57.我に返ったのに、また囚われる
「そういや戦闘開始の原因って何だったの? 攻撃されたって聞いたけど」
指揮官だし、そこは確認しておきたい。今後の指揮の方法を変える必要があるかもしれない。まともなことを考えながら尋ねると、困ったような顔をしたジークムンドが近づいてきた。
「悪かったな、ボス。作戦台無しにしちまった。あの赤い蛇が襲ってきたもんだから、隠れてりゃいいのに仲間が発砲しちまった」
ばつが悪そうな顔をしながらも申告してきたのは、きっと彼の部下が撃ってしまったのだろう。あとでバレるくらいなら、自分から名乗り出る潔さは彼らしい。
もともとオレは別に叱る気はない。戦場なんて臨機応変だろうから、現場に即した対応をしてくれたら十分なのだ。
「いや、危険なら撃ってくれていいぞ。人命より大切な命令なんてない。自分が殺されると思ったら、命令無視で反撃しろ」
指揮官として異常な発言だったらしく、目を瞬いたジークムンドが「おまえ、本当におかしな奴だな」と呟く。無意識だったのか、慌てて口を押さえていた。
大柄でガタイのいい男の仕草が妙に可愛くて、くすくす笑ってしまう。失礼だとしても止まらない。
「ごめん、笑っちゃった」
「いや……こっちこそ」
まだ普段のペースに程遠いジークムンドのお陰で、とりあえず命令無視の原因がわかった。赤い龍が先に襲ってきたなら、それは驚いただろう。予定外の強敵に、反射的に撃ってしまう気持ちはオレも理解できるし。
「ボス、あんた……いい奴だな」
「おれはずっとあんたの下で戦いたいぜ」
なぜか人気が上がったが、それだけ『紙くず扱いの使い捨て』が酷かったのだと溜め息をついて納得する。オレが生まれた世界では当たり前の人命優先の理論をこの世界で実践すると、そのうち聖人様扱いされそうだ。
あれ? そういやオレの名前って『聖仁』だけど、読み方を違えると『セイジン』になるんじゃね? 今更だけど……いや、前の世界でも考えたことなかったけどね。
そもそも自分の名を読み替えるなんて、普通の奴はしないからな。
「ありがとさん」
みんなとハイタッチしながら、ふと赤い龍の行方が気になった。オレが覚えてるのは、奴の首に巻かれた赤い紐を千切って落ちる途中で、走馬灯のごとく美しいフィアンセの顔を思い浮かべ、現実に引き戻す骨折の痛みに悲鳴を上げた。最後に治癒魔法でサシャが……あれ?
考える人のポーズになりそうな勢いで顎に手を当てて思い出す。うーんと唸りながらひねり出した結論は、あまりに情けなかった。
オレは赤い龍を倒してなくね? アイツ、どこへ消えたんだ??
「ヒ~ジリ~ぃ、ブラウでもいい」
『主殿、奴は必要ない』
『なんで僕はついでなのさ、主』
どちらも別の意味で不満顔の聖獣が飛び出してくる。本当に影から出てくるので、ヒジリのときは影が膨らんで爆発したみたいに見えて面白かった。
「あのさ、赤龍ってどうなった?」
『あれなら返ったぞ』
返った? 帰ったじゃなくて? 言葉のニュアンスがおかしいと気付いたオレに、ヒジリが髭を洗いながら答えた。
『ようやっと正気に返ったでな、近いうちに主殿にお礼にくるそうだ』
「……正気に? やっぱり赤い紐が原因か」
『あの紐はいやな気配がしたよ。僕らは触れないし、触りたくない』
ブラウが目を細くしながらころんと寝転がった。実家の猫そっくりの仕草で、くねくねと誘ってみせる。わかってるさ、あの腹部の柔らかそうな毛皮に誘惑されて手を入れると、蹴り蹴りされてがぶっと噛まれる未来が待ってる。分かってるのに……つい負けて手を入れてしまった。
あざとい、あざとすぎるのに……いつだって猫の誘惑に勝てた試しがない。撫でると柔らかく、気持ちよいと思った瞬間には蹴られて噛まれた。
「痛っ」
『痛いっ、死ぬ、マジで』
なぜかオレよりブラウの叫びが激しい。黒豹に捕獲されて美味しく頂かれる寸前の青猫がいた。牙を立てて噛むので、ブラウが必死にのけぞって脱出を試みる。
「おまえら、本当に仲がいいな~」
嫌がるのを承知で告げると、ブラウを咥えたままヒジリが首を横に振った。あ~あ、痛そう。ヒジリの牙の鋭さを知っているため、想像できる痛みに顔をしかめた。途端にブラウを放り投げたヒジリがぺろりと手を舐める。
「どうしたの?」
『顔をしかめるので、痛いのかと思った』
「ありがとう……優しいヒジリは大好きだ」
ぎゅっと首に手を回して礼を言う。ブラウは治癒能力がないのか、ヒジリだけが傷を治してくれている。今のところ、一番役に立ってくれる部下であり聖獣だった。
ぽんとヒジリに触れて、そのまま寄りかかった。じたばた暴れるブラウの手が触れるが、ここは無視だ。
「我に返ったなら、赤龍がオレを襲う理由はないな」
言った直後に背筋がぞくっとした。もしかして不吉すぎるフラグを立てた……とか?
『襲わないわよ……』
聞いた事のない声の主を探してきょろきょろすると、ヒジリとブラウが同じ方向を見ているのに気付く。視線を追って下を向いて、自分の足元……影に目を凝らした。黒い影が時々もこもこ動く気がするのだ。しかもこう、蛇っぽい鱗が見えたり見えなかったり。
「ヒジリ、もしかしたりする?」
『質問の意味が解せぬが、まあ……おそらくは』
複雑そうな顔で影を睨むヒジリの口に半ば食べられかけるブラウが「どうして僕に聞かないのさ」とじたばた抗議した。だって聞いても無駄そうじゃん? しかも言葉にしたらイジケそうだし。
緊張にごくりと喉を鳴らした。
「襲わないのに影にいる理由をお伺いしても?」
なぜか丁寧な言葉になってしまった。ブラウのときと同じで、周囲に赤龍の言葉が通じないとしたら……オレは独り言多いイタイ奴になってしまう。そのためしゃがんで、小声で語りかけた。
『主殿、距離が近くて怖いぞ。守るためには危険に近づかぬようお願いしたい』
真剣なヒジリの説教に「ごめん」と両手で拝んで謝罪しておく。
「だって攻撃する気なら、もうオレの足とかないと思うんだよね。影から口だけ出して噛まれたら勝てないし」
それって沼地を歩いてたらワニに噛まれたみたいなホラー映像、いやスプラッタ映像だぞ。逃げようがないだろ。淡々と指摘するオレは、しゃがんで聖獣達と会話しているように見えるらしい。皆が放っておいてくれる。まあ、聖獣と会話は間違っていない。
『あたくしは主人をかみ殺す狂犬じゃないわ~、今回の攻撃はあたくしの意思じゃないもの』
軽い口調で話しかけられ、気軽に「そっか~」と返しそうになった。ちょっとまて、もう契約が済んだってどういう意味だ!? ここの聖獣連中はそろって非常識なのか? それより自分の意思じゃない攻撃も聞き捨てならん。
「あの赤い紐が何か魔法の道具だったのかな? 保管しておけばよかったな」
『僕が回収したよ』
「えらい! ブラウが珍しく仕事した!」
『……失礼じゃない? うっかり紐を切り刻んじゃうかも。ああ、リボンで遊びたくなってきたな~』
脅しをかけようとしたブラウだが、現在の状況を忘れている。彼はヒジリに噛まれたままだ。念話だから完全に失念しているらしい。
「いいよ、ヒジリ……ぐさっとやっちゃって」
にやりと笑うオレに、ヒジリもにたりと返した。ぐっと牙に力を入れると、青い猫がじたばた暴れ出した。
『嘘です! 出します! 返しますぅ!!』
暴れるブラウに満足して、ヒジリにアイコンタクトする。賢い彼はしっかり理解して牙を少しだけ緩めてくれた。
それにしてもだ。聖獣という生き物は、カミサマ以上に自分勝手な生き物らしい。
意識がない人間を魔法陣で囲って強制的に契約したり、ヲタ専用セリフを連発で契約させられちゃったり……3度目は『契約済み』ってか。ヒジリの時とパターンがほぼ丸被りだった。カミサマを名乗るあの子に命令でもされたんだろうか。
戦って叩きのめしたら仲間になる――あ、ゲームで見た『テイム』ってやつか。
確かに戦ってからいつも仲間になるし、そのあとで名前も付けてるから、ほぼ間違いない。だが、残念ながらオレはPCゲームは弱かったし、詳しくない。
『あたくしに可愛い名をつけるといいわ』
上から目線なのがよくわからないが、まあ龍は空中に住んでる(?)からいつも人を見下ろしてるし、これが普通のスタンスなのかも。
『主ぃ~、これはあのパターンですね』
「せーの『赤龍が仲間になりたそうにこちらを見ている!』」
ブラウとハモる。
「選択ボタンがないけど、まあいいか」
よっこらせと立ち上がった。少しばかり考えてしまう。ヒジリはオレの名をもじり、ブラウは青を意味するドイツ語、赤に関する格好いい……間違った、本人希望の可愛い名前を考えないといけないか。一人称が『あたくし』で、可愛い希望なら女の子系がいいだろう。
細長い蛇みたいな形は、中国の龍っぽくていい。だとしたら和名?
「赤……アカ、朱色は違うし、紅か。『くれない』はカッコいい気がする。他の読み方か、『ベニ』『コウ』希望のあった?」
『コウは可愛い気がする』
可愛い気がするが、何か違う。言わなかった部分を読み取ってしまい、日本人って空気読むんだよな~と変な方向へ考えがズレた。そうだ、いっそ女の子!って響きにしよう。
「紅子! コウコでどうだ!!」
『そっち!!』
なんとか納得させる名前が出た。そういう意味じゃ、ブラウの名は考える間もなく決まった。ヒジリのときも真剣に考えたけど、今後を考えると名前を先に……いやいや、おかしいだろ。まだ仲間になってない奴の名前を考えておくとか、どこの自意識過剰君ですか。
セルフ突っ込みで百面相するオレを、ブラウがジト目で見ていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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