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三ノ巻  森人集落、炎上(四)


 MFの姿を見るには才能が必要らしい。

 その才能がない者にとって、目の前の破壊はどう映っていたのか。


 テントが突然潰れていく。穴が空く。

 逃げ惑う人々が突然宙を舞い、地面に叩きつけられる。


 将吾郎には、テントを踏み潰し、あるいは槍で滅多突きにし、逃げる人々をつまみ上げては放り投げる武者ロボットの姿が見えていた。

 だからといってなにができるわけでもない。

 相手の位置を教えようにも、言葉がまず通じないのだから。


「これは……もう、無理だ」


 長老が呟く。

 住人たちがまだ起き出さない早朝を狙っての、不可視の巨人による襲撃。

 戦闘と呼べるものではない。一方的な虐殺。


「じぃじ!」

「長老、ここにいらっしゃったんですか!」


 ポンテ、そしてカルネロが藪から姿を出した。


「やっぱり、水汲みに行ってたんだね」


 将吾郎を見て、ポンテが言う。

 そこでようやく、将吾郎はわざわざ水甕を抱えてきた自分に気づいた。

 まったく冷静さを欠いている。


「さあ戻ろう、じぃじ! 副長老が指揮をとってるけど――」

「ポンテ、カルネロ。そしてアウターエルフ。おまえたちは逃げなさい」


 カルネロがほっとしたような顔を浮かべる。

 逆にポンテは眉尻を吊り上げた。


「なに言ってるの! 村で奴らの姿が見えるのはアタシだけじゃんか! アタシがいなくて、どう戦えっていうんだよ!」

「アホウが、見てわからんか。もう村は終わりぞ」

「……まだ終わってない!」


 ポンテの目に涙が浮かぶ。


「もう少し、もう少し待てば姐さんが、キョートピアの大将を討ちとって戻ってくる! それまで村を守らなきゃ……!」

「……おまえ、まだあいつのことを信じているのか。あいつはもう、キョートピアの闇に呑まれた」

「そんなこと! そんなことは、じぃじ流のペシミズムだ! いつも悲観的なことばかり言って!」


 長老はもう取り合わなかった。将吾郎を見る。


「アウターエルフ殿、ポンテを頼みます」


 あなたはどうするんですか。

 通じないのはわかっていても、将吾郎は問わずにいられない。

 それに対し長老は、言葉ではなく行動をもって返答した。


 すなわち――彼は村に向かって走っていった。


「戦うな、逃げろ! 森の中に逃げ込んで、散れ!」


 老体に鞭打ち集落を駆けずり回りながら、老人は長として最後になるだろう指示を下す。

 見えないなりに目星をつけて矢をつがえる若者から、弓をひったくる。


「戦う気概ある者は、ここを死に場所とするな! 朱天王(しゅてんおう)の下に集いて時を待て! キョートピアに災いあれ――」


 痩せた身体から命を絞り出すように叫ぶ長老は、自ら巨人の足元に歩み出たことに気づかなかった。

 その上に鋼鉄の足が被さり、痩躯を枯れ枝のように踏み折った。


「……じぃじ!」

「駄目だ、ポンテ!」


 飛び出そうとするポンテを、カルネロがしがみついて止める。

 

「……ここから離れよう」


 ――もしまだポンテが嫌がるなら、もう置いていってしまおう。


 真っ先にそう考えた自分を、将吾郎は嫌悪せずにいられない。

 裕飛なら最後まであきらめないはずだ。ポンテだってそうだろう。一昨日など、命にも代える勢いで将吾郎をかばってくれた。

 だというのに、自分はさっさと見捨てるのか?


 それのなにが悪い、と心の中のもう一面が反論する。

 自己保存は生物の本能だ。自分が生きることを優先して、なにがいけないというのだ?


 裕飛がいてくれれば、と将吾郎は痛切に思う。

 彼がやりたいことを応援してさえいれば、それでよかった。

 将吾郎1人では、自分で自分がなにをしたいのかさえわからない。


「……姐さんに、会いたい……」


 ぽつりと、ポンテが呟いた。

 彼が生き延びる意思を見せてくれたことに、将吾郎は心底安堵する。


「そうだな、会いに行こうぜ。だから、ここで死ぬわけにはいかない。そうだよな?」


 カルネロが同意を求めるように目を向けてきたので、将吾郎はうなずく。

 異世界でも「首を縦に振る」動作が肯定のサインになるのか、という不安が頭をよぎったが、幸いにも杞憂だった。


「……こっちだよ」


 集落から離れる方向へ走り出すポンテ。

 それを追いかけようとした将吾郎の足が、なにかにぶつかった。

 木の根元に置いていた水甕だ。

 転がった水甕が、大きな石に当たって割れる。


 小さな音だ――が、MFの式神ソナーセンサーには充分だった。

 雅楽のような軋みをあげて、MFがこちらに顔を向ける。

 剣道防具のような顔面の奥で、赤い光が瞬くのを将吾郎は見た。


「あっ、この、バカアウターエルフ!」

「ごめん」

「喧嘩してる場合じゃないよ! ――ON! SOON WORKER!」


 ポンテがマジンナリィ・トラックを呼び出す。

 トラックの発車から半秒遅れて、MFの刀がさっきまでいた場所に突き立つ。


「逃げ切れる……?」

「キミの世界の兵器って、乗用車に追いつけないほどノロマなの?」


 太い根や石に乗り上げ、車体が大きくはねる。

 狭い木々の隙間を通り抜けようとして、サイドミラーが両方とも吹っ飛んだ。

 対して、武者ロボットのほうは森の上を自由に飛ぶ。

 あっという間にトラックを追い越し、Uターンしてきた。


「右!」


 ポンテの叫びに琥珀が発光した。

 車が大きく右に曲がる。

 前方に現れたのは、一面の土壁。


「ぶつかる!」

「舌を噛むわよ!」


 車は山肌に突っ込んだ。

 だが止まらない。


 薄い土の壁の向こうには、トンネルがあった。

 トラックはコウモリらしき生き物の群れをかき分け、闇の中を走り続ける。


 MFが刀を突き入れても届かないほど奥まで進み、ポンテはトラックを停車させた。

 シートに背を預け、深く息をつく。

 荷台から乗り込んだカルネロも、あちこちぶつけた身体をさすりながら肩を脱力させた。


「……トンネル……? 隠し通路?」

「モウルエルフの巣よ」


 バン!


 フロントガラスが強く叩かれ、将吾郎の心臓が飛び上がる。

 駄目押しに、高い鼻をした髭面の男がリアウインドウに顔を押しつけてきた。


「こんな感じの(エルフ)たちよ。……ねえ、別の出口まで案内してくれない?」


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