六ノ巻 清姫、出陣(四)
ハルアキラは硯箱を出した。
中には式符がぎっしりと詰まっていた。
「さあおまえたち、仕事だ! ON! SOON WORKER!」
硯箱の中にあった札が、一斉にぶわっと宙へ舞い上がった。
鳥の群れのように列をなし、巨大泥人形へ向かって飛んでいく。
跳びながら、騙し絵のように札が姿を変えていく。
山伏のような格好をした、鴉頭の童子へ。
「なにあれ。ちょっと可愛いかも」
「鴉天狗であります。他にもいろいろございますが、なんならイチカ君に1体プレゼントしましょうか?」
「……遠慮しときます」
鴉天狗たちが泥人形に取り付く。
彼らの手には鑿と金槌が握られていた。
まるで石像を彫るように泥人形を叩けば、表面の土が零れ落ちていく。
少しずつ、少しずつ泥の下から黒い鋼が覗き、照明を照り返した。
「さっきの小さな人形なら式神一体分で充分ですが、このサイズになると単体では動作が遅くなる。それで関節や可動部ごとに、それを動かすための式神を宿らせ、作業量を分散させてやる必要があるのです」
ハルアキラは壁際の小物入れに近づき、いくつかの引き出しを開ける。
枚数を間違えないよう注意深く札を取り出す。
「これは首関節!」
1枚の札が人形の首に貼り付く。
「これは肩! 肘! 手首!」
2枚ずつ投げられた札は、左右に分かれて貼り付いた。
そうしてすべての関節に式札を貼ると、今度は別の棚からまた違う札を抜き取った。
「ON!」
それは人形の上で鎧に姿を変える。
華奢なフォルムの武者ロボット3体が、完成した姿をついに現わした。
それぞれ瑠璃色、深紅、深緑に塗り分けられているが、形は同じだ。
各部にリンボクの花のレリーフが施された、蛇鱗模様の胴丸。
細い手足、くびれた腰、どこか女性的なイメージを持つMFだった。
特徴的なのは頭部のデザインだ。
武者や足軽を模したMFとも、もちろん鬼ロボットとも違う。
頭頂には左右一対のエアインテーク状のパーツがまっすぐ後方に伸びる。
目元を覆うサングラス状のバイザー。
前方に向かって鋭く尖った頬当て。
口元の装甲にすっと引かれた唇のペイント。
キョートピアよりも、日本のロボットアニメの方にこそ親和性の高そうなフォルムだった。
ハルアキラはそそくさと新型MFの前に移動すると、将吾郎たちを振り返って声を張り上げた。
「紹介しましょう――、『94式X-1 清姫』だッ!」
「いや、名前はもう聞いて――」
「清姫! だッッッ!!」
「…………」
「……清ッ! 姫ッッッ!」
「わー、すごーい……」
話が進まない。やむなく、将吾郎たちは乾いた笑みと拍手を陰陽師に贈る。
中年陰陽師はいたく満足されたようだった。結構なことである。
「完成したのはいいけど、出番はなかったね」
逸花が苦笑した、その時。
通信機から飛び出した警報が、式神殿を駆け巡った。
ヒトの危機感を煽るように作られたその音色は、式神殿の空気を一転して張り詰めたものに変える。
『ワタナベ邸を鬼械人形が襲撃! 腕を奪還し、ユウヒ機に向け移動中!』
ヨリミツは、逸花を見た。
「イチカ殿の言ったとおりになった。ツナが戦利品として保管していたオーガマタの腕が奪還され、しかもユウヒに攻撃をしかけるつもりだ」
「なんですか、オーガマタって」
「反キョートピア勢力が使うMFだ」
「いいえ違いますヨリミツ様。あんなものをMFと一緒くたにされてはたまりませぬ」
ハルアキラの拘りなどどうでもいい。
将吾郎は清姫の足元に置かれた昇降機に乗り込んだ。
「清姫、もう動くんでしょう!?」
「戦うつもりか、ショウゴロウ殿?」
問いかけるヨリミツに将吾郎は頷きをもって返す。
ヨリミツは悲しげに眉をひそめた。
だが不快感を表明したくなるのはむしろ将吾郎のほうだ。
なんだ、その表情は。戦えと言ってきたのはそっちなのに。
「憑鉧神と違い、オーガマタには人間が乗っている。それでも、いいのだな?」
人殺しをする覚悟はあるのかと、ヨリミツは問うていた。
一瞬、将吾郎は返答に詰まる。
どうせ朱天王なる人物を殺さねばならない。
だとしても、これは元の世界に帰るのにまったく関係のない殺生だ。
いや、細かい理屈は抜きにしても、人殺しになることに自分は耐えられるか。
……いやいや、そもそも。
いつから自分が殺す側だと思っていた?
返り討ちに遭う可能性だって――むしろその確率こそ高いのでは?
「それでも、裕飛を助けないと……助けないといけないんです!」
たとえ奈々江が約束をおぼえてくれていなくとも。
将吾郎の手助けなど、裕飛は必要としていなくても。
裕飛を助けることはもう、根生将吾郎にとってアイデンティティになってしまっているのだから。
ハルアキラが昇降機に同乗して、操作してくれた。
清姫の胸甲が開き、コクピットが露わになる。
アシガリオンのシートにあった琥珀玉は、琥珀の操縦桿になっていた。
「ユウヒ君のリクエストでして。操縦自体はなにも変わりませぬ。各部を制御する式神に、君の意思を伝えればよいのですよ」
将吾郎はシートに座り、ハーネスを締める。
操縦桿を握りしめる。
「動け! 清姫!」
思えば当然の結果だった。
電脳式神は黙したまま。
清姫は、身じろぎひとつしなかった。




