十三ノ巻 地下洞窟、攻防(二)
まず現状を整理するぜ、そう言って裕飛は立ち上がる。
「機体にダメージはほとんどなし。高高度長距離侵攻ユニットは破損して使えなくなっちまったが、どのみち洞窟の中じゃただの重りにしかならないから、これはいい」
既に裕飛と逸花の機体からユニットは取り外してある。
「剋金刀はまだ使える。ロケットランチャーの残弾はロケット弾と消火弾、閃光弾それぞれ1発。ただし肝心のロケットランチャーは破壊された」
「弾だけあっても意味ないじゃん……」
「いや、ある。逸花のライフルのアンダーバレルには、アドオンタイプ・グレネードランチャーがついてて――」
「アド……なに? 日本語で喋れ」
「要するに、銃身の下についてる筒からロケット弾を発射できるんだよ」
「ああ、あれそういうのだったんだ?」
「説明書読めよな……」
作戦の内容は、裕飛の発案だけあって極めてシンプルだ。
「まず、逸花には狙撃ポイントで待機してもらう」
「狙撃ポイントって?」
「それは後で決める。オレは朱天王に奇襲をかけて、ある程度戦ったら逃げたと見せかけて狙撃ポイントまで逃げる。当然、奴は追ってくる」
「追ってこなかったら?」
「逸花、とりあえず最後までオレの話聞いて。追っかけてこなかったら追っかけてくるまでやるんだよ」
「はいはい。相手の知能があんたと同程度なのを祈るわけね。それで?」
「狙撃ポイントには閃光弾を置いておく。敵がそこに辿り着いたら、オレがバルカンで起爆させる。――ピカッ! 相手は目が眩む!」
「……そこを、あたしがアドなんとかで撃つってわけか」
「狙撃ポイントはトゥペーラに決めてほしい。そうだな、MF3体が動き回れる程度で、でも逃げ回れるほど広くない場所がいい。狙撃手を配置する高台があると最高だ」
「任せてください!」
トゥペーラが胸を張った。
逸花は逆に肩を落とす。
「……大丈夫かなあ……」
最初に戦ったとき、裕飛はほとんど手も足も出なかったという。
なにせ――朱天王の機体の腕には、五本の指がついていたくらいだ。
MFの末端まで思念を通すには、高い縁起力を必要とした。
だからキョートピアのMFの指は、剣が保持できる程度の簡素な作りになっている。
清姫でさえ3本指だ。
つまり、敵の縁起力は逸花たち以上であっても以下ではない。
誘き寄せるなんてできるのか。その場であっさりやられてしまうのでは。
そもそもロケット弾1発でやられてくれるものか。
「メガネがいたら、どう言うだろ……?」
「……あいつは関係ねえよ」
裕飛の声のトーンが落ちる。
逸花は失言に気づいた。
「……ごめん」
将吾郎が敵のスパイに荷担した疑いで逮捕されたと、逸花たちは出陣直前に聞いた。
スパイとはポンテのことだ。
つまり前々から、将吾郎は自分たちに内緒で、敵に協力していたと考えられる。
率直に言って、裏切られたという感覚が強い。
この世界に残るにせよ、元の世界に帰るにせよ、みんなで力を合わせようというときに、どうして敵に手を貸したのか。
キョートピアの人々が信用できなかったとしても、なぜ自分たちにさえ相談してくれなかったのか、
自分でさえショックなのだから、裕飛はそれ以上だろうと、逸花は思う。
「大丈夫だ」
裕飛は満面の笑顔を浮かべてみせる。
逸花には、無理をしているようにしか見えない。
「オレ、あいつがいなくたって、この世界でやってこれたんだ。あんな奴の手助けなんかなくたって、問題ねえよ」
「ユウ……」
「のこのこ出てきたのが運の尽きだ。朱天王は、ここで倒してみせるぜ!」
裕飛は逸花に向かって、そっと拳を突き出す。
「なんです?」
トゥペーラが首を傾げる。
「あー、みんなで手を重ねて、『えいえい、おー』で上にあげて離すんだ。景気づけ的な」
正直いうと趣味ではないのだが、逸花はあえて付き合ってやった。
トゥペーラが遠慮がちに手を乗せるのが、ちょっと微笑ましい。
「えいえい、おー!」
「……ユウ、うるさすぎ」
そうして――。
トゥペーラが狙撃ポイントを選んでいる間に仮眠を取った後、作戦は決行された。
おおよそ裕飛の希望通りの場所を、トゥペーラは見事に見つけ出してくれた。
ほぼ正方形の広間。
ドワーフの村からも適度に離れている。
西側に崖のように高くなった部分があって、逸花の清姫はその上でライフルを構えた。
鬼火で気づかれると困るので、ギリギリまで操縦桿には手を触れない。
視線は、裕飛と朱天王が出てくる予定の通路に固定。
閃光弾に備えて、モニターの明度は最大まで下げている。
「……まだ……?」
自分の呼吸音が耳障りで仕方なかった。
裕飛の立てた作戦の1番の問題は、自分たちの技量を考慮していないということだ。
逸花が上手く当てられるかも不安だし、裕飛がここまで朱天王を誘き出せるかだって怪しい。
途中でやられてしまうかもしれない。
――そうしたら、あたしはずっとこの穴蔵の中で、待ち続けるのだろうか?
それは怖ろしい想像だった。
そして不安は、より悪い想像を運んでくる。
入口近くにある岩の凹凸が、人の顔に見える。
それも苦しげに呻く子供の顔だ。
子供。
バリスタの周囲に散らばる、少年兵の。
彼らが起き上がって、口々に逸花を罵倒する。
――なにが『友達の遺したものを守りたい』だよ。
――それ、ぼくらの命より大事なこと?
――兵器に名前なんかつけて、バカみたい。
――浮かれちゃって。
――ばーか。
――死ね。
逸花は目を閉じた。
ただの幻覚だ、わかっている。
目を閉じてちゃダメだ。いつ敵が来るかわからないのだから。
集中しろ。
だがそうやって感覚を研ぎ澄ませようとすると、幻覚は一層生々しさを増して襲いかかってきた。
頭を洗っているときに感じる、背後に何かいるような感覚。
それを何倍にも濃密にしたようなものがコクピットに満ちていく、ような気がする。
「やめてよ……」
消え入りそうな声で逸花は許しを乞う。
「じゃあなんだよ? 人殺しになるくらいなら、家族も友達も全部捨てなきゃいけないの? 来たくて来たわけじゃないのに!? フジワラ社が助けてくれるってのを突っぱねて、右も左もわからない場所をさまよって野垂れ死ねばいいわけ? それであんたたちが、あたしになにかしてくれるの!? 怨むなら、もっと偉い人か、自分を戦場に送り込んだ大人を怨んでよ……!
背後の気配は消えるどころかより濃密になった。
殺意さえ感じる。
逸花の言い分をすべて言い訳と断じて、呪詛をぶつけてくる。
それはあながち錯覚ではなかった。
頭上から大質量を持ったものが落下。
地響きを立てて背後に落ちる。
振り向いた逸花の視界いっぱいに、柱のような鉄塊が迫った。
「げっ――」
岩盤の上を転がされながら、逸花は操縦桿を握った。
機体が炎をまとい、鋼鉄の四肢に力が戻る。
大地を踏みしめた清姫に、蹴り飛ばされた小石が崖下に落ちていった。
あと一瞬起動するのが遅かったら、高台から落下していたところだ。
「敵……!?」
奇妙なかたちのマシンだった。
戦闘機から人間の手足が伸びた、どこか愛嬌のある形状をしている。
だが朱色にペイントされたその機体は、可愛いなんて言っていられる相手ではない。
「朱天王……? なんで……?」
そこで逸花は、天井近くに空いた穴を見つけた。
裕飛たちが動き出すより早く、朱天王は迷路のように入り組んだ横穴を通ってしかけてきたのだ。
それもよりにもよって、逸花が待ち構えていた場所から出てくるなんて。
「ユウ、今何処にいるの!?」
返事はなかった。
まだ入口付近で朱天王を探しているのかもしれない。
まさか、もうやられたなんてことは……。
いや。
逸花は最悪の想像を頭から振り払う。
裕飛は生きている。
そう信じて、耐え抜くしかない。
決意を込めて清姫の腕を動かした逸花は、くの字に曲がったライフルを見て、悲鳴をあげた。




