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四ノ巻  遭遇、鋼鉄死霊(一)


 暗く狭いトンネルを、たった1つのランタンの明かりのみを助けに歩き続けて数時間。

 将吾郎たちはようやく、モウルエルフの巣から出ることができた。


 目の前には草原。

 遠くで野生動物と思しき、6本足の鹿みたいな軟体動物がもそもそ草を()んでいる。

 村での血生臭い光景が嘘のような穏やかさだ。


「やっと外だぁ!」


 ポンテは大きく伸びをする。


「まったく、あのモグラどもってばさ、もっと愛想よくしてほしいもんだよ! ショウゴロウもそう思うよね!」

「……まあ」

「あー、空気が美味しいー」


 ああ、と将吾郎は嘆息する。


 ――痛々しい。


 地下トンネルを黙々と歩く間、ポンテの肩が震えていたのに気づかないほど、将吾郎は鈍感ではない。


 家族と故郷をいっぺんに失って、悲しくないわけがない。

 大声をあげて泣いたって許される。

 現にカルネロは念仏のように「ちくしょうちくしょう」と呪いの言葉を吐き続けていた。


 なのにポンテは黙るか、逆に明るくはしゃいでみせる。

 おそらく将吾郎に気を使って。


 こういうとき、気の利いた言い回しひとつ思いつかない自分の野暮が嫌になる。


 敵がいないのを確認し、ポンテは札の状態に戻したマジンナリィ・トラックを再び取り出した。


「これからどうすんだよ、ポンテ?」


 地面に座り込んだカルネロが、神経質に癖毛を掻き回しながら言う。


「キョートピアに行こうと思うの。姐さんと合流したい」

「みんなの弔いは?」

「あたしたちだけで? 敵がまだいるかもしれないのに?」

「……悪い、言ってみただけだ」


 ポンテの方針について、将吾郎に異存はなかった。

 長老の言葉が正しければ、裕飛と再会できるかもしれないからだ。

 裕飛と再会できれば――その後は、裕飛が決めてくれる。

 正直、この世界でどうしたらいいのか、将吾郎にはわからない。


「決まりね」


 ポンテはトラックを発進させる。


「MFのこと、長老やみんなには見えてないみたいだった。なんで?」

「力を持つ者が乗ると、MFは半幽体(セミ・エセリアル)化して、見鬼(けんき)の才のない者には知覚できなくなるの」

「一方的じゃないか……」

「そうね。エルフの弓兵といえば世界最強の戦力だったのに、あれが出てきてからはすっかり落ちぶれちゃった。見えないし、見えてもあの分厚い鉄の皮膚を貫けないし」


 窓の外の景色は草原から荒野へ、さらに砂礫の広がる砂漠へと転じる。

 カルネロはいつの間にか眠ってしまったらしい。運転席と荷台の仕切り越しにいびきが響く。


「あ、見えてきたよ」


 キョートピアという単語で将吾郎が想像していたのは、1つの大きな街に過ぎなかった。

 けれどフロントガラスの向こうに見えるのは、日本なら東京都を丸ごと覆えそうなほど広大な城壁だ。


 高さは百メートルにも届くのではないだろうか。

 MFという無敵の矛に、堅牢な城塞。

 たとえキョートピアがこの世界の平和を乱す悪の国家であったとしても、その覇道を止めるのは不可能だと思った。


「やっぱり、デカいよねぇ……。ドラグエルフの軍隊が総出でかかっても耐えたらしいわ」


 城壁を見上げて、ポンテが溜息交じりに呟く。

 彼も将吾郎と同じ無力感を抱いたのだろうか。

 儚げな横顔を見ていると、思わず、励ますような言葉が口をついて出た。


「――あ、安心して、ポンテ!」

「え? はい?」

「僕と一緒にこの世界に来た友達、裕飛っていうんだけど、曲がったことが大嫌いな正義漢なんだ。この世界のことを知ったら、その時は、きっとポンテたちの力になってくれると思う。そしたら、僕も――」

「……いいよ、そんなの」


 将吾郎の言葉は、ポンテを喜ばせるどころか、むしろ悲しみを増やしたようだ。

 ポンテの口元は笑顔を作っていたが、眉間には皺が寄っていた。


「むしろ、なにもしなくていい。この世界のことはこの世界の人間(エルフ)が決めること。キミは自分の世界に帰ることだけ考えてればいいよ」


 出しゃばって余計なおせっかいをしようとした自分を、将吾郎は恥じる。

 誰もなにかしてほしいなんて頼んでいないのに。

 将吾郎などに頼むわけがないのに。


「起きてカルネロ、カールーネーロ!」

「ンあ……ママきゅん、もう朝な……?」


 直後、荷台から盛大に物をひっくり返したような音がした。

 真っ赤な顔をしたカルネロが転がり落ちてくる。


「ポンテ違うんだ、違うぞ、今のはだな……!」

「……なんのこと? よく聞こえなかった。『ママきゅん』とか全然聞こえてない」

「聞いてんじゃねえか! アウターエルフも笑うんじゃねえ! ちっちゃい子供の頃の時だけだ!」

「子供の頃は言ってたんだ?」

「ぐっ……」


 将吾郎の目の前で、カルネロの顔がどんどん真っ赤になっていく。

 可哀想なので助け船を出してやることにした。


「いいじゃないか。家族と仲がいいって、いいことだと、僕は思うよ」


 ポンテが通訳する。

 うるせえ、とカルネロはそっぽを向いた。


「ショウゴロウは、家族と仲、よくないの?」

「どうして?」

「だって、元の世界に帰りたそうにもしてないし、家族の心配もしてないみたいだから」

「……どうかな」


 暴力を振るわれたこともなければ、喧嘩をしたこともない。

 だが、仲がいいと言われれば、違うという思いが強くあった。


「僕がいなくなったこと、あの人たちは気にもとめてないだろうな」

「そうなの? アタシは親いないからわかんないけど、じぃじとばぁばみたいな人のことでしょ? そんなことないんじゃないかな。ねえカルネロ」


 なにがだよ、と問い返したカルネロは、ポンテの翻訳を聞いてこう言った。


「バッカだなぁ、おめえ。子供を心配しない親がいるかよ」


 将吾郎の口元に、自然と冷笑が浮かぶ。

 こいつはいったい、なにを根拠にして世界中の親の善性を保証しているのだろう。


「なんだよ、その顔? 感じ悪りぃなぁ」

「……別に」


 金勘定しか頭にない父と、自分の見栄しか気にしない母。

 彼らが我が子の心配をする姿は、将吾郎にはどうしても想像できない。


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