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54.オレのために争わないで

 腕が元に戻ってる。目が覚めるなり確認したのは、腕の角度だった。ヒジリに噛まれた際に支点となった肘あたりで、あり得ない方角に折れてたからな。いくら慣れてきたとはいえ、痛いものは痛い。


「……水ぅ」


「起きたか、キヨ。ほら」


 ジャックが手荒に起こして水のカップを口元に当てる。ちょ……流し込んだら窒息するから! 焦って飲み込もうとして失敗し、派手に(むせ)る。水がばしゃばしゃと身体にかかった。


「みていられないな」


 治療して魔力を使い果たし、やはり隣で寝ていたサシャがダルそうに身を起こす。見回した景色はテントの天井だった。オレ以外でテントを収納できるのは、レイルとノアぐらいだ。意外とかさばるので魔力量が物を言うらしい。


「ノアのテント?」


「いや、レイルだ」


 苦々しい表情で告げるジャックは、どうしてか彼に苦手意識があるようだ。情報に関しては信用してるくせに、やたら突っかかる気がした。その辺は個人の事情だと思うから、深く気にしなかったが。


「レイルが来たの?」


 今回は来られないからオレに全滅を頼んだんじゃないのか? 唸るオレの髪をジャックがぐしゃりとかき乱した。


「先に休め」


「起きたばっかりだよ。それより戦況はどうなった? もう終わってるとか」


「いや……まだだ」


 ばさっとテントの入り口をくぐった男が声をあげる。顔を見るまでもなく、真っ赤な髪色で誰だかわかった。しかめっ面の情報屋はオレに近づくと、乱暴に前髪を掴んだ。


「何寝てるんだ」


「オレだって寝たくて寝てるんじゃない」


 むっとして言い返すと、レイルの薄氷色の瞳がわずかに和らいだ。こういう変化に気付けるかどうかだと思う。身内認定した奴にはとことん優しくて面倒見がいい男なのに、わかりづらい態度をとるから敵を作るのだ。


 乱暴な仕草に苛立ったジャックがナイフを抜く。オレと引き剥がそうと威嚇するつもりだろうが、ナイフを選んだのは不味かった。ナイフ戦なら、オレが知る限りレイルが一番だ。


「キヨから手をはな……っ」


 最後まで言い切らないうちに、レイルが無造作に右手を振った。彼の袖には小型のナイフがいつも隠されている。収納魔法が使える彼も、オレのように収納口を自由に出現させることは出来なかった。だから常にナイフを数本身につけている。そのうちの1本だった。


 キンッ、甲高い音でジャックのナイフが撥ねられる。


「おれに刃を向けるな。次は殺すぞ」


 物騒な物言いをするくせに、レイルは本気で怒っていない。本気ならナイフを弾かず、ジャックの腕を切っただろう。そういうところは容赦ないタイプだと思う。


 やっぱりここは、このセリフで行きたい。


 ケンカをやめて、2人を止めて。せーの!


「オレのために争わないで!」


「「「はあ?」」」


 あら~、当事者だけじゃなくサシャまで加わったか。


「前の世界で有名な歌詞だったんだよ、一度使ってみたくて」


 正確には女を取り合う男2人に向けるから、私なんだけど。この場合、元ネタ知ってる奴がいないから問題ない。


『主、そこは私では?』


 あ、元ネタ知ってた。ブラウがちらりと視線を向けてくるが、口元に指をあてて「しー」と封じておく。よくみれば影から半分身を乗り出したヒジリもいた。


「お前ら、戦場放り出して何してるの。赤龍は?」


 まさか本当に全部放り出して来たんじゃないだろうな。そんなニュアンスを感じた彼らは、顔を見合わせてから溜め息を吐いた。すごくバカにされてる気がする。ヒジリの(ひげ)を引っ張ると、大きな肉球による猫パンチが飛んできた。


 さっと手を引いて避ける。


『主殿、髭は急所ぞ!』


「オレの腕を噛んだくせに」


『あのままでは間に合わぬのだから、仕方あるまい』


 確かに地面に激突するのと腕一本なら、迷う余地はなかった。助かった今だから文句を言えるのだ。それでも我が侭承知でヒジリに飛びついた。すべすべの黒い毛皮を撫で回しながら、首に手を回して抱きつく。


「助かった。ありがとう……でも次は別の方法でお願いします」


『……善処しよう』


 今の前半の間が、ヒジリも多少は悪かったと思ってくれたらしいと伝えてくる。頬ずりしていると、反対側からブラウが擦り寄ってきた。なにこのもふもふ天国!


「幸せそうなところ悪いが、まだ戦闘中だぞ」


 首根っこ掴まれて、レイルに捕獲された。苦笑いする彼の雰囲気はさほど怒っている感じじゃなく、仕方ないと達観したような柔らかさがある。


「状況説明を」


 仕事に絡んだ話なら、仕事モードで聞く。オレの態度に彼は納得した様子で、ベッドの隣にどかっと勢いよく座った。


「地図出せ」


「ん」


 オレの地図を手にしたレイルが唸る。通常の地図は上下の方角が決まっているが、オレは使いづらいのでカーナビを参考に魔法で弄くった。つまり現在の方角が自動で上に表示される。その上、現在地機能があると知ったため、周囲の敵や味方を光る点で示していた。


 これはまだ改良が必要だ。ヒジリの使った魔法を見て真似したんだが、敵も味方も同じ色で出てきてしまった。ヒジリは敵だけ表示したから問題なかったが、オレのように両方の陣営を表示するなら色分けは今後の課題だ。


「これは地図だけで一財産だぞ」


「そう? 敵と味方をどうやって区別して表示するかで悩んでるけどね」


 改良の余地があると告げて、自分の位置を確認した。大量に光る地図の上では、いくつか消えたり霞んだりしていく点がある。けが人と死人、か? 地図のだいぶ手前に三角の現在地が点滅した。


「戦闘時間は?」


 言外に意識を失った時間を尋ねる。レイルは無駄口を叩かず、一言で返した。


「25分前後」


「こっちの損害は?」


「2人。離脱が5人」


 レイルが端的に数字を示す。その意味は死人が出たということ。悼んでいる時間が惜しいので、後でしっかり謝ろうと決めた。今はこのまま数字として受け取る。


「敵の数」


「おれがテントに入った時点で、37人」


 こちらの数が少し上回っている。情報を与えて興味深そうに待っているレイル、腕を組んで不満顔のジャック、サシャは眩暈が酷いらしく目元を押さえて横になった。


 考えろ、1人でも多く味方を連れ帰り、敵を皆殺しにするのが仕事だ。


 動ける傭兵が42人前後、サシャは除く。ヒジリとブラウ、オレも含めたら45人。レイルは数に入れない方がいい。正面からぶつかっている戦線は25分立っているなら、膠着(こうちゃく)状態という意味だった。敵の実力はこちらと拮抗している。


「ヒジリ、さっきの赤龍がまた乱入する確率は?」


『皆無だ』


「よし、きめた」


 地図の上に指を滑らせた。川が左上にあるから、水は地図の右下へ流れる。一番点が集中している地点より少し上に、深い塹壕があった。これは使えるだろう。


「水が来る左上の川へ敵全体を押し戻す。戦線を一気に押し上げるぞ。その上で溢れた水に溺れる連中を、遊撃隊が叩く。遊撃隊はオレが指揮を取る」


 左上の川と平行に指で線を引いた。そこは激戦になっている場所より少し上だ。ここまで戦線を押し上げないと、洪水を効果的に利用できなかった。しかも溢れた水を押し留める形で横に掘られた塹壕が、こちらの陣営を守ってくれる。


 水の勢いが深い塹壕で一度和らげば、こちらの傭兵は逃げる時間を稼げるはずだ。遊撃隊はオレ、ブラウ、ヒジリ、あと数人いればいい。転移魔法陣を使い捨てることになるが、命には代えられなかった。


「このあたりに……」


 手を突っ込んで魔法陣を引っ張り出す。薄い絨毯状の巻物は、大人が2人くらいしか使えない小さな物だった。1対になった絨毯を確認し、1枚をレイルに渡す。


「これ、沈まない場所に設置してくれ」


「おいおい、おれに預けていいのか? そこのジャックが食いつきそうな顔してるぞ」


 からかうレイルの人の悪さは、もう性格だ。嫌味を口にするのが普段から当たり前なのだろう。それを気にするような神経は持ち合わせないから、平然と切り替えした。


「問題ない、レイルは契約を裏切らないからな」


 目を見開いたレイルが大声で笑った。苦しそうに笑いを収めながら、オレの手から絨毯を受け取る。


「ここまで信じられたら、裏切れねえよ。ったく、面白い奴だ」

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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☆・゜:*(人´ω`*)。。☆


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