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一ノ巻  襲来、亡霊侍巨人(五)


「いた!」


 目標の背中が見えた。

 逸花をさらった黄色い鬼は高架道路を飛び降り、水田地帯を横切ろうとしていた。

 その先には国道沿いに民家が建ち並んでいる。


 まずい、このまま進まれたら――そう思ったとき、鬼の歩みが止まった。

 アシガリオンを振り返り、吠える。


『――しつこいぞ、キョートピアのフレンズ!』


「え? 今、あいつが喋った?」


 鬼の声は、スピーカーから流れてきたものでもなければ、はるばる外気を渡ってきたものでもなかった。

 鼓膜ではなく頭皮から、じかに脳内へ染みこんでくるようだ。

 感じ慣れない感覚に、背筋が震える。


『そんなに戦いたいなら、望み通り相手になってやる!』


 まただ。鬼の――そのコクピットに座る何者かの敵意が、心に伝わってくる。


「日本語……!?」


 なんとなく別の世界の存在だと思っていたが、意外にも地続きの存在だったのか?

 なんにせよ、言葉が通じるならいいことだ。


「裕飛、あいつと話、できないか?」


 話し合いで解決するとは限らない。わかっている。

 だがそれは話し合いをしなくてもいいということではない。

 後々のためにも「こちらは平和的解決を努力しました」というポーズは必要だろう。

 そもそも問答無用なんて、正義のヒーローのやることではない。


 だが――なぜか裕飛は顔をしかめた。


「あいつは逸花をさらうような奴なんだぜ。話なんか聞くもんか!」

「けど、裕飛――」

「悪党なんざに情けは無用! 武器を取れ、アシガリオン!」


 将吾郎の目の前を巨人の左腕が横切る。

 腰に差した剣が引き抜かれた。


 日本刀に似た細身の剣。


 ――こんなのでどうしろっていうんだ。


 将吾郎は暗澹(あんたん)たる気分に襲われる。

 鬼といってもロボットだ。鉄の塊なのだ。

 叩きつけたら刀の方が折れてしまいそうである。


「りゃあああああ!」


 だが裕飛は微塵も不安に思わなかったらしい。

 整然と植えられた苗を蹴散らしながら、刀を構えて突進する。


「腕ごと、逸花をいただく!」


 鬼ロボットは左手をかばうようにして、わずかに後退。

 振り下ろされた剣先は、その胸をかすめるだけに終わった。


 だが将吾郎は見た。

 鬼の胸に走る刀創(きず)を。


 裕飛の技量などではあるまい。

 いかなる原理によるものか、この刀は鋼鉄に対しても有効らしい。


「裕飛、おまえ、この剣の威力知ってたのか……?」

「は? 剣なんだから斬れるに決まってるだろ」

「決まってるって……」


 アニメやマンガの主人公のノリで動く裕飛に、将吾郎はこれまでどれほど悩まされてきたものか。

 もう少し現実と仲良くしてくれ、という言葉を何度心の中に呑み込んだだろう。


 だが今の、それこそマンガやアニメみたいな状況下においては、彼の感性こそ正しいのだと、将吾郎は思った。


「……もう、おまえはそれでいいや……」


 鬼ロボットのスカートアーマーがはね上がった。

 飛び出したのは、紐状のなにか。

 有刺鉄線。

 アシガリオンに巻きつき、動きを封じる。


「ああっ、アシガリオンが!」


 苦悶するかのように機体が軋む。

 めき、と前腕が歪み、勝手に開いたマニピュレーターから剣が落ちる。

 裕飛は自棄になったようにシートの上で身をよじり、力み、鼻息を吹いた。

 が、縛られた機体はもはや自由にならない。


 そのまま鬼は回転。

 アシガリオンの足が浮いた。

 ハンマー投げのハンマーのように、一方的に振り回される。


「まずい――」


 その時だった。

 鬼ロボットとアシガリオンの間を、なにかが高速で横切ったのは。


 じゅう、と熱した金属を水に浸けたような音がした次の瞬間、鉄の茨は切断されていた。

 一瞬の浮遊感を経て、アシガリオンは大地に落ちて転がる。


 そんなアシガリオンをかばうように、緑色の武者ロボットが舞い降りた。


 足軽(アシガリオン)とは違い、額に輝く三日月の鍬形(くわがた)も勇ましい、立派な鎧武者である。

 顔面を覆う格子状の金枠が、剣道の(ヘルメット)を連想させた。


「――無事か、ジョウマ」


 女性のものらしき声が、将吾郎たちの頭の中に入ってくる。

 ジョウマ。本来のパイロットの名前か。


 緑の武者は右手に持った日本刀状の武器を鬼に突きつけ、見得を切る。


「我こそはアツル・ノ・ミナモトの遺児にして雷光四天王(ブリッツェン・フォー)が筆頭、ツナ・ノ・ワタナベ! フレンズが銘は『鬼斬丸(オーガスレイヤー)』! 参る!」


 高らかに名乗る武者ロボット――鬼斬丸(オーガスレイヤー)

 その手に握られた太刀の、蕾のような(つば)が開花する。

 途端、刀は耳鳴りのような咆哮をあげた。


「名乗りもせぬか、不躾(ぶしつけ)夷狄(いてき)め! 我が高周波振動剋金刀『シェイバーン』の咆哮を聞くがいい!」


 他の巨人たちが足元の人間に対して配慮する様子はなかった。

 ツナが逸花を助けてくれるとはとても思えない。

 鬼ごと両断される逸花の姿が、将吾郎の脳裏をよぎる。


「裕飛、早く――裕飛!?」


 だが、シートの上で裕飛はぐったりとして動かない。

 こんなときに!


 将吾郎は咄嗟に裕飛の上へ腰を下ろし、琥珀玉に己の掌を当てる。


「動け、ロボット!」


 転がった拍子にワイヤーはほどけていた。

 だが、しかし、にもかかわらず。

 アシガリオンは、身じろぎさえしなかった。


「考えただけで動くんじゃなかったのか!?」


 ツナの機体が地を蹴るのと、シェイバーンが振り下ろされるのは、ほぼ同時に見えた。

 落ちた左腕が水田の泥をはね上げる。

 バランスを崩してよろめく鬼は、まるで苦痛に身悶えしているようだった。


「米河さん!?」


 地に横たわる鬼の手の中、逸花は、動かない。

 将吾郎が彼女の身体で最も美しいと思う、細く白い首はぐったりと垂れている。


「よね――かわ――」


 米河逸花は、動かない。


 将吾郎の頭の奥で、なにかが弾けた。


「――ああああああッ!」


 魂をかきむしるような将吾郎の咆哮。

 次の瞬間、振り向いた鬼斬丸(オーガスレイヤー)の顔面に、アシガリオンの拳が吸い込まれるようにめり込んでいた。


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