介護
映像はまた飛んで3か月後。
いくら子どもの傷が治りやすいとはいえ、あの時右手を貫いた子どもは未だ包帯を巻いている。もう一人はそんな子どもにずっと寄り添っている。
右手が不自由になったためそれのサポートをしているようだ。ご飯を食べる時も、飲み物を飲むときも、寝る時もできる限りのサポートをしているようだ。
「はいまーちゃん、あーん」
「.........もうひとりでたべれるよぉ」
「ダーメ!!わたしがたべさせてあげるの!!だからあーん!」
「............あーん」
スプーンに盛られたオムライスを食べさせる。皮肉だがこうして2人が生きていられるのもあの女性が変なことを思いつかない限りはきちんとご飯を用意しているからだ。
「はいつぎ!」
「....................。」
こんどはおとなしく食べさせられる包帯を巻いた子ども。先ほどからあまり右手を動かしてないことからまだ痛むのだろう。もしくは幻痛と呼ばれる、もう治っているのに傷があったところが痛いと感じる症状が出ているのかもしれない。
「............................ねぇいつになったらここからでられるかな?」
「..........わかんない」
「まーちゃん?ここからでたらなにがしたい?」
「............おかあさんのカレーがたべたいな。リンちゃんは?」
「わたしはおかあさんのからあげがたべたい!!」
「.....................さみしいね」
「...................つらいね」
「...............かえりたいね」
「..............かえりたいね」
「...........ごはんたべよっか」
「...................そうだね」
それからは2人とも全く話さずに黙々とご飯を食べる。
「...............ごちそうさまでした」
「................ごちそうさまでした」
誘拐犯に用意されたご飯が美味しいのか全部を食べた2人。しかしその顔は晴れない。おそらくご飯を美味しくなければ食べないという選択肢も出てくるのだが、食べなかったら食べなかったで何かされるのは過去に経験したことであり、何よりもご飯が美味しいのだ。
嫌なのに食べなきゃいけない。美味しいのに食べたくはない。そんな矛盾する気持ちを持っているからそご飯を食べても曇った顔をしているのだろう。
「...............おそとであそびたいね」
「.....................ボールあそびしたいね」
「.....................はしりたいね」
「..........................おおきいこえだしたいね」
叶わないと幼いながら知りながらも、それでもやりたいことを話していく2人。
本来なら母の愛情に包まれて育つはずだった。父の愛情に守られながら育つはずだった。
外で元気に走り回ったり、友達と時にはケンカをしながらも楽しく遊んだり、母や父に今日あったことを誇らしげに話したり、時には悪戯をして怒られたりもしながら過ごすはずだった。
それをたった1人の女性に狂わされてしまった2人。
終わりが見えない生活にいつ終わりがくるのかは誰も知らない。
ただ一つ言えるのは事件が発生してから1年以上経過してるにも関わらず女性が逮捕されてないことを考えればいつになるかは女性しだいかもしれない。




