまだ愛想をよくしていましたけれど、それでも変わらなかったリーベルの態度に、いつしか諦めたようで、淡々と接されるようになりましたのよね。
私は勧められたままに座りました。
「アメリアも、よければ座ってくれ」
……やはり今日の殿下、なにかおかしいですわ。使用人に席を勧めるだなんて。
いえ、悪いというわけではありませんのよ。
けれども、貴族社会の決まりごとから外れておりますの。それは殿下もお知りのはず。
そして、その決まりごとから外れた行動をすることによる不利益も、このエリス殿下が気づいていないとは考えられません。
…………つまり、それを越える利益を見込んでいる、ということになりますわね。
なにを、……本当になにを、企んでいますの――?
「え、えっと……」
アメリアもとても困惑していますわ。
仕方ありませんわね。
おかしいとは言えども、エリス殿下は一国の王子。この方の発言に逆らうことは、よほどのことがない限り許されませんし。
「殿下に許されましたのよ。どうぞ、お掛けになって」
だから私は、そうアメリアに言う他ありませんでしたわ。
すると、困惑しながらもアメリアは私のとなりに座りましてよ。
……ここは彼女の天然さがいい仕事をしましたわね。型にはまりすぎた使用人なら、もっと、もたついていたでしょうから。
「では早速、本題にはいるぞ」
とてもいい香りのする紅茶がつがれるのを待って、殿下は口を開きましたの。
ご丁寧に私とアメリア以外の人は部屋の外に出して。
そういえば、今日の約束はエリス殿下から持ち出してきたものでしたわね。殿下本人から呼び出されるのは、久しぶりですの。
「今日、リーベルを呼び出した理由。それは、アメリアに会うためだ」
「…………はい?」
アメリアに……?
いやいや、アメリア。困惑と驚きを通り越してもはや固まっていませんこと?
「アメリア、こっちに来てくれ」
「えっ、……えっ……?」
ダメですわね。
思考が止まってしまっているようですわ。
だって、言われるがままに動いてしまっていますもの。
つい先ほど座ったばかりだというのに、アメリアはふらふらと立ち上がってエリス殿下の元へ歩いていってしまっていましてよ。
「……失礼ながらお尋ねしますが、殿下。アメリアになにをなさるおつもりですの?」
こんなの、問わずにはいられませんわよ。
なのに殿下ったら、なにも言わずにただ不適な笑みを浮かべるのみ。
「俺の隣に座れ、アメリア」
はっきりと述べましょう。
これはもう、異常事態ですわ。
けれどもアメリアは、殿下のとなりに座ってしまいました。
…………私の大事な人を傷つけるならば、たとえ王子であっても許しはしませ――っ!!??
「っぅうっ……」
……………………なん……で…………。
ふつっ、と沸き上がってきた感情。
……なんで。なぜ。アメリアが――
――殿下とくちづけを、していますの……?
「………………さい」
思わずこぼしたつぶやきに、殿下はチラリとこちらに目を向けます。
いいでしょう。
そんなにお聞きになりたいならば、もう一度言ってさしあげますわ。
おまけつきで。
「だから――」
……魔力の準備、オッケーでしてよ。
「――アメリアから、離れなさいっっ!!」
全てを流せ、水龍っッ!!!
親友の純潔が奪われたという、事実でさえもっ!
「――っゴボゥォアッ!???」
「大丈夫ですの、アメリアっ!?」
私が魔法で生み出した水で造られた龍に、部屋の隅まで押し流されたエリス殿下など知りませんわ。
それよりも、アメリアの方が大事ですものっ。
「……リ……ベル……さ、ま……。ごめ、な、さい。……わたし、……わたし――っ」
泣き出しそうなアメリアを、私は思わず抱きしめてしまいましたわ。
「謝らないでくださいまし。アメリアは悪くありませんわ。悪いのは、全部、あのクズ王子ですのよ」
ゲームのなかのキャラとしましては、『強引』である男子は需要がありましょう。
ですけれど、ここは現実。
『強引』すぎる男は、ただただ面倒なだけ。
……ええ、もちろん。これはあくまで私の考えでしかありません。人によって考え方はそれぞれ。否定するつもりはありませんわ。
でも、エリス殿下は。
こぉんのっ、クズ王子はっ!
好きでもない相手に無理やりキスをするような。
最 低 最 悪、の。
オ ト コ ッ、でしてよっ!!!
……彼の考えるところは、なんとなくですけれど、想像がつかないことは、ありませんのよ。
この部屋に入ってからの、彼の異常な行動。
その、企み。
それは、リーベル・メイニャーの感情を強引にでも引き出すこと。
自分のためにならどんなことでもしてみせる。
それの意味するところを恋とリーベルの二面からエリュートスという人間を知っていたからこそ、気づけたことなのでしょう。
恋だけならば、本当にエリス王子はギャップがあったのだと、そう萌えた。
リーベルだけならば、将来の国王妃として目指していた場所を目の前で見せつけられたことに嫉妬を覚えた。
……なるほど、そういうことでしたのね。
乙女ゲームのなかのリーベルが、あんなにも傲慢で、他人をいじめることに優越を覚えてしまってた理由は。
つまるところ、このクズ(もう殿下だなんてお呼びしたくもありませんわ)が親友のアメリアに対して、無理やり唇を奪い取った。
それも、異常事態とも呼べる態度をとっていた後に、見せつけるかのように。
当然リーベルは怒りを覚えたに違いありませんわ。
現にそうなっていますし。
ですけれども、それにプラスして嫉妬の感情も覚えてしまった。
結果、怒りと嫉妬で頭のなかが爆発してしまったリーベルは、感情にまかせて魔法を放ったのですわ。
……え? 私も魔法を放っていたじゃないか、って?
いえ、あれはきちんとクズを狙って撃ちましたのよ。部屋のなかで燃えたりしないよう、水の魔法を使いましたし。
怒りが混じっていたことは否定しませんけれど……。
そう。
私は、きちんと狙って魔法を放ちましたの。
けれどおそらく。
まだ乙女ゲームが始まる前の、リーベルは、果たして狙えるだけの心の余裕があったのでしょうか?
いいえ、なかったに違いありませんわ。
そして、彼女は大事な、唯一心を許していたと言ってもいい、親友を……。
……あとはもう、わかりますわよね。
生まれた頃から第一王子のために生きてきて、
その王子を親友によって奪われたと錯覚させられ、
しまいには親友にも刃を向けてしまった。
…………私でもそんな目にあわされたら、心が狂ってしまいますわよ。
そのうえ乙女ゲームでは、ヒロインによって本当に王子を奪われてしまうのでしょう?
……リーベルのことがあわれに思えてきましたわ。まあ、今は私がリーベルですけれども。
「わた、し……っ、で、んが、にっ、リ、ベル、ざま、ごんやぐじゃ、なの、にっ」
「だから、アメリアはなにも悪くありませんのよ。むしろアメリアは被害者ですわ。だから、泣かないで」
……いきなりキスをされて怖かったでしょうに、それよりも私のことを気にかけてくれるアメリア。
こんなにもいい子、他にいませんわ。
……いえ。私が惚れた子も、優しいですわね。裏は……まあ、置いておきましょう。
アメリアは、裏も表も優しいですものね。
やっぱりこんなにもいい子、他にはいませんのよ。
それにしても、と思って私はクズを見やります。
こんなヤツに、私は断罪されなければなりませんの?
というか、これ以上関わりたくもありませんわ。
……とはいえ。
もし断罪されでもすれば、私、確実に破滅しますわね。
いじめなければそこまでひどくはならないと思いますけれど、棄てられた女として社交界から脱落してしまうことは容易に想像がつきますもの。
だからといって、こんなクズと結婚するのは嫌ですわねぇ……。
もういっそのこと、国外に逃亡でもしてしま――っ。
「それですわっ!!!」
「り、リーベルざま?」
そうよそれよ。その手があったじゃない。
泣いていたアメリアさえも驚いた顔をして、いきなり立ち上がった私を見つめていますけれど。
そんなアメリアの両手を、私は握りしめました。
「ねぇ、アメリア。私に、ついてきてくれるかしら?」
「……リーベル様の行くどころなら、わたし、どこへでも行ぎますよぉ」
突然の問いかけにもかかわらず、アメリアはそう答えてくれましたの。まだ涙声が残っていますけれどね。
ですので私、決めましたわ。
こんなクズなんかに、構っているくらいなら。
やりたいことをやった方が、ずっとずっと、いいですもの。
この乙女ゲームの世界。
ヒロインは、現代日本から転移してやってくる。
ならば。
……――現代日本へ還ることも、できるに決まっておりますわ。
「なら、アメリア。私についてきてくださいな。いえ、ついてきなさいっ!
嫌と言っても離しはしませんわっ」
ごめんなさいね、アメリア。こんなに強引に決めてしまって。
でも、決意してしまったものは仕方ありませんもの。
この世界の家族、疑問に思ってしまうほどには冷えきった関係をしていますし。
正直、二度と会えなくとも悲しくはありません。
それよりも。
私はもう一度、彼女に会いたい。
前の世界で唯一、仲のよかった親友に、もう一度。
ええ、そうですわ。
アメリアと共に地球の日本へ還れるなら、こっちの世界に執着する心なんてありはしませんの。
還るためなら、こっちの世界での断罪による破滅なんて、どーでもいいですのよ。
いまだ壁にめり込んでいるクズに向かって、私は不適な笑みを浮かべてやります。
このクズに向かってなにか感情のこもった表情を向けるのは初めてでしたわね。
そして、宣言しますわ。
私、断罪イベントもなにもかにもを放り出して、日本に帰還してやりますわよっ!!!
胸のなかにいるアメリアをぎゅっと抱きしめ、私はそう、心を決めましたの。
さあ。
乙女ゲームの物語には構わずに。
私だけの物語を、紡ぎましょう。
ご読了、ありがとうございました!
ちなみに、恋は前世でもお嬢様口調でした。
若干廚二も入っていた……かも?
また、短編『乙女ゲームのヒロインは、攻略するより帰還したい! ~勇者として召喚されたらしいけど、ここはどこ、あなたはだれ、って尋ねたい~』が別サイドストーリーとなっております。
良ければそちらもお読みください。




