52.全滅させるから
耳元の赤いピアスに指で触れながら、ジャック達に尋ねる。
「なあ、オレがあそこにいる兵を皆殺しにしたら……ジャック達もオレを避ける? 危険だから近づかない?」
質問にノアが眉をひそめる。手にした銃を腰のベルトに戻し、両手でオレの肩を掴んだ。まっすぐに正面から目を合わせてくる。
「お前を信じてるから平気だ」
「おれもだ」
ジャックが肩を竦めて同調する。口々に似たようなことを言う傭兵を見回した。彼らの信頼は預けられた武器の数でわかる。そういう意味もある習慣なんだろう。
「今回の作戦が成功すると、オレ達は数倍の敵を倒した英雄じゃん。逆に敵からしたら、悪魔の所業だと思うわけ。レイルの二つ名とどう違うのさ」
英雄は敵にとったら大量殺戮者だ。オレが知る過去の戦争でも、似た扱いをされていた。
北の国からみたら、国境付近の有利な地形へ集めた兵を1/5程の遊撃隊に倒されれば驚くだろう。こちらが何か奇妙な技を使ったと考え、悪魔や死神呼ばわりされる可能性も高い。
「まあ、レイルに関する考えは自由だけど。オレは、このナイフをあいつに預けられるぞ」
いつもホルダーに入れている護身用のナイフを取り出し、くるりと手の上で投げて受け止めた。扱いなれたナイフでケガをする心配はない。散々扱いをレイルに叩き込まれたオレの指先は、落下した刃を危なげなく挟んだ。
顔を見合わせる傭兵達は複雑そうな表情で口を噤む。
「さて雑談は終わり。オレの信頼するレイルが手配したんだ、確実に川は氾濫する。そのチャンスを逃さず、一気に攻め込む作戦でいく。いいか!」
「「「おお!」」」
手を挙げて応える傭兵たちに不満の色はなかった。
「あと、残酷なようだけど……全滅させるから」
付け加えた内容に、「はあ?」とライアンの声が返った。
「聞こえなかった? 前方に並んでる兵は全滅させるの」
指差しながら敵を示せば、ジャックとノアが顔を見合わせる。ジークムンドは傷だらけの顔を近づけて、興味深そうに目を見開いた。
「川の情報をくれたユハ、氾濫に協力するレイル、どちらからも全滅の依頼があってね」
「おまえ、依頼とか受けるのか?」
「依頼という言い方がおかしいのかもね。オレはきちんと彼らの事情を把握した上で全滅させたいと考えてる。外れたい奴がいれば最初に言ってくれ。途中で抜けたら、後ろから撃っちゃうかも」
冗談めかした最後の部分に、ジークムンドが大笑いした。傭兵達は呆れ顔でこちらを見ている。すこし温い風が吹いて、気持ち悪さに汗が滲んだ。
「傭兵は金で動く。金さえちゃんと払われれば、俺たちはお前の手足だ」
ぽんと頭の上に乗せられたジークムンドの手は冷たい。話を聞いているだけだった他の傭兵たちも口々に同意を示した。
「そもそも、傭兵に意見なんて聞く奴はめずらしいぞ」
「確かにな。勝手に使い捨てにされるもんな」
「……キヨ、おれらは常にあの敵の位置にいたんだ」
ジャックの真剣な物言いに、意味を考える。あの敵の位置とは、いつでも使い捨てで殺される立場ってことだろうか。だったら生き残った彼らは、本当の実力者で運ももっていた。
前の世界で傭兵なんて近くにいなかった。自分の命を金で買って生活する人種と接したのは、この世界にきてからだ。映画でみた印象から、もっと殺伐とした連中だと思っていたんだ。なのに……実際には人情に厚く、面倒見がよかった。
こいつらを守るのが司令官であるオレの役目なら、出来ることは決まっている。
「オレは、こっち側を全員生かして帰すつもり。だから協力して欲しい」
詳しい事情は帰ってから説明すると匂わせれば、最初に動いたのはノアだった。おかんはくしゃりと前髪をかき上げてから、オレの肩に手を置く。
「おれはキヨに従う」
「まあ、仕事だし」
茶化したジャックが続き、ライアンが静かに頷いた。愛用の半月刀の手入れをしていたサシャが肩を竦める。
「キヨが突拍子もないのも、規格外なのも、いまさらだ」
いつものメンバーだけじゃなく、ヴィリ達もあっさり承諾してくれた。意外と信頼されているのかな。シフェルが彼らに約束した報酬は、法外なほど高い金額じゃない。裏切ってもおかしくない、ぎりぎりの提示だった。
シフェルにしてみたら、予算で雇った傭兵がここまでオレについていくと思わなかったんだろう。いつ離れてもいいように、作戦の内容はぎりぎりまで教えないし、武器だって個々に持ち込ませてる。
彼の対応は、傭兵にとって普通なのかも知れない。オレが少し頼りすぎてるのだとしても、彼らとのやり取りは居心地がよかった。
「悪い。後で説明するから」
拝むようにすると、ジークムンドが手荒に抱き上げた。肩に乗せる形で担いだ彼は、慌てて頭に手を乗せたオレを見上げて、にやっと笑う。白い歯は数本足りてなかった。
「説明なんざいらねえよ。おれらを生かして帰せ。そんでうまい酒でも奢ってくれたらいい」
「わかった」
了承すると、傭兵達は一気に盛り上がった。
ジャック達数人を連れて右側の崖へ向かう。聖獣とは離れても影を通じて意思疎通が出来るらしいので、今回はブラウを通信機代わりに置いてきた。ヒジリは後ろで元気に尻尾を振っている。
「オレ達が着いたら合図するから、それまでは待機」
崖を回りこむ前に動き出されると、こちらの奇襲が間に合わない。指示したオレがいない隙間を埋める役がブラウなのは不安しかないが、ヒジリが残るのは嫌だと騒ぐので仕方なかった。
歩きにくい砂地が続く中、突然銃声が響いた。崖の近くは身を隠せる場所が少なく、苦労しながら茂みの間を抜けていたオレにしてみたら、驚き以外の何もない。
「……なんで撃ち合い始めてるんだ」
疑問は苛立ちを伴って口をつく。ヒジリが影にもぐり、すぐに戻ってきた。腕を組んで不機嫌さを示しながら待つオレに届けられた報告は、敵が攻め込んできたため応戦したという単純なものだ。
「攻め込んできた?」
それなら仕方ないと思う反面、違和感が残る。相手の情報は入手済みだった。夜間の奇襲が得意な彼らの部隊は、昼間に正面から敵とぶつからない。だからこそ明るいうちに敵の側面へ回り込む作戦を選んだのに、どうして敵は動いた?
考えられるのは、どこかから情報が漏れた可能性だ。こんな場面で味方を疑うことは避けたいが、ほかに敵が動く理由がない。
だけど別働隊のオレの動きがバレたなら、少数で距離が近いオレ達を先に攻撃するのが普通だ。しかも司令官のオレは別働隊にいる。
なんだか気味が悪かった。いやな予感がする。
「ヒジリ、空を飛べるんだっけ。ちょっと敵側の様子を見てきてくれ」
『承知した』
空中に地面があるように空中を駆けるヒジリを見送るオレの頭を、ノアがぽんと叩いた。
「ん?」
「ピリピリするな。戦場ではよくあるトラブルだ」
「そうだ。思い通りに行く戦場なんてゼロに近い」
切り捨てられる使い捨ての立場で生き残った自信なのか。彼らは基本的に楽観的で、現場の状況に合わせて臨機応変にスタイルを変える。生き残るコツなのだろう。
面倒見がいいオカンであるノアが差し出した水筒を受け取り、水を頭から被った。別に魔法で水を作れるので、遠慮なく全部被ってから頭を左右に振る。金髪がぺたりと肌に張り付いた。いい加減長くなった白金の髪は肩甲骨に届きそうだ。
「うん、助かったよ。ノア」
にっこり笑うと、ジャックが笑い出した。敵陣が近いのに無用心だが、銃撃戦の音で笑い声くらいかき消される。
「キヨらしい。それで作戦を変更するのか?」
うーんと唸ったところで、敵陣が騒ぎ出した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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