三ノ巻 森人集落、炎上(二)
村と森の境界まで出ると、ポンテは懐から1枚の短冊を取り出した。
表面には迷路のような、集積回路のような、複雑な紋様が描かれている。
「ON! SOON WORKER! 大招、肆輪車馬!」
ポンテは札を投げた。札が青い炎に包まれ、その中で表面に描かれた紋様が生き物のように蠢く。
札から飛び出し、二重螺旋を描き、そして――。
「これは……!?」
炎がかき消えたとき、そこには1台の乗り物があった。
大きさは軽トラックくらい。
4つの車輪があり、昆虫の外骨格を思わせる素材で作られた運転席部分と、鱗のある革で覆われた荷台で構成されている。
「おいバカ、こんな村のすぐ側で式神なんか使うなよ!」
慌てた様子でカルネロが言った。
「式神?」
「そう。シャーマニュウムを駆動系や推進系に使った機械。シャーマニュウム技術のひとつだよ」
ポンテは、さっきとは微妙に模様の異なる札を取り出してみせた。
「この札――式符っていうんだけど、表面には色々な道具の霊的設計図が描かれてて、必要に応じて出し入れできる。その技術そのものや、出し入れされる物品のことを式神というの」
将吾郎は式符を手に取ってみたが、普通の紙と重さはなにも変わらない。
「滅茶苦茶だ……。質量保存の法則、どうなってるんだ?」
まるで魔法だ。裕飛が見たら喜ぶだろう。
将吾郎はむしろ頭が痛くなってきた。
裕飛から借りたマンガやラノベを読んでも、ちょっと現実から離れた描写があるとどういう理屈なのか気になって話が頭に入ってこなくなるタイプである。
「さあ? 細かいことはレッサーエルフに聞いてよ。あいつらが作ったもんだし」
なるほど、レッサーエルフが作ったものだから、レギュラーエルフには受けが悪いらしい。
カルネロが慌てたのもうなずける。
「さあ、乗って?」
白鳥が羽を持ち上げるようにドアが開く。
助手席に乗り込もうとしたカルネロは、だが襟首をポンテに引っ張られてひっくり返った。
「なんであんたが乗るのよ」
「俺も行くぜ。ポンテ1人じゃ危ないからな」
「あんたたち2人が手を組んでも、アタシには敵わないと思うけど……。ま、来たけりゃ来れば? その代わり、あんた荷台ね」
不満の声をあげるカルネロを無視して、ポンテが右側の運転席に乗り込む。
当然、将吾郎は助手席だ。
革袋に落葉や羽毛を詰めたシートが、少年の体重を受け止める。
式神トラックにハンドルはなく、代わりに戦闘機の操縦桿のようなものがポンテの足の間に突きだしていた。
その先端にはアシガリオンのコクピットで見たのと同じ琥珀玉がある。
ポンテが琥珀玉に触れると、式神トラックは動き出した。
「その琥珀色の、なんなんだ?」
「式神には物理式と電脳式があって、電脳式は物理式の制御なんかに使われるの。その電脳式の筐体が、これ」
「電脳……。コンピューターがあるのか、この世界」
「この車には、車輪を動かす式神やドアを開ける式神、ライトを点ける式神とか、複数の式神が使われていて、それをこの電脳式が制御してるわけ。ちなみに、こうして複数の式神で構成される式神を呪いで動く機械装置、マジンナリィとも呼ぶわ」
「もしかして、僕がここに来る前に乗ったロボットも、そのマジンナリィ?」
「そう。|マジンナリィ・フレンズ《MF》というの」
ポンテはただ琥珀玉に手を置いているだけだが、式神トラックは適宜右折や左折をして進んでいく。
琥珀玉の他にはペダルもレバーもない。
地球の車よりずっと運転しやすそうだと将吾郎は思う。
「――動かしてみる?」
将吾郎の視線を好奇心と解釈したポンテが言った。
「いや、別に」
「いいからいいから、やってみなよ」
ポンテは将吾郎の手首をつかんで引き寄せ、電脳式神に押し当てる。
途端に、マジンナリィ・トラックは動きを止めた。
荷台から、ゴン、と大きな音。カルネロが短く悲鳴をあげ、静かになった。
「そっか、思念送信ができないってことは、式神にも意思を伝えられないのか」
「……みたいだ。MFも、使えたり使えなかったりだったから」
「そっかぁ」
なぜか、ポンテはうれしそうだった。
「そんなんじゃ、間違ってもキョートピアじゃ暮らせないね。ずっと村にいるといいよ!」
「……キョートピア?」
「レッサーエルフの、1番大きい都だよ。シャーマテックの本場」
やがてトラックは目的地に着いた。
目の前には湖。埋め立てたら野球場1つ造れそうなくらい広い。
将吾郎たちはトラックを降りて、湖畔に立った。
澄んだ水が太陽の光を反射し、湖面には白鳥が泳ぐ。
ピクニックをするにはいいところだ。
「オグラ・レイク。ほんの50年ほど前、ここにはエルフの都があったんだよ」
「それが、今はどうして湖に?」
「キョートピアだよ」
「えっ?」
「奴らが、エルフの都に突如侵攻してきたんだ。破壊と略奪を繰り返して――最後には、こうよ」
将吾郎は、もう一度湖を見た。
周辺に都市の面影はまったくない。
湖は50年前どころか、天地開闢の頃からここにあったという顔で居座っている。
「信じられねえって顔だな?」
カルネロが言った。
「なら、自分の目で確かめてこいや!」
言うが早いか、カルネロは将吾郎の足をつかんで引き倒した。
将吾郎は砂地に顔を突っ伏す。
「なにするんだ――」
将吾郎の抗議にカルネロは耳を貸さなかった。
そのままプロレスのように将吾郎を振り回し――投げ飛ばす。
「うわっ!?」
湖面に叩きつけられ、将吾郎の身体が沈む。
思ったよりも深い。まったく足がつかないことに、将吾郎は本能的恐怖を抱く。
湖水は冷たく、そして澄んでいた。
だから、はっきりと見ることができた。
湖底に無惨な屍をさらす、都市だったものの姿を。