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59.拡大する戦場

 北の国への侵攻は、最前線をオレが指揮する傭兵部隊が担当する。今回はシフェルはお留守番、正規兵が二手に分かれて西の国側と中央の国側から攻め込む形だった。つまり最前線を落とした時点で仕事は終わりとも言えるが……。


「新しい指示だ」


 ピアスとは別につけているイヤーカフの通信を終えたレイルが苦笑いする。いやな予感がした。たぶん損傷が少なければ、別の戦場へ……とか?


「思ってることが顔に出てるぞ」


 ぴんっとおでこを弾かれる。やっぱり当たりか。北の国だというのに、中央からきたオレが汗ばむくらいの湿度と気温に、気分も滅入った。もっと涼しければ身体を動かすのも悪くないが、じめじめ暑いと日本の夏を思い出す。


 ふと思いついて自分の周りに張った結界の上を凍らせてみた。キンッと甲高い金属音がして、滅茶苦茶涼しい!! でも有用じゃなかった。だって結界の表面が結露して凍ったから、霜がついた状態で外が見えない。


「お~い、キヨ。何を始めたんだ?」


 突然オレが人型の白い氷になったため、興味を惹かれた傭兵達が集まってきた。結界の上からぺたぺた触って「お、涼しい」とか「冷たい」と喜んでいる。


「ダメか~、発想は悪くないと思うんだけど」


 ぼやきながら凍結を解除したら、予想外に多くの人が触っててびっくり。ジークムンドのごつい顔が正面だったので、思わずのけぞってしまった。


「涼しくなるかな? と思ってさ。自分の周りを凍らせたんだけど……見ての通り」


 外気温との差が結露や霜の原因だろう。うーんと悩みだすオレを、レイルが突く。


「ん?」


「冷やすのもいいが、指示が出てるぞ。一応軍属だろう」


「そうだった。攻め込めって?」


「当たらずとも遠からず。敵の援軍が来たってさ」


 水を食い止めてくれた大きな塹壕と川を渡った地点で休んでいたオレは、取り出した地図を広げた。空中にホワイトボードがあるイメージで壁を用意して、そこに貼り付ける。呪文は要らないしイメージするだけで魔法が使えるのは便利だった。


 特に、前世界の日常がある程度再現できるのは、イメージが曖昧でもある程度補うことが可能だから。この世界の魔法は、存外異世界人に優しいのかもしれない。


 地図の現在地を示して、方角を合わせる。まだ敵らしき存在が確認できないので、ちょっと地図の縮尺を弄った。あれだ、スマホの画面を小さくするイメージ。両手を広げて角から中央に寄せる仕草をすると、一瞬で縮尺が変わった。


 離れた場所に100弱の点が見える。


「ええ!? 相手のが数多いじゃないかよ」


 唸りながら、敵を示す点を両手で覆って色を付けた。オレ達を示す白い光じゃなく、赤い光のイメージだ。点滅信号を思い浮かべたら近い。敵だけ色が変わったので、これで距離が近くなって混じっても間違える心配はなさそうだ。


「さて、策を考えないとね~」


「奇襲か?」


「正面からぶつかったら、数が違いすぎるじゃん。相手はこちらの倍、1人で2人殺してやっと並ぶんだから」


 唸りながら地図をにらみつける。地の利を活かした川の攻撃は、さすがに2度も通用しないはずだ。塹壕はほとんどが水没してしまった。つまり身を隠す場所もない戦場で、互いに身を曝け出したまま撃ちあいになる。間違いなく数で負けるし、大量に仲間を失う未来が見えた。


 顔を上げれば傭兵達は武器の手入れをしながら、こちらの作戦会議の様子を窺っている。当然だろう。指揮官(オレ)が無能なら、次の戦いで全滅もあり得た。命が懸かった場面なのだ。


「戦力が足りないよなぁ」


 ぼやくように声を漏らし、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。結んでいた紐が解けて落ち、拾おうとして屈んだオレは動きを止める。見つめる先は影、自分自身の影からこちらを覗き見るブラウだった。ヒジリは足元で尻尾を振っているし、コウコは首に絡みついたままだ。


 聖獣って、戦で使ってもいいんだよね? だってコウコと戦うとき、ヒジリ達は協力してくれたし……回り込もうとした囮連中をやっつけてもらったもんな。


「なあ、ヒジリ。頼んだら聞いてくれる?」


『内容にもよるが、我は主殿の使役獣ぞ』


『あたくしも協力するわよ』


『僕は…』


「うん……ブラウは聞かなくてもいい」


 断るチャンスは与えない。きっぱり言い切って顔を上げた。拾った紐できちんと髪を結い直し、少し高い位置で纏めた。ポニーテールより少し下、頭の中央くらいの高さだ。


「レイル、戦力がまだあった」


 地図の上にいる聖獣を指差す。面白そうな顔で頷くが、彼は意見を出してくれるつもりはなさそう。お手並み拝見とばかりに腕を組んで話を聞く体勢に入った。


「作戦会議するぞ! 手が空いてる人は来て」


 どうせなら全員まとめて説明したら手間が省ける。敵が徐々に近づいている状況で、何度も作戦を練り直す時間はないのだ。説明する側から意見してもらって変更しないと間に合わないと考えたオレに、ジャックやジークムンドのような二つ名を持つ人は驚きを表情に出す。


 この世界で傭兵が使い捨てならば、きっと作戦を最初から説明する指揮官は皆無だろう。すぐに武器を片付けて寄って来た連中に地図を拡大して示した。


「赤い点が敵、白い点が味方。見れば分かるとおり、敵の数はこちらの2倍だ。塹壕は水溜りになったし、足元がぬかるんで戦いにくい上、もう川を氾濫させる手は使えない」


 悪い情報を先に提示しておく。ざわめく彼らを見回して、再び声を張り上げた。


「そこで敵を一箇所に集中させる作戦をとる。敵が散らばったら、数が少ないオレ達は包囲殲滅されてしまう。こことここに塹壕を新たに作る。皆はそこで迎撃の態勢を整えてもらいたい」


 こちらから見るとV字になるが、敵から見るとハの字になる形だ。新しく掘る塹壕の位置を地図に線で引いた。その塹壕に彼らは潜むことになる。もちろん敵を集める囮は中央、Vの尖った先端部分に置く必要があった。


「ここの中央にオレが陣取る。敵にボスが子供だと報せれば、必ず中央へ兵を集中させるはずだ。両側から敵を挟み撃ちで殲滅して欲しい」


「その作戦は1度しか使えないぞ」


「失敗したらどうするんだ」


「どのタイミングで動けばいい? 指示は」


 立て続けに出た質問へ、オレは頬を緩めた。この場に置いて逃げようという選択肢が出てこない。つまり彼らの戦意はまだ高いのだ。この士気の高さを利用しない手はない。


「オレが小さな火花を打ち上げる。それが合図だ。それまで気配を殺して、出来るだけ目立たないように隠れててくれ」


「敵が早かったら?」


 ジャックが不安要素を口にする。


「オレが正面で戦うだけだ」


 あっさり返す。もちろん聖獣で空へ逃げる手はあるし、銃弾を弾く結界も持ってるからほぼ無敵だった。だがそれを口にする必要はない。せっかく盛り上がってる気分を台無しにしてしまう。


「いいのか? そんな杜撰な作戦で。裏切られても知らないぞ」


 呆れ顔のレイルが忠告してくる。


「だからさ~、こうやって作戦会議してる時間が惜しいわけ。塹壕掘りが間に合わないと作戦が無駄だろ。オレがただ敵の前に放り出されるだけになっちまう」


「キヨ……おれは裏切らないぞ」


 なぜかジャックが宣言してきた。ノアも頷いている。彼らを疑う気はないから素直に頷いた。だが周囲の傭兵達はどこか不安そうな顔で互いにひそひそ話を続けている。倍の敵に対して、こんな子供が指揮を執るのだ。前の戦いは運よく勝てたが、今回はわからない。


 簡単に使い捨てにされてきた傭兵だが、彼らだって指揮官が信用できなければ戦場を放棄して逃げる権利くらいあるだろう。


「オレを見捨てて逃げるのも方法だし、敵に合流するのも自由だ。もちろん、作戦通りいって勝つのが一番被害が少ないけどね」


 今から塹壕を掘るとして、魔法でも少し時間がかかるか? どのくらいの魔力量を消費するかわからない上、イメージだけで成功するかもぶっつけ本番だ。正直、不安しかなかった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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