53.新たな聖獣に襲われた
敵陣の真ん中に、巨大な蛇が飛び出した。
『主殿、赤龍だ』
「うん……本当に赤いな」
真っ赤な鱗が陽光を弾き、まるで燃えているように見える。大炎上中の龍は長い身体をくねらせて、なぜか傭兵達へ攻撃を仕掛けた。逆鱗があるあたりに、何かが光る。
なんで聖獣が敵なんだ? 全員味方だと考えるほど甘くないが、突然このタイミングでケンカを売られる理由がわからない。ファンタジーの竜みたいにブレスを吐くことはなく、巨体を利用しての物理攻撃が主体だった。
「うわっ」
「逃げろ」
声を掛け合って逃げ回る傭兵に、容赦なく敵兵の攻撃が襲いかかった。放置するという選択肢はない。彼らはオレの部下だ。水筒に魔法で水を満たしてから、ノアに返した。
「聖獣はオレが引き受ける! あとは任せた」
言うが早いか、ヒジリの首に手を当てて飛び乗る。心得たヒジリが駆け上がり、空を飛んだ。ぶわっと胃の辺りが持ち上がる。高揚感に似た気持ち悪さとも近い、急速に落ちた時のような感覚が身体を襲う。
「ヒジリ、赤い奴の弱点は?」
『冷たいものが苦手だ』
「じゃあ氷だ」
氷を作って投げても、聖獣に当たる前にかき消えてしまう。攻撃に魔法は使えなかった。だが魔力なら効果があるのは実証済み。魔法で作った水を、悪戯したヒジリの上に落とすことも出来た。ならば、大量に作った氷水をアイツの上に放り出せばいい。
氷を生み出し、周囲を水で囲った。中の氷を砕いて水を一気に冷やすと、龍の上で解放する。重力に従って落ちた氷水は、龍の頭から身体の上半分をぬらした。身をくねらせて口を開く。苦しそうな感じがするから、やっぱり冷たいものが効果的らしい。
「よしっ」
氷水はそのまま下の傭兵や敵兵の上にも降り注いだ。
「あ、キヨ!」
「ボスだ」
突然の聖獣攻撃に困惑していた傭兵達が勢いを取り戻す。そもそも聖獣の数で言うなら、2匹いるこちらが上だった。青い猫が宙を駆けて隣に並んだ。威嚇するように毛を逆立てる姿は、意外と頼もしい。
「ブラウ」
『主、やつの尻尾を封じる』
答えを待たずに飛び出したブラウが、赤い尻尾にしがみ付いた。噛み付いて離さないブラウの爪が、尻尾の鱗を引き剥がす。痛むのか身を捩る龍が必死に猫を落とそうと暴れた。
『あの尻尾で叩き落される心配は消えたぞ』
「やだ、イケメン猫じゃん」
身を挺して主を守る。格好いいことしてるな、ブラウ。
ほかに弱点がないか探すオレに、ヒジリが注意を促す。きらりと喉の下が光る。ここは先ほども光っていた。龍だけに逆鱗の位置かと思ったのだが……よく考えたら何か変だ。逆さに生える鱗だからって、目立って光るわけじゃないよな? 触れられるのを嫌がる場所なら、隠されているのが普通だと思う。
『主殿、赤龍の喉に……』
「何かついてる?」
そこで気付いた。さきほどから暴れる龍の声を聞いていない。ヒジリ達のような念話はもちろん、咆哮すら聞こえないのだ。こんなのおかしい。
「あれを外す」
『承知した』
黒豹の背に伏せてしがみつく。顎を開いて襲い掛かる龍の下をくぐり、一気に距離を詰めた。ヒジリの上に立って手を伸ばす。あとすこし……だが、届かなかった。
『主殿、一度戻るぞ』
しかたなくヒジリにしがみ付いた。艶のある黒い毛並みは気持ちよく、滑りやすそうだが落ちる恐怖はない。下を見れば、赤龍が離れたことで戦いやすくなったのか。傭兵達が押していた。
ほっとして、再び赤い龍と向かい合う。尻尾を地面に叩きつけ、なんとかブラウを引き離そうとするが、根性を見せる青猫は器用に身体の向きを変えて衝撃を受け流した。
まだ余裕がありそうだ。
「頼むぞ、ヒジリ」
『主殿、次は上からいく』
先ほどと違うアプローチで赤龍の上を通過した瞬間、ひとつ息を吸って飛び降りた。胃がせり上がる不快感と、どこまでも手が届きそうな万能感が襲ってくる。収納空間の口を開いて、ナイフを取り出した。足から着地したオレは、体重をすべてかけた刃を突き立てる。
「キヨ!? なんて無茶を!!」
「危ないぞ、ボス。逃げろ」
叫ぶジャックやジークムンドの声が、いやに近く聞こえた。鱗の隙間に差し込んだ刃が、滲んだ赤い血で滑る。両足を踏ん張って、もう一度刺し直した。
咆哮をあげて暴れる場面だが、やっぱり声は聞こえない。人の耳に届かない音域なのだろうか。ナイフを置いて、身体の位置をずらす。もう1本突き立てて足場を確保すると、身を起こして飛びついた。喉の辺りにある首輪のような紐へ手を伸ばす。
「うわっ」
ダンっ! 尻尾を大きくくねらせて暴れる赤龍が地面を叩く。その勢いでずるりと身体が滑った。とっさに鱗にしがみつくが、指がうまくひっかからない。後ろの地面はかなり遠く、振り落とされたら命はなさそうだった。
最悪、見事なミンチだろう。ヒジリが受け止めてくれるといいが……他力本願の現実逃避を始めたオレの指に、鱗が1枚ひっかかった。
「……嫁出来た途端に、死ぬフラグとかいらん」
うっかり死ねるか。どんなにみっともない様を晒そうと生きて帰る! 黒髪の美人を嫁にして、周囲に羨ましがらせるんだ! 覚悟を決めると生き残ろうと足掻く本能が蘇った。
思いっきり掴んで身体を支え、逆の手に取り出した予備の予備ナイフを龍に刺す。そのナイフを支点に身を支えたところで、目の前にある紐に目を見開いた。鮮やかな赤い紐は鱗に近い色をしているが、どこか禍々しい。
『主殿っ』
ヒジリが助けに駆けつけようとするが、赤龍が威嚇して噛み付こうとする。そのたびにオレは左右に大きく揺られて、落ちる恐怖を味わっていた。
再び身を揺する龍から落ちそうになったオレは、目の前の紐を両手で掴んだ。空中を泳ぐ龍の首にぶら下がる子供に、下で傭兵達の声があがる。
「飛び降りろ、キヨ!」
「受け止めるぞ」
「ボスが危ない」
しかしオレは、反射的に手首へ紐を絡めていた。しっかり巻きつけた紐が食い込んで痛い。振り落とされないよう掴んだ紐が、伸びて……ゆっくり千切れ始めた。暴れる赤龍の勢いと、オレの重さが原因か。下を見れば、受け止められる高さじゃない。
ビル数階分の高さは眩暈がするほど高く感じた。
「……リアムぅ……」
情けない声が口をついて出る。最期に呼ぶのが妻 (予定は未定)の名前って、いやなフラグだな……。そんなことを考える余裕はないのに、余計なことに意識が流れた。現実逃避の一種かも知れない。
このまま落ちたら、ザクロだろうか。リアムが縋って泣けない死体になってしまう。オレにザクロのフラグ多すぎね? マジでザクロ危機ばっかりじゃん。
みちっ、不吉な音がして手が軽くなった。紐が切れる音は聞こえなくて、ただ手首を圧迫する痛みが消えたことに気付く。手首に絡めた赤い紐をもったまま……オレは落ちた。成す術もなく、子供が空中から降ってくる。下の傭兵達はちゃんと避けてくれるといいが。
なんて考えていたのは、最初だけでした。誰でもいい、オレの下敷きになって助けてくれ!
「うぎゃぁぁあああ!!」
『主殿っ!』
叫んだヒジリが全力で走る。助けに来てくれるのか? この黒豹もイケメンすぎる。空中を走る黒豹が上から近づいてきて、地上へ背中を向けて落下するオレの腕を噛んだ。ぐっと牙が食い込み、激痛と同時に嫌な音が響いた。
「いでぇ!!」
ぼきって変な音がした。いま絶対に骨折れたぞ! ふざけんな、他の助け方はなかったのか!? 文句を心の中で叫んだオレだが、噛まれた右腕を中心にぶら下がった足に何かが触れる。
「キヨっ! 生きてるか?」
「うわぁ……」
「ボスの腕が変な角度に曲がってるぞ」
様々な声と同時に、足に触れていたのが誰かの手だと気付いた。そっと離したヒジリの支えがなくなったオレは、下で待ち受ける傭兵に受け止められる。
「治癒できる奴は?」
「おれがやる!」
ジークムンドは背を向けてまだ銃撃戦を繰り広げており、陰になった場所に駆けつけたサシャが大急ぎで治癒魔法を施す。じわりと右腕が温かくなり、ほっとしたところで意識が途絶えた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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