四ノ巻 遭遇、鋼鉄死霊(二)
トラックを札に戻し、徒歩で城壁に近づく。
高い城壁に阻まれて、外から内部は見えない。
だが例外として、百階はありそうな超高層ビルがひとつ、城壁の上からにょっきりと頭を覗かせていた。
「あのキョートピア建築法ガン無視のデカいビルが、フジワラ社中央ビル。通称、フジワラ・ジグラット」
「フジワラ社ってのが、キョートピアを支配してる……ってわけか」
「一応、政府だか大帝だかは別にいるみたいだけど、そう考えて差し支えないわ。だからアタシの敵はキョートピアというよりフジワラ社というべきかも」
「具体的に、なにしてる会社なんですか?」
「全部よ。あらゆる分野に手を出してる」
出入口には2つのゲートがあった。
一方は人々が長蛇の列をなし、もう一方は対照的に閑散としている。
ポンテは迷わず、人のいないほうへと足を運んだ。
衛兵らしき2人の男が行く手を阻む。
簡易だが鎧を着て、槍と剣で武装している。迂闊な真似をすればすぐさま殺してやるという意思表示。将吾郎は唾を呑み込んだ。
「通行手形を見せろ。ないなら、向こうに並べ」
「いいのかしら、そんなこと言って。いいもの持ってきたのに」
ポンテは将吾郎の背中を押す。
「彼は渡界人よ。フジワラ社に取り次いで」
「こいつが渡界人?」
衛兵たちは胡散臭げに眉をしかめた。
無遠慮な視線が将吾郎の頭から爪先まで舐め回す。
渡界人というのが、キョートピアンにとってのアウターエルフをさす言葉らしかった。
なぜテレパシーで自動翻訳される世界で、同じものが別の単語で呼ばれるのか。
細かいニュアンスの違いによるものとポンテは教えてくれたが、将吾郎にはよくわからない。
「フジワラ社の人ならわかるはずよ。あそこが渡界人を集めてるのは知ってるでしょ? みすみす追い返したなんていったら睨まれちゃうわよ?」
「わかった――とりあえず、城壁の中で待っていてもらおう」
ゲートを一歩進んだ先はガラス張りの小屋のようになっていた。
『ミソギ・ゲート』と呼ばれるその中に将吾郎たちは閉じ込められる。
天井からガスが噴射された。
微かなアルコール臭。消毒液だった。
数秒でガスは止まった。
歌のような、あるいは呪文のようなアナウンスが流れる。
「なんだ? 何言ってるんだ、これ?」
「祝詞よ。つまりは、お祓い。外から持ち込んだ穢れをここで落としなさいってわけ」
「防疫じゃなくて防厄か……」
「キョートピアのレッサーエルフって、妙に縁起を担ぐんだよな。森の木を伐採するような罰当たりな真似は平気でするくせによ」
入ってきたのとは反対側の扉が開き、将吾郎は外に出た。
ポンテとカルネロもその後に続く。
だが、十字に組まれた槍が2人の行く手を阻んだ。
「……どういうこと?」
衛兵たちはニヤニヤと、下卑た笑みを浮かべた。
「フジワラ社にはちゃんと引き渡す。御役目御苦労」
「謝礼金を横取りするつもり!?」
「そうだよ。森で原始人みたいな暮らしをする連中に、金なんか必要ないだろう? 俺たちがもらっておいてやるよ!」
「卑怯だろ! そんなんだから劣ったエルフっていわれるんだよ!」
「なんだと、コイツ!」
こめかみの血管を浮き立たせた衛兵が、カルネロの腹に石突きを叩き込んだ。
かばおうとしたポンテの足を槍がなぎ払う。
2人のエルフは地に転がった。
「てめえらエルフはいつもそうだ、古の種族だからって、他の生き物を自分たちの亜種扱いしやがって! おら、人間様って言ってみろ! に・ん・げ・ん・さ・ま!」
「……やなこった……」
ポンテの腹を衛兵の爪先が刺す。
潰れた蛙のような悲鳴。
助けを求めて、将吾郎は周囲を見回した。
隣のゲートには大勢の人間がいたが、こちらを哀れむように見るだけで、なにもしてくれない。
「なに見てんだ、ええっ? 入国許可を取り消してやろうか!」
衛兵が怒鳴ると、人々は力なく目を逸らした。
将吾郎の胸に落胆が広がっていく。
彼らにというよりは、むしろ自分にだ。
――なあ、相手は赤の他人だろ。怪我するなんてバカみたいだって思わないのか?
『人助け』で傷だらけになった裕飛にそう言ったことがある。
そんな奴に、赤の他人から助けられる筋合いはない。
なら自力で2人を助ける? それも将吾郎には無理な注文だ。
これまで数々の修羅場を潜り抜けてきた裕飛なら、ここで2人を助けるのにもはや勇気を振り絞る必要はなかっただろう。
だが、会って数日の人間のため、屈強な衛兵に向かって啖呵を切るなんて、将吾郎には荷が重すぎる。
そもそも、助けていいのか。
元の世界でツナと戦ったときのように、なにもできないかもしれない。
誰にも望まれていないかもしれない。
裕飛の行動としては正しくても、将吾郎にとっては違うかもしれない――。
それでも、助けたい気持ちは、あった。
「……め、ろ、よ」
口の中が酷く乾く。舌が震える。
拳を握りしめて、深く息を吸って。
「やめっ、――え?」
ふっ、と周囲が暗くなる。
将吾郎は視線を太陽のある方向に向けた。
そこで息を呑む。
一面ガラス張りになった都市部側の壁の向こうに、さっきまでなかったはずの、巨大な黒い影があった。
30メートルはあるだろうか。アシガリオンなどよりもずっと大きい。
人型をしているとはいえ、もはやそれはロボットというより、建造物に見えた。
それはマリオネットめいた動きで背筋を伸ばした。
つられて右腕が持ち上がる。
MFの何倍もありそうなほど長い、亡者のように痩せた腕。
そういうものが、こちらに向かって突っ込んできた。