56.卑怯でも勝ちは価値
「水が来るぞ!」
最初に叫んだのは敵だった。距離が近い分気付くのが早いようだ。人為的に溢れさせた川の水が大量に押し寄せ、残った北の兵を襲う。
「よしっ! この塹壕より後ろに下がれ」
まだ戦っている味方に叫ぶ。口々に伝達しながら駆けもどる連中が塹壕に渡した橋を超えてきた。魔法で作った橋は大人2人が並んで歩ける程度の幅だが、そこを彼らは勢いよく駆け抜ける。
「おれで最後だ」
ジークムンドが断言した直後、オレは魔法で作った橋を落とした。敵が数人乗っていたが、容赦なく破壊する。周囲の土を固めて作った橋が消えると、深い塹壕の中に水が流れ込んだ。溺れる敵兵と、向こう側で混乱している連中を見ながら、最後の指示を出す。
「撃て」
躊躇うことはない。端的で聞き間違いようがない言葉で下した命令に従い、最初に発砲したのはライアンだった。狙撃手として優秀な彼の銃弾は、あたふたしている敵の頭にヒットする。
それぞれに銃を取り出した傭兵が続いた。一方的に安全な場所から敵を撃つ。
卑怯な手段に見えるが、命をやり取りする戦場では『戦術』のひとつだった。少なくとも兵の命を預るオレは仲間を生かして連れ帰る義務があるのだから。
動く敵がいなくなったところで、オレも銃を下ろした。
「お疲れ」
ぽんとジャックが頭に手を乗せ、乱暴にぐりぐり撫でる。揺れる視界で確かめた先で、ジークムンドがサムズアップしていた。
川は流れがおさまり塹壕から多少溢れたものの、ひたひたと足元を濡らす程度だ。レイルの絶妙な計算に苦笑いが浮かんだ。完全に沈んだ塹壕の上に再び橋を渡す。ライフルをしまったライアンは拳銃で、敵兵に止めをさしていた。
「ジャック、キヨは熱があるんだぞ」
乱暴な扱いに文句をつけるノアのオカン気質は健在だった。ジャックから取り戻すように抱きかかえ、サシャがいるテントへ引き摺られて行く。
「ボス、いい腕だ」
「さすがだ」
声をかけて褒めてくれる傭兵達に、にこにこ笑顔を振りまきながらテントに入った。ほとんど抱っこ状態でベッドの上に下ろされる。靴を脱がされ、ベルトを緩められた。上掛けをかけてから、ノアはようやく口を開く。
「もう寝ろ。全滅の指示はおれが徹底させる」
二つ名を持つ傭兵の確約に、オレは反論せずに任せることにした。信頼を見せるのもボスの役目だろう。オレが知る映画の指揮官は、部下を信頼して任せてたから。きっと彼らも頼られた方が嬉しいんだと思う。
「うん、よろしくな」
「任せろ。しっかり休めよ」
冷たい氷を包んだタオルを額に乗せると、ノアは頬を緩めたまま出て行った。見送ったオレはひとつ欠伸をする。
「レイルに預けた魔法陣、結局使わなかったな」
ぼやくように呟くと、預ける時から見ていたサシャが話しかけてきた。
「あれは避難用だったのか? 随分と奮発したな」
「何言ってるの、安いじゃん。命より大事なものはないからね」
絶句したサシャに首をかしげる。だってそうじゃないか。人の命は後から取り戻しようはないが、魔法陣なら働いて買って返すことも、自分で作ることも出来る。どちらが重要か尋ねられたら、オレは命をとるぞ。これは殺伐とした今の世界だろうと、前世界であっても同じだ。
ああそうか、前にジークムンドだったか誰かが言ってた。傭兵の命は使い捨ての紙くずの扱いだって――オレが思うに、シフェル達はそう考えていない。他国の状況までは知らないが、皇帝の夫候補の貴重な異世界人を、使い捨ての駒に預けるわけがないはずだ。
「あ、ヒジリとブラウ……」
『主殿、もう影に戻っている』
『しっかり寝てね、主』
意外とちゃっかり者の2匹に苦笑いしたところで、再び欠伸が口をついた。反射的に手で口元を覆うと、隣のベッドで休んでいたサシャが「お前、本当に育ちがいいんだな~」と感心したように呟く。
「どこが?」
尋ねたオレに、サシャは寝返りを打って天井を見た。
「欠伸をするときに口元を押さえただろ。あんなの、貴族くらいしかしない」
「ふーん。オレのいた世界だとマナーだから、ほとんどの奴がして、た……」
ふっと眠くなる。一気に力が抜ける形で、話の途中で意識が途絶えた。寝オチしたオレの肩まで、しっかり上掛けをかけてくれたサシャは、くすくす笑いながら呟いた。
「コイツになら命預けてもいいか」
結局、起きたらすべて終わっていた。戦場の死体は地面の塹壕に埋められてるし、敵の武器は戦利品として傭兵達のボーナスになる。軍や騎士から回収命令が出るかと思ったら、敵の武器は倒した奴がもらう権利があると言われた。
意外と高性能な武器があったようで、ジークムンド達が大喜びだ。
「ボス、一緒に飲むか?」
戦場で勝利の美酒ですか~と思ったオレだが、さすがに彼らはプロだった。敵を排除したとはいえ、帰還前に飲酒は厳禁らしい。収納から出したコップに注がれた中身は、濃くとろ~りとしたコーヒーだった。
苦そうだ。中身を睨みつけていると、がははっと笑ったジークムンドが砂糖片手に近づいてきた。
「ボスはまだお子様だから、砂糖がいるか?」
うん、わかりやすい揶揄われ方だ。酔っ払いが絡むような言葉に、にっこり笑顔を向けた。怒ってかかってくると思っていた彼が動きを止めた隙に、一気にコーヒーを飲み干す。
「うっ、意外とイケる」
苦いと決め付けて一気飲みしたオレだが、思っていたよりまろやかだった。もっと味わって飲めばよかったと後悔しかけたオレに気付いたのか、ノアが上からコーヒーを追加してくれる。
「ありがと」
「コーヒーは魔力で味が変わるんだ」
にやにやしたジャックが肩を組んで話しかけてくる。やっぱり彼も酔っ払いの絡み方だ。なんだろう、一部の連中に対し、このコーヒーは酔っ払い成分が回るのか?
「味が変わる?」
「同じコップから分けて飲んでも、魔力が充足してる奴は苦く感じるし、不足してる奴ほど甘く感じる」
ノアが説明しながら2杯目をくれたのは、そういう理由がある為らしい。つまり苦そうな漆黒の液体が美味しいと感じたなら、オレの魔力はかなり減っているって意味だ。さっき話してる間に寝オチしたのも、魔力の使いすぎと疲労が原因だろう。
この世界に来て、魔法使えたり収納魔法あるし、蔦で襲う薔薇やドラゴンがいて、今回のコーヒーみたいな飲み物があったり、不思議なことが沢山ある。しかし……なんだろう。最初のカミサマの話とえらく違わないか?
不思議な『騙された感』がじわじわと侵食してくる。
獣人がいると言われているが、まだ獣耳とか見ていない。もしかして獣分類ならぬ属性だけ? ケモミミとの触れ合いはないのか。嫁候補に黒猫の耳とか似合うと期待してたんだが?! いや、竜属性だけども。
うーんと唸りながら、2杯目を飲むとさっきより少し苦い。魔力が戻ってるとしたら、このコーヒーはもしかして回復薬か何かかも。ファンタジーで言う魔法薬的な感じだ。
「どうした? 変な顔して」
「うん、違うなと思ってただけ」
もっとファンタジーな世界だと思っていたし、オレが知ってる異世界は銃もないし魔法で戦うイメージだった。エルフとかケモミミがいて、もっと……こう、中世の世界観で。前世界の料理知識だけで持て囃されたり、何でも出来る能力をもらってハーレム作れたりすると思ってた。
いや、ハーレムは言葉のあやで……オレはリアムだけいればいいけど。やだ、自分で考えても照れる。リア充爆発しろと思ってた過去の自分こそ、爆破して消し去りたい。
「よくわからないが、撤収の合図を出して欲しい」
顔を赤くしたり青くしたり忙しいオレの様子を、彼らは疲れから来るアレコレと都合よく解釈したらしい。他に考えようがないのだと思うが、さっさと連れ帰って眠らせようと考えるのも当然だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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