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二ノ巻  異世界、初体験(四)


 殺される――その決定的な瞬間に備える将吾郎だったが、それは一向にやってこなかった。


 固くつむった瞼を開く。

 少年が上目遣いにこっちを観察していた。

 ちょっと垂れ気味の、くりりとした瞳。

 同じ年頃の少女であれば可愛いと思っただろうが、相手が男とわかった以上ときめけない。


「どうしたポンテ。さっさとやれ」


 森から声が飛ぶ。

 ポンテというのが彼の名前らしい。


 だが結局、ポンテは将吾郎を殺さなかった。

 逆手に握った山刀をクルクルと回転させ、革鞘に納刀。


「――キミ、()()から来た人だよね?」


 そう言った彼の唇がまったく動いていないのに将吾郎は気づいた。

 仮面を被っているわけでも、見えないなにかが少年を使って腹話術をしているのでもない。


 困惑していると、ポンテは「わかってるから」というように目配せした。

 そして、仲間たちに向かって膝をつく。


「――お願い、みんな。この子の身柄、アタシにあずけてくれません?」


 ほらあんたも、と促されて、将吾郎もポンテの隣で膝をついた。


「なにを言ってる!」

「キョートピアのレッサーエルフなんだぞ!」

「我々がされたこと、忘れたか!」


 ポンテに罵声が飛ぶ。

 頭を下げたまま、将吾郎は目だけを動かして彼らの様子をうかがう。

 やはり彼らも唇を開かない。


「なにやってんだポンテ、やめろって!」


 森にいる男たちの中、ポンテと同年代くらいの、癖毛で縦にひょろ長い1人がおろおろするのが見えた。


「カルネロ、あんたも手伝ってよ!」

「え……? な、なんで俺がレッサーエルフなんかに」


 カルネロと呼ばれた少年は、ポンテと仲間たちを交互に見る。

 大人たちに睨まれ、カルネロはしゅんと肩を落とした。


 だがポンテはきっと顔を上げ、なおも抗う。


「――彼はレッサーエルフじゃない、アウターエルフです。アタシたちに殺されるいわれをもたぬ魂です! お願いします、どうか誇り高き人間(エルフ)としての慈悲を!」


「ならぬ」


 威厳を含んだ声が、空気をさらに張り詰めさせた。

 森の奥から1人の老人が歩み出てくる。

 真っ白な長い髪、皺の刻まれた顔。曲がり始めた背筋を杖で支えるその姿からは、今相対している人々の指導者的存在であることが容易に察せられた。


「わからぬのかポンテ。今は無垢なる者であっても、ここで逃がさば『殺されるいわれある魂』になる」

「でも、じぃじ!」

「こらこら長老と呼べといつも言っとるだろうが。……ポンテ、邪魔をするならおぬしも撃たねばならぬのだぞ」


 長老の言葉は脅しではないと、修羅場をくぐったことのない将吾郎にもわかった。


「じぃじ!」


 ポンテは、将吾郎をかばうように立ち、両手を広げる。


「あなた……? なんで?」

「レッサーエルフなら殺した。でもキミは違う。殺すのはよくない!」

「そんな理由で……?」


 そんな純朴な正義感で、祖父や共同体を敵に回せるのか、彼は。

 将吾郎は感謝するよりむしろ敗北感を覚えた。


「……しゃーないのぅ」


 威厳をがくんと落とした声で、長老は頭を掻いた。


「面倒はおまえが見るんだぞ?」

「うん、ありがと、じぃじ! ちゃんと責任もつから!」

「はっ。んなこと言って、最終的にはぜーんぶ、わしかばぁばが世話することになるんじゃろ。じぃじ知ってる」

「えへへ、じぃじ大好き!」

「……ふん、女装趣味の変態に言われてもうれしかないわい」


 そう言いつつも頬を緩ませ、長老は踵を返した。

 森にいた人々も戸惑いがちに去って行く。


「助かった……のか……?」

「うん、まあね。立てる?」


 いつの間にか腰を抜かしていたことに、将吾郎は気がついた。

 まったくいいところがない。


「アタシはポンテ。キミは?」

「……将吾郎です」

「もうわかってるとは思うけどショウゴロウ、ここはキミの知ってる世界とは別の世界よ」

「裕飛がよく言ってた異世界ってやつか……」

「名前は……といわれても、世界は世界なんだけど……。そうね、とりあえずこの大陸は『ヘイアンティス』と呼ばれてる。ここは南部にある、ウ・ズィの森」


 なにか聞きたいことは、と問われて将吾郎は迷う。

 知りたいこと、知らねばならぬこと、多すぎて優先順位がつけられない。

 ぱっと思いついたのは『なぜ異世界でみんな日本語を喋っているのか』だった。


 実は異世界なんて嘘で、本当は悪質なテレビ局やユーチューバーの手の込んだ悪戯だ――という答えを密かに期待したのだが、それは裏切られた。


「誰もニホンゴなんて喋ってないよ」

「は?」

「この世界には大気中に思念伝達物質(シャーマニュウム)が含まれているの。それが言葉ではなくもっと本質的な、言霊(ことだま)っていうのかな、そういう感じのものによる同時自動翻訳念話を成立させている。そのうえで相手の話を理解できるか受け容れられるかは、聞く側の器量の問題よ」


 テレパシーによる会話。

 ポンテや森にいた人々が口を動かさないのは、そういうわけだったらしい。


「心で会話してる……っていうとつまり、僕の心の中も読めていると……?」

「相手に伝えたいと思わない限り、内心のプライバシーは保護されるわ。まあ、キミの心の声は聞こえないみたいだけど」

「は?」

「どういうわけか知らないけど、キミの思念が伝わってこない。聞こえるのは口から出る意味不明の変な音の連なりだけ」


 そういわれれば、ポンテ以外の相手とは微妙に会話が繋がっていなかった気がする。

 受信のみで送信が上手くいっていないらしい。 


「よかったわね、アタシがいて。アタシ、前にもアウターエルフといたことがあって、キミたちの言葉、一応わかるから」


 ポンテは錆びついた声帯を震わせ「コーチニワ ハズメマセテ ヨロヒクオニゲイスマス」と言った。

 どう? と自信満々の表情で問いかけてくる。


「……そのアウターエルフって、つまり僕と同じ、よその世界から来た人ですよね? その人は心の会話、できたんですか?」

「うん、普通に会話できた。なんでキミだけできないのか、アタシにもわかんない」

「――その人に会えませんか!?」


 ポンテが会った他の地球人とは、奈々江のことではないか。

 いやそうでなくとも、同じ境遇の人間と傷を舐めあいたい気分だった。


「……もういないわ」

「そう、ですか……」


 『いない』というのが、どこかに去ったという意味なのか、あるいは死の婉曲(えんきょく)的表現なのかわからず、それ以上は聞きだせなかった。

 もしポンテの出会った地球人が奈々江だったとして、『いない』の意味が前者ならまだいい。後者であれば彼女の死が確定してしまう。


 少し違うかもしれないが、シュレディンガーの猫というやつだ。

 箱を開けない限り、半分は希望が残っている。

 それくらいの現実逃避はかまわないだろう――と将吾郎は思った。


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