十一ノ巻 朱天王、襲来(三)
怖い物見たさなのか。
それとも逸花の潔癖な部分が、目を背けることを許さなかったのか。
逸花は無意識に、凄惨な地獄絵図をスクリーンに拡大表示させていた。
衝撃で薙ぎ倒された木々。
ボロボロになったバリスタ。
早くも大地に吸い込まれていく血潮。
無造作に転がる、まだ小学生くらいの子供の腕。子供の足。割れた頭部の破片。千切れた足首スパゲティみたいな臓腑、剥き出しになった肋骨、眼球を失った顔、洗濯物みたいに枝からぶら下がった上半身。力なく垂れた首は、こちらを睨み上げているようだ。
「うっ! う、う゛ぉおぇっっ――!」
逸花はシートの足元に昼間食べたものを吐き出していた。
まだ未消化の麺類が、千切れた胴体から伸びるはらわたに重なって、更なる嘔吐を呼び込む。
「おい、しっかりしろ、逸花!」
墜落に等しい速度で高度を落とす深緑のMF。
関節部からの鬼火が弱まっていく。
裕飛は全速力で追いつき、その肩を抱きとめて軟着陸させた。
「ユウ、あたし……子供……殺しちゃった、子供、いっぱい……いっぱい……!」
「考えるな!」
「駄目、また、吐きそう……」
逸花機の胸部コクピットハッチが開くのを見て、裕飛は息を呑む。
「バカ、ここは敵地だぞ!」
「え?」
その瞬間、狙いすましたように飛んでくる鬼火の矢。
裕飛は咄嗟に逸花機の胸の前に自機の手をかざしたが、1本がコクピットに飛び込むのを阻止することができなかった。
「逸花ッ! 無事か、逸花ァ!」
返事がない。
「くそっ、なんでこういうときに限って視える奴が――」
清姫のこめかみ左右に取り付けられた新兵器、小型バルカン砲が火を噴いた。
50ミリ口径の鉛玉の雨が森を舐め、断末魔の思念が飛び交う。
だがなおも矢の猛攻は止まらない。
「邪魔だ!」
裕飛は逸花機を抱えて上昇。
怒りにまかせ、さっきまでいた場所にロケット弾を撃ち込む。
「返事しろ、逸花! まさかやられてねえよな、おい!」
本隊に合流しなければ。
だが機体の向きを変えたとき、裕飛はこちらに接近してくる青い炎を捉えた。
速い。
すれ違う一瞬に、裕飛はその姿を見る。
平べったく、矢印を逆向きにしたようなその形状は。
「戦闘機――!?」
ヘイアンティス大陸には存在しないはずのものだった。
いや、造れないのではなく造らないだけなのだから、あっても不思議ではないのだが。
遙か彼方に過ぎ去った機影が青空に白い筋を描く。
大きく旋回、最接近。
前進翼を持つ朱色の戦闘機の鼻先から閃光が迸る。
バルカン砲のマズルフラッシュ。
「敵か!」
右手に逸花の機体を、左手に剋金刀を握り、機体をわずかに上昇させる。
直後、足元を通り過ぎていく火線。
「戦闘機なんて、前にしか攻撃できないんだろ!」
足元を通過しようとする敵の背に向け、裕飛は刀を突き出した。
だが一撃は空を切った。
切っ先が届くその直前、戦闘機が胴体を90度折り曲げたからだ。
「なっ……?」
呆気にとられる裕飛の目に、巨大な握り拳が飛び込む。
打撃による衝撃が清姫を襲った。
きりもみして墜落する機体。
どうにか体勢を立て直した裕飛は、最接近してくる戦闘機に右腕が生えているのを見た。
さっきまで、そんなものはなかったはずなのに。
「は……?」
呆気にとられる裕飛の頭上を、腕を生やした戦闘機が通り過ぎる。
その瞬間、上から衝撃。
裕飛は自分を踏みつけた『左足』を見る。
瑠璃色の清姫を嘲笑うように、四方八方から一撃離脱を繰り返す朱い戦闘機。
そのたびにその形状が変化していく。
左腕が生えた。
右足が伸びる。
翼が畳まれ、機首を折り曲げ――。
「変形? 変形ロボだってのか……!?」
そう。
朱い戦闘機は、もう戦闘機としての面影を残していなかった。
今裕飛の前にあるのは、清姫よりもひとまわり大型の鬼械人形。
見るものを威圧する凶悪なフェイスの上には、5本の角。
獲物を嬲るように、2つの瞳が禍々しい光を発する。
そいつが何者か、裕飛は直感で悟った。
間違いない、こいつが。
「おまえが、朱天王――!」
右手に無骨な金棒を携え、朱色の可変オーガマタが、迫る。
フジワラ・ジグラットに座すミチナガの元に、有田裕飛・米河逸花両名の戦闘中行方不明報告が届いたのは、その日の夕刻であった。




