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十四ノ巻 正義ヲ、審判スル者(一)


 眼下に広がる荒野から逸花の悲鳴が聞こえたような気がして、将吾郎は機体をその場に静止させた。

 荒野に動くものはない。

 少し離れた場所でオアシスが陽光を反射し、それを取り巻く木々が風に揺れる――のどかな光景。


「どうしたの、ショウゴロウ?」


 将吾郎のただならぬ様子にポンテが問う。


「聞こえないか、ポンテ? 米賀さんの思念だ」

「……アタシには、なにも」

「…………」


 聞き間違いか――将吾郎は肩の力を抜く。

 焦りすぎだ。幻聴を聞くなんて。裕飛がついてるんだ、大丈夫――。


『――ユウ!』


 違う。


 将吾郎はGレイヴンを地面に向けた。

 ポンテがなにか言いかけるのを聞かず、発射。

 大地にぽっかりと黒い穴が穿たれる。


「洞窟があったの……?」

「――あの中に、米賀さんが!」


 自律行動モードにしたGレイヴンに上空待機を命じ、将吾郎は清姫(プルガレギナ)を地下洞窟へ突入させた。


 その先には瑠璃色と深緑の、2機の清姫(プルガレギナ)があった。裕飛と逸花だ。

 そして、戦闘機から手足を生やしたような形状の、朱色の機体。


「朱天王様だ……」


 ポンテが言った。


「――あんたが朱天王か!」


 将吾郎は着地と同時に清姫プルガレギナに剣を抜かせた。

 切っ先を朱色の機体に突きつける。


 形勢不利と見て、引き下がってくれればいい――そう考えたのだが、甘かった。

 ふわりと浮かんだ朱天王が、地を滑るようにまっすぐ突っ込んでくる。


 前進しながら、朱天王はその姿を変えた。

 凶悪な顔貌を備えた5本角の鬼械人形(オーガマタ)へ。

 威圧するように双眸(そうぼう)が光を放つ。


「ちっ!」


 唸りを上げて振り回される金棒。

 正面から受ければ、剋金刀など容易くへし折られてしまうだろう。

 猛攻を慎重にかわしながら、だが将吾郎も果敢に攻撃を試みる。

 両者の武器は風を鳴らして空を切った。

 離れたところから見れば、舞を舞っているかのようだった。


「……すごい」


 無意識に、逸花は嘆息。

 将吾郎は己の手足以上にMFを操っているように見える。


 だが――。

 それでも朱天王には届かない。

 ついに金棒の一突きが、深紅の清姫(プルガレギナ)を捉えた。

 大きく弾き飛ばされた清姫(プルガレギナ)は、即座にバルカンを発射。

 シャーマニュウム光を伴う火線が朱天王を捉えることはなかったが、その前進を阻止するという目的は果たしてくれた。


 将吾郎は肩で息をつく。

 わずか数分にも満たない剣戟(けんげき)だったが、フルマラソンを走りきったような疲労が身体に重くのしかかってくる。

 

 対する朱天王には余裕が見られた。

 さあ、次はどうやってしのいでくれる?――とでも言いたげだ。


 どうする、外に出てGレイヴンと合流するか。

 いや、あんな重くて取り回しの悪い武器、朱天王ほどの相手には逆に不利だ。


 将吾郎は逸花機を振り返る。

 深緑のMFはひどく痛めつけられていた。

 シールドは脱落し、両脚は膝から先がない。

 逸花が受けた痛みと恐怖を思うと、将吾郎の胸に怒りが渦を巻いた。


 逸花の清姫(プルガレギナ)に自力移動はもう不可能だろう。

 将吾郎が外に出て、相手が追いかけてきてくれればいいが、そうならなかった場合、真っ先に狙われるのは彼女だ。


 ここで決着をつけるしかなかった。


「――ユウ、なにぼんやりしてんの? メガネを助けてあげて!」


 逸花の声に、裕飛は我に返った。

 そうだ、なにを呑気に眺めてるんだ。

 主人公が戦っているのを驚きながら見守ってる脇役じゃあるまいし。

 ……脇役? オレが?


「でも、トゥペーラが乗ってるし、逸花を守らねえと……」


 自分なら気にしなくていい、と2人は異口同音に答えた。


「しっかり捕まってますから。なんなら降りても――」

「い、いや、ならいいんだ」


 瑠璃色の清姫(プルガレギナ)が前に出る。

 しかしその足取りは、悪い結果がわかっている答案用紙を取りにいく子供のように鈍い。


「な、なあ、ショウ……。なんでここに来たんだ?」


 もっと言うべき台詞があるはずだった。

 なのに口をついて出たのは、拗ねたような、いじけたような声。

 しかも今この場で言わなくてもいいような内容だ。


「おまえ、オレのことなんか、死んでもいいって――死んだほうが良かったんじゃなかったのかよ?」


 そんなことを訊いてなにを確かめたいのか、裕飛は自分でもわからない。


「オレのこと、嫌いなんじゃねえのかよ!?」

「――そうかもな」


 苦笑交じりの声が返ってきた。


「正直に言うとさ、おまえについていくの大変だったし。面倒臭いって思ったことも山ほどある。奈々江さんにおまえのこと頼むって言われてなきゃ、見放してたかもしれない」

「だったら」

「でもな、それは全部じゃない。僕はおまえを友達だと思ってる。人助けに走り回るおまえをすごいとも思ってたし、ヒーローになる夢が叶えばいいと思ってる。そうだよ、確かに想ってる――たった数パーセントの悪意で、残り全部を否定されてたまるか!」


 百パーセント善意でなければ、悪意なのか。

 わずか1パーセントでも私心があれば偽善なのか。

 それは違う、と将吾郎は思う。


 不純物の混じった好意でも、嘘にはならないと思うから、嘘にしたくないから。

 たとえ嘘だとしても、それを理由に友人を見捨てたくはないから、将吾郎はここに来た。


「――ショウゴロウ!」


 ポンテの声。将吾郎は目の前の敵に集中。


 疾走しながら、朱天王がまた姿を変える。

 前転し、裂けそうなほど股を開く。

 足裏から大型のマニピュレーターが迫り出し、脚部が腕部に、腕が脚に切り替わる。


 そして現れたのは、力強い腕を持つ鋼鉄のゴリラだった。

 大型類人猿の姿になった朱天王の拳が地を打つ。

 岩盤が散る。地雷が炸裂したかのようだ。

 震動が洞窟全体を揺さぶる。

 清姫(プルガレギナ)の姿勢制御式神が悲鳴をあげた。


「……なんてパワーだ!」

「あいつ、まだこんな隠し球を……!」


 鈍重に見えて俊敏なゴリラは、裕飛を第1の獲物と定めたらしい。

 野獣そのものと化したように咆哮した朱天王が、瑠璃色の清姫(プルガレギナ)に向け疾駆する。

 裕飛の心臓を恐怖が鷲掴んだ。

 剛腕が目の前に迫るが、避けることも、防ぐことも、彼の頭には浮かばない。

 あるのは、目前の死に対する諦念だけだ。


「――裕飛!」


 深紅の影が割って入る。

 無駄だ、と裕飛は思った。

 あの威力であれば、MF2体を1度に潰すことなど容易かろう。


「こんな死に方が、『良い死に方』でたまるかよ!」


 その想いだけが、将吾郎を突き動かす。

 彼は、刀を握ったままの拳を朱天王の巨拳に叩きつけていた。


 幼児が大人に力比べを挑むようなものだ。

 瞬時に押し負け、背後の裕飛共々壁の染みと化すのが、当然の帰結であった。


 だが。


 体格(サイズ)においても出力(パワー)においても劣る清姫(プルガレギナ)が、朱天王と競り合う。

 否、じりじりとではあるが押し返す。


 清姫(プルガレギナ)に、変化が起きていた。

 深紅の機体を包む炎が青から紫に色を変える。

 機体頭部、後方に伸びるエアインテークが前方に向かって回転、2本の角に。

 バイザーが額までせり上がって、その奥に隠れた炯眼(けいがん)が覗く。

 チークガードは180度回転して尖った耳のようになり、

 穏やかな女性の面影のあるマスクが上下に割れ、内部に並んだ牙を剥く。


 「ガブ」というものがある。

 文楽人形に施される仕掛けで、美しい女性の頭部が一瞬で目と口を大きく見開いた鬼女に変化するというものだ。

 将吾郎機の変貌は、それに似ていた。


 般若面となった深紅の清姫(プルガレギナ)は、朱天王を押し飛ばした。

 朱いオーガマタは放物線を描いて飛び、落下したあとでさえ、岩盤を削りながら数メートル地を滑る。


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