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55.決着はあっけなく

※後半は殺害シーンがあります。

 レイルが魔法陣を手に姿を消すと、ジャックが噛み付いてきた。


「本当にあいつに任せる気か?」


「うん」


 手招きして、屈んだジャックの頬傷に手を這わせる。眉をひそめてじっとしているジャックへ、真剣な目で言い切った。


「オレを信じるなら、任せてくれ」


 心の中で、やだ男前のセリフじゃん…とか思ったのは内緒だ。じと目のブラウもさすがに場を読んだのか、余計な発言をしなかった。諦めたらしいジャックが身を起こす。彼の頬に当てた手がするりと離れた。


 ぽんと頭の上に手を置かれて、少し乱暴に撫でられる。


「わかった。だがお前、熱があるぞ」


「熱?」


 心配そうなノアが近づいて、額に手を当てた。ひんやり冷たく感じるってことは、多少発熱してるかも知れない。


「戦争中に発熱ぐらいで指揮官が寝てるわけにいかないっての」


 気持ちは有り難いが、撥ね退けるしかない。この作戦の肝は、現場に立つオレの状況判断と采配なのだ。足元がフラつくことはないので、そのままテントの外に出た。遮音機能が高いのか、外は叫び声や怒号がすごい。


「よし、出るぞ」


 言い置いて走り出す。後ろをヒジリが走りながら、ひょいっとオレの服を摘んで背中に放り投げた。乗れと態度で示され、素直にヒジリの背に跨った。走り抜けるヒジリの爪が、敵の中に道を切り開く。隣で併走するブラウが、味方を襲う北の国の兵に飛び掛った。


 敵味方が入り混じった戦場では、銃がほとんど役に立たない。撃てば敵に当たるかも知れないが、逆に味方を攻撃する可能性も高いのだ。自動的に武器は原始的な物に限られた。ナイフや剣だ。鎧はないが、中世の戦場みたいだった。


 取り出したナイフを右手に握るが、まだ少し痺れている。指先が自由にならない状況に舌打ちし、左手に持ち替えた。間違って落とさぬよう、取り出した包帯で腕にナイフを縛りつける。


「あの子供を狙え!」


 向こうの指揮官らしき男がオレを指差した。どうやら赤龍と戦った際に「ボス」と呼ばれたため、オレが頭だとバレたらしい。にやりと笑って、ナイフを引き寄せた。


 あの男が叫んだお陰で、オレの標的が判明した。他の雑魚はジークムンドやジャックに任せ、オレは真っ直ぐに敵の指揮官である黒髪の男を目指せばいい。


「ヒジリ、あいつだ」


『承知した、主殿』


『僕が切り開く』


 標的がはっきりしたことで、ブラウが隣から先へ位置を変更する。鋭い爪と牙が北兵を排除していく後ろから、オレもナイフを揮った。ヒジリは敵を倒すことよりオレを送り届ける足になると決めたようだ。最低限邪魔になる奴以外は無視して通り過ぎる。


「あと、すこし!」


「ひっ……来るなっ! 化け物が!!」


 叫んで滅茶苦茶に剣を振り回す男の前で、オレはヒジリの背から飛び降りた。指揮官の隣を走りぬけたヒジリの爪が、男の足を切り裂く。悲鳴を上げて蹲った男の黒髪を掴み、強引に顔を上げさせた。彼の手にあるナイフを弾き、返す手でそのまま首を掻ききる。


 ぱっと赤い血が吹いた。噴水のように出続ける血が、ピュ、ピュ、とリズムを刻みながら噴出す。眉をひそめて距離を取ったオレの後ろから、別の気配が近づいた。


「キヨ、後ろ!」


『主殿』


 叫んだジャックとヒジリに、にやっと笑ってみせる。同時に身体を沈めてナイフの刃を掻い潜り、後ろへ転がってから立ち上がった。さっきの黒髪の指揮官は動かない。完全に息の根は止めたはずだ。


 目の前に飛び出した北兵は、ジークムンドに匹敵するガタイだった。大きくて喉まで手が届きそうにない。喉を切り裂く方法は使えないので、仕方なく狙いを切り替えた。苦しんで死ぬことになるから、あまり狙いたくなかったんだけど……。


 ぐっとナイフの柄を強く握る。しっかり(つか)があるナイフを選んだのは、混戦では投げナイフは役に立たないと教えてくれたレイルの影響だった。彼の持論によれば、柄がないナイフは自分自身の手を傷つける可能性が高い。混戦では使用しないよう注意された。


 確かに混戦になれば、返り血でナイフのハンドルを掴む手が滑る。自分の指を切り落とす危険性を考えると、確かに柄は必要だった。事実、左手のナイフを包帯で縛り付けていなかったら、濡れた手が滑るだろう。


「このガキが」


 罵りの言葉はレパートリーが少ないな、だいたい同じような言葉を向けられる。のんきにそんなことを考える余裕があった。相手の動きがスローモーションのように見え、これから振り下ろされるナイフの軌道まで読める気がする。


 レイルが様々な相手とナイフ戦の練習をさせてくれたのが、役に立っていた。教官として、彼は本当に優秀で実践的だった。右手にナイフを呼び出し、左手の滑り止めに使った包帯を切る。


「定番すぎるっての」


 傭兵が使う不規則な軌道ではなく、訓練された軍人のナイフは読みやすい。小さな身体を活かして前に飛び込んだ。普通は刃を向けられたら足がすくんで動けなくなるが、オレは同様の訓練を散々やらされた。おかげで考えるより先に身体が動く。


 飛び込んだ先で、大きな(まと)に全体重をかけて左手のナイフを突き立てる。すぐに右手のナイフを構え、腹部にも2本目を刺した。空になった左手に、投げナイフを出す。


 飛び退って距離をとったオレの手が、バネのように勢いをつけて振り抜かれた。投げる際に上から下へ振る方法が一般的らしいが、オレの場合は身長が足りない。そのまま下へ振り抜けば、敵の下半身に刺さるのだ。欠点を補うため、レイルが教えた方法は下から上へ、逆に投げる方法だった。


 今刺した男の後ろにいた別の兵に突き刺さる。うまく喉に刺さったナイフが真っ赤に染まった。


「よしっ」


 拳を握って呟く。左手に包帯を巻いてから、新しいナイフを取り出す。最初からこうすればよかったのだが、滑り止めなら手に包帯を巻いたほうが効率的だった。手に縛り付けると落とさないが、突き刺したあとに離脱できなくなる。


 返り血に濡れた手の赤を吸った包帯が、じわりと色を変えていく。


 高揚したり罪悪感に苛まれたりは、まったくなかった。ただ不思議なほど心が落ち着く。運動量は多いのに、鼓動が鎮まっていく感じがした。


『主殿、ご無事か』


「おう、ヒジリ。指揮官と2人くらいやったが、あとは何人だ?」


『……まあ良いか。あと15人だ』


 魔力で敵を感知するため、聖獣の答えは正確だ。どうやら味方が頑張っているらしく、敵は半数に減っていた。


「うぉおおお! しねっ、この悪魔が!」


「これは初めてだ」


 今までにない罵りに、ちょっと感動しながら数歩さがる。それだけで敵がたたらを踏んだ。きちんと利き足に体重が乗せきれていないと冷静に判断しながら、無防備に晒された男の首を切り裂く。返り血が飛ぶ前に数歩横に足を進めた。


 周囲はジャック、ノア、ライアンが守ってくれている。オレが戦っている間に駆けつけた彼らが、それぞれ1人ずつ組み合っていた。特に危ない感じはないので任せ、オレはナイフの回収に向かった。


 さきほど胸部と腹部に刺した男はまだ息がある。見下ろすオレは無表情だった。最初の刃は首に届かないと判断した時点で、一番狙いやすい高さの胸を狙った。しかし心臓に届かないので、肋骨の隙間を滑って刺さる。2本目は出血を促すために腹に刺した。


 前の世界で聞いたことがある。腹の出血は内臓の機能を阻害するらしい、と。だからすぐに処置しなければ、最終的に死んでしまう。


 ゆっくりしゃがんで、もう虫の息の男の腹部からナイフを抜く。血が付いたまま収納口へ放り込んだ。胸に刺した方は深く、柄まで刺さっていた。体重と勢いを利用した刃を抜くのは一苦労だ。


「とどめさすから」


 男の肩に足をかけ、のけぞるようにナイフを抜いた。すっぽ抜けたナイフについた脂と血をシャツで拭い、男の喉を切る。ごぽっと赤い血が口をついて、男の苦しそうな呼吸音が止んだ。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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☆・゜:*(人´ω`*)。。☆

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