一ノ巻 襲来、亡霊侍巨人(七)
将吾郎が逸花と初めて出会ったのは、高校1年の頃。
裕飛と話している時に、彼女が話しかけてきたのが最初だ。
「へえ、有田君に友達、いたんだ?」
「……まあ、友達ですけど」
「あんたもアレ? 異世界とか勇者とか言っちゃうタイプ?」
クラスは別々だったから直接見たわけではないが、裕飛は最初のHRで「やらかした」らしい。「おっす、オレは有田裕飛! いずれ異世界に行く男だ!」といったふうな、正気を疑われてもおかしくない自己紹介をしたそうだ。
それで小学校の頃からずっと遠巻きにされていたのに、まだ懲りてなかったのか――。
友人の学習能力のなさに、将吾郎は憂鬱になった。
――だからって、裕飛のことを殴り返してこないサンドバッグだと思ったら承知しないぞ。
そんな表情を浮かべた将吾郎を見て、逸花は、なぜか微笑した。
それだけで、目の前で大輪の花が咲いたような印象を将吾郎は受けた。
体温が瞬時に上昇する。
風邪を引いたようだ、と思った。昨夜薄着で寝たせいだろう。
「そ。あんた、いい奴だね」
「……は?」
発言の意味を問いただす前に、逸花は友人に呼ばれ、教室を出て行ってしまった。
――ぶっきらぼうなところ、奈々江さんに似てるかも。
そう思った瞬間、胸が締めつけられたように痛んだ。
本格的に体調を崩したようだった。
自分が彼女に抱いた感情を、将吾郎は理解していなかった。
いつしか隣のクラスを訪ねるのに、裕飛以外の理由ができていたことにも、気づいていなかった。
今はわかる。わかってしまった。
愚かなことに、失恋してはじめて、将吾郎は自分の恋愛感情に気づいてしまったのだ。
「……間抜けすぎる」
裕飛と逸花は付き合っているわけではない。
とはいえ、ただの友達というには親密すぎる仲ではある。
クラスの中で浮いた存在の裕飛と、クラスの中心グループにいる逸花。
両者は水と油のようで、それでいてなんだかんだで気が合うようだった。
そんな2人のことを、将吾郎は微笑ましく思っていたはずなのに。
『――たすけて、《《ユウ》》』
忘れよう。
弟にだけ買ってもらえる玩具や、クラスメートが当たり前みたいに持っているマンガやゲームと同じように。
逸花は裕飛の『ヒロイン』なのだ。
将吾郎が手を伸ばしていいものではない。
彼女を取り戻すのも、仇討ちも、自分の役目ではあってはならなかったのだ。
「――というわけだ。実行するかはおまえに任せる」
「ああ、やってみる!」
将吾郎が話したアイデアを、裕飛は疑いもなく採用した。
「……いいのか?」
自分でも正直、無茶な思いつきだと思う。
相手の意表を突くためには、前もって試してみることもできない。
考えたのは自分だが、どちらに賭けるかと問われれば、将吾郎はやらない方に賭けるだろう。
「おまえが立てた作戦だもんな。信用してるって。それにオレ好みだ!」
「……そうか」
そんな風に言える裕飛だからこそ、このロボットを動かせるのだろうと将吾郎は思った。
「僕もおまえに賭けた」
「ああ。おまえの命、このオレが預かる!」
裕飛は無用の長物になった刀を投げ捨てた。
弓を射るように、アシガリオンの右手が後ろに引かれる。
「ゴー! アシガリオ――ン!」
裕飛の号令を受け、アシガリオンが飛ぶ。
燃え盛る青い炎を翼のようにはためかせ、一瞬で鬼斬丸に肉薄。
まるで弾丸、しかしツナにとってはまだ遅い。
「無駄だ」
触れれば即死不可避の剣が疾る。
アシガリオンは正面から迎え撃った。
右ストレートとシェイバーンが激突。
当然の結果としてアシガリオンの右腕はあえなく消滅――とは、ならなかった。
「なに――!?」
シェイバーンとアシガリオンの拳は、拮抗していた。
両者の間に紫電が散り、装甲の上に火花を散らす。
「そっちが振動するなら、こっちも振動させればいい――念じるままに動くなら、やれないことはないはずだ」
コクピットの中、将吾郎は誰に向かって言うともなく呟く。
アシガリオンの拳、搭乗者の思念に反応して動く関節が裕飛の命令に従い、微細振動。
そこから放出される振動波が、シェイバーンのモーメントを打ち消すかのように震えていた。
裕飛が叫ぶ。
「おまえが振動する剣なら、こっちは振動する指! 名付けて、シェイキング・フィンガー!!」
だがそれはアシガリオンの手にとって、本来想定された使い方ではない。
負荷に耐えきれなかったのだろう、手首から先が爆発。
シェイバーンはその巻き添えを受けた。
悲鳴にも似た破砕音を立て、刀身が根元から砕け散る。
「シェイバーンが――私の剣が!?」
初めてツナが動揺の声をあげた。
だがそれで将吾郎の心が晴れたかというと、そんなことはなかったのだが。
鬼斬丸の足から光る粒子が噴き出す。
流星のように尾を引いて、武者ロボットが舞い上がる。
「逃がすか! 飛べ、アシガリオン!」
裕飛は躊躇しなかった。
アシガリオンを同じように飛翔させ、ツナを追う。
ツナは、そして鬼の腕を抱えた足軽ロボットたちは、山に向かっていた。
将吾郎たちからすれば、バスのあった方向に戻るかたちになる。
「なんだ、あれ?」
森の中に見える輝きに、将吾郎の口から声が漏れた。
光る図形が森の上に浮かんでいる。
2重になった八角形の中央に、歪んだ六芒星が描かれ、それを取り巻くように古代文字めいた記号が並ぶ。
ロボットたちがその上に2、3体並んで立てるほど大きい。
魔法陣だ、と裕飛が呟いた。
まるで水面に潜るかのように、足軽ロボットたちと鬼の腕が、魔法陣に沈んでいく。
鬼斬丸もその後を追う。
「あいつら、あの魔法陣からこっちの世界にやってきやがったんだ」
「だとしたら、あの中に飛び込めば……」
「奴らの世界に行けるってことだな!」
裕飛は満面の笑みを浮かべる。
生き別れの姉にもうすぐ会えるかもしれないのだ、うれしいだろうと将吾郎は思った。
魔法陣は徐々にその面積を狭めていく。
このままだと、数分もせず消えてなくなるに違いない。
迷っている時間はなかった。
「そうと決まれば、拝んでやろうぜ、異世界ってやつを!」
「ああ、奈々江さんと米河さんを助けるんだ」
飛び込んだ先が、裕飛の言うような『異世界』なのかはわからない。
地球にあるどこかの国の軍事基地かもしれない。
エイリアンの惑星かもしれない。
だが、それでも2人を取り戻せるなら。
「やってくれ、裕飛」
「おうよ!」
アシガリオンは穴の中に飛び込んだ。
直後、乱気流の中に突っ込んだような衝撃が2人を揺さぶり、将吾郎の意識はブラックアウトした。