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三ノ巻  森人集落、炎上(一)


 将吾郎は、自宅の玄関に佇む自分を発見した。

 家の奥からは流れてくる微かな笑い声。

 光に吸い寄せられる蛾のように、将吾郎は声に引き寄せられていった。


 父、母、そして弟。将吾郎の家族が食事をとっていた。

 珍しいことに、父はスマホにも新聞にも雑誌にも目を通すことなく、対面に座る妻子と向き合っている。いや、そもそも彼が家で食事をしていること自体が珍しいのだが。


 弟だっておかしい。世の中のすべては興味のないものか気に入らないものかに二分される彼が、うれしそうになにかを語っている姿は久しぶりに見る。残念ながらなにを喋っているのかは、ぼんやりして聞き取れないのだけれども。


 さらに仰天したのは、母が聞き役に回っていることだ。

 どんな話題にせよ、自分の意見で場を支配せねば気に入らない人なのだと思っていたのに。


 頭を打ったか病気に罹ったか。まるで「円満な家庭の食事風景」の見本みたいだ。


 普段を考えればギャップに笑い出したくなるところだが、なぜか出てくるのは涙だった。


 自分も食卓につこうとして、将吾郎は気づく。

 テーブルの上に、自分の皿はなかった。椅子さえ。


 それに驚いたり憤慨したりするよりむしろ、ああやっぱりな、と思った。




 ――途中から薄々気づいていたが、夢だった。

 わかってしまえば家族の団欒はすっと幻のようにかき消えて、『現実』が将吾郎の前に姿を現わす。


 地面に浅く穴を掘り、その上に獣皮のテントを張った原始的な住居。

 室内中央には囲炉裏(いろり)があって、住人たちがそれを囲むように横になっている。

 将吾郎と、ポンテと――そして、長老。長老の妻はもう起きているのか、いない。


 あの後、ポンテの住む集落に案内された将吾郎は、そのままポンテが寝泊まりするテント――長老の家に連れ込まれた。

 そのまま夕食を御馳走になると、疲れがどっと押し寄せてきて、眠りにつき――今に至る。


「――どうしたの?」


 ポンテがこちらを見て、気づかう思念を投げかけてきた。

 将吾郎は涙ではなく、汗を拭っているようによそおう。


「なんでもないです、おはようございます」

「…………」

「……大丈夫。ちょっと嫌な夢を見ただけですから」

「突然、知らない世界に迷い込んじゃったんだもんね。気が滅入るのは、むしろ健全だよ。……そうだ、朝ごはん食べたら、出かけない? 見せたいものがあるんだ」


 近くで他の『アウターエルフ』は見つかっていない。

 裕飛と合流しようにも手がかりさえないのでは、できることもなかった。


「じゃあ、決まりだね! ……じぃじ! 二度寝してないで、朝ごはん!」


 エルフたちの住居は、居間兼寝室と、キッチン兼食堂の2つのテントがくっつくかたちになっている。

 食物の臭いが染みついたり、生ゴミにたかる虫が寝室にまで飛んでこないようにするための配慮らしい。


 ちなみにトイレは村で共用である。深く掘った大きな穴に落とす方式だ。

 風呂がないのは耐えられるが、この一点だけは心の底から日本が恋しいと将吾郎は思う。


 キッチン用テントに入ると、長老の妻が石の碗に暖かいスープをよそってくれた。

 碗ごと丸呑みする勢いで平らげたポンテが、早くしろとせっついてくる。

 木の実の入った白湯みたいなスープを、将吾郎は急いで飲み干した。


 蔓草(つるくさ)を編んで作った暖簾(のれん)をくぐって外へ出れば、外はまだ薄暗い。

 朝の冷気が身を刺す。


 テントの屋根には木の葉を貼り付けた網が被せてある。

 遠目から見ると、集落は完全に森に溶け込んでいた。

 つまりそれは、見つかってはならない相手が存在するということか。


「おい!」


 まるで待っていたかのように、癖毛の少年――カルネロが行く手を阻んだ。


「2人だけでどこ行くんだよ、ポンテ?」

「うっさいな。デートだよ」


 ポンテはわざとらしく、将吾郎の腕に抱きついてみせる。


「デ……!?」


 カルネロは大きく目を見開き、苦しむように髪を掻き回した。


「いかんいかん! レッサーエルフとふたりっきりなんて!」

「アウターエルフだって」

「……ちょっと、あの、すみません」


 将吾郎は会話に割って入った。

 カルネロがいやそうに片眉を吊り上げる。


「アウターエルフというのが、僕みたいな余所の世界から来た人間のことだとして。その、レッサーエルフっていうのはなんなんですか?」

人類(エルフ)にはいくつかの種類があるの。カルネロやじぃじみたいなのがレギュラーエルフ。エルフと言ったらまあ、だいたいこんなの」


 こんなの、と言いながらポンテは人差し指でカルネロの頬をつつく。

 迷惑そうに目元をしかめるカルネロだが、口元はうれしそうにゆるんでいた。

 尻尾があったならさぞ力いっぱい振り回していただろう。


「でもって、アタシみたいに体毛が黒くて肌も赤銅色(しゃくどういろ)なのがダークエルフ。他には地中に住むモウルエルフ、鱗や角を持つドラグエルフなんかがあって。で、アウターエルフにそっくりなのが、レッサーエルフ」


 つまりこの世界において将吾郎が同じ人間(にんげん)と認識しうる存在のことらしい。


「本当はあんな奴ら、人間(エルフ)と呼びたくないんだけどな」

「ちょっと!」


 ポンテは慌ててカルネロの口を手で塞いだ。

 左右に目を走らせ――自分たち以外に誰もいないことを確認し、ほっと息をつく。


「……人道主義者(エルフマニスト)どもに聞かれたらどうすんの。吊し上げ食らうわよ」

「お、おう……」


 カルネロの顔は茹で蛸のようになっていた。


「……嫌われてるんですか、レッサーエルフって?」


 実際、昨日はレッサーエルフに間違われて殺されそうになったのだから、ただごとではない。


「うん。嫌われる理由はいくつもあるけど、特に彼ら、木を切り倒すから」

「は?」

「おぼえておいて。この世界において植物、それも森を構成するような大樹こそが万物の霊長であり、偉大なる旧き民グレート・エルダー・シングなの。アタシたちも枝で矢を作ったり、木の実や葉をいただくことはあるけど、それは(いにしえ)の契約で定められた範囲内であって、枝の1本たりとも遊び半分で折らないでね。罰が当たるから」

「……わかりました」


 大袈裟な、と思ったが、ここでエルフの宗教観に口を挟みポンテと対立するほど、将吾郎は軽率ではない。


 ――だが裕飛なら。


 早く合流しなければ、と将吾郎は決意を新たにした。


「というか、ショウゴロウ? そんな堅苦しい喋り方しないでよ。キミとアタシの仲じゃない。そもそもアタシのほうが年下なんだし」

「は、はあ……。わかりました、いや、わかった、ポンテさん」

「だーめ。『ポンテさん』じゃなくてぇ、ポ・ン・テ」


 言いながら、ポンテはショウゴロウにぴったりと身を寄せる。

 将吾郎自身は異性愛者だが、見た目が完全に女性だと、男にしなだれかかられても意外と嫌悪感が発生しないと知った。

 むしろ後ろであわあわしているカルネロのほうが気になる。


「……僕で遊ぶの、やめてくれない?」

「えへ、ごめん。なんでかしらないけど(・・・・・・・・・・)、こういうことするとカルネロが動揺するの、面白くて」


 ポンテはペロリと舌を出した。


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