51.不吉な赤いピアス
西の国制圧の報せは、あっという間に他国に広がった。正確には情報操作に長けた『赤い悪魔』が知らせて回らせたのだ。
配下の働きに満足げなレイルが、こっそり夜中に稼いだ金を数えていたとか、いないとか。笑える噂を楽しみながら、オレは再び戦場にいた。
「北の国って寒いかと思った」
防寒着を用意したときに、シフェルが変な顔してた理由がわかった。オレにとって、北国は寒く南国は暖かいという常識は、この世界に当てはまらない。見事なくらい関係なかった。
思い返してみれば、地図の国境できっちり天気が変わる世界だ。今回西の国を統合して描き直したばかりの最新地図を貰ったが、西の国との境目が消えていた。きっと天気も変わったに違いない。もう深く原理を考えるより、そういうものだと納得した方がいい。
西の自治領は、北の国を落としてから帰りに攻め込むと聞かされた。理由は聞かなかったが、顔を見合わせて笑うシフェルとリアムの怖さといったら……オレが入り込む余地はない。
「キヨ、これを預ってくれ」
「はいよ」
「こっちも頼む」
「いいよ」
次々と渡される武器を収納していく。考えてみるとおかしな習慣だ。信頼の証として武器を預けるのは構わないが、オレに収納魔法が使えなかったら大惨事じゃないか? 大量の武器に押しつぶされる未来しか見えない。
それに愛用の武器を預けてしまったら、いざという時に身を守る武器が足りないじゃん。疑問をジャックにぶつけたら、「愛用品だから預ける価値があるんだ」と言い切られた。意味がわからない。
深く考えずに武器を次々と預り続けたため、正直、今の収納空間の中身が把握できなくなっていた。戦争が一段落したら、片付けを兼ねて2度目の『空にな~れ』をやるか。
「キヨ、そのピアス…色が違うな。赤か」
リアムから貰ったピアスかと思ったら、違った。彼女から貰ったピアスは青灰色だったので青や紫のピアスに溶け込んでいる。渡すために外した紫のピアス穴に新しく嵌めた赤が目立つのだろう。
赤い色で思い浮かべた人物に、ノアが顔をしかめる。
「もしかして」
「もしかしなくても、レイルに貰った」
けろりと白状した。隠しておけと言われなかったから問題ないはずだ。空のピアス穴に気付いたレイルが、出かけ間際に自分のピアスをひとつくれた。見送りにきてくれたリアムが、すっごい驚いていた。逆の立場だったらオレも驚く。
レイルのケチは有名らしいから。
「……気をつけろよ」
「気に入られすぎだな」
ジャックやサシャが忠告めいた言葉を口にする。変なフラグ立てるなよ、怖いだろ。レイルはそんなに悪い奴じゃない気がするぞ。
世間話をしている間に、傭兵達は武器の点検を済ませて装備を終えていた。命令を待つ大柄な男達に囲まれるオレは、明らかに場違いな子供だ。
「ボス、今回も囮か?」
「囮はなし! 北の国はすでに戦線を展開しているから、全面対決だ。オレに考えがあるから説明するぞ」
地図を広げて作戦を説明していく。敵が陣地を引いた場所を地図の中央に表示させた。地図の左側に川が流れ、右側は崖になっている。左右から攻め込まれる可能性が低い、天然の要塞ってやつか。
「ここに前線がある。正面は1班が担当で全面的にドンパチしちゃってくれ。2班は少数精鋭で回り込むぞ、こっちからね……ちなみにオレは2班に入る」
回りこむ方角が崖だったため、誰もが顔をしかめた。危険すぎる方法を提案するオレに視線が集中する。
「ここから奇襲する必要性がわからない」
ジークムンドの指摘はもっともだ。全面対決しても勝てるだけの戦力を用意したのに、どうして右側の危険な崖を回りこむのか。彼らの疑問は当然だった。
地図の右を指差していた手で、左の川を示しなおす。
「ここに川がある。天気図を見てて気付いたんだけど、昨日は大雨が降ったんだ。そしたら何が起きる? 左から水が押し寄せるだろ。地面と川の高低差がゼロで堤防がない戦場、ひたひたと水が溢れたら……塹壕に流れるはずだ」
大雨の当日より、翌日の方が川の水量は増える。前世界で観たテレビの映像が脳裏を過ぎった。
「なるほど」
「焦った連中が逃げるのは川と逆方向だ。オレがいる右側へ逃げてきたところを迎撃する」
「後ろへ逃げられたら?」
ライアンが口を挟んだ。とってもいい疑問だから、頷いて答える。
「それなら簡単さ。そのまま1班が追い詰めればいい」
「川の水は本当に溢れるのか?」
作戦の基礎部分への疑問を提示したノアが、オレの肩に触れる。その手をぽんと叩いて安心させるように笑った。
「溢れるさ。そのために金払ったもん」
「金払った?」
奇妙な言い方に、ジャックは強面の顔をしかめた。どうみても犯罪者臭しかない集団だが、オレにとっては信頼できる仲間だ。ぎりぎりまで黙っていたが、ここまで来たら教えても問題ない。
「オレの赤いピアス、レイルに貰ったって言ったじゃん」
「ああ」
「出掛ける直前に会ったんだけど、そのときに依頼しちゃった」
ぺろっと舌を出して打ち明けると、呆然とした顔のジャックが繰り返した。
「依頼しちゃった?」
ざわつく傭兵達が信じられないとオレを見つめた。どうもレイルは『仕事を選ぶ、気難しい凄腕情報屋』と認識されているらしい。オレにとって彼は、気のいいお兄さんって感じだ。部活でよく面倒見てくれる先輩が近いな。もちろんタダで面倒見てくれないが、オレにとって悪い印象はなかった。
本当に危ないときは、値段交渉する前に助けてくれた。最初の戦場で銃を借りたときもそう、オレが黒い沼に嵌ったときだって、何だかんだ言いつつ全力で協力してくれたんだから。
「あの悪魔がね……仲がいい傭兵仲間相手でも3回に1回しか仕事請けないんだぞ。おまえは運がいい」
ジャックが乱暴に頭を撫でる。どちらかというと揺すられた形で、首や背中が痛い。ぐらぐらする視界もいい加減慣れてきてしまった。
「運は悪い方じゃない? それにレイルはちゃんと話したら、子供相手でも聞いてくれるぞ。依頼も2回目だ……し……っ?」
2回目の単語の直後、ほぼ全員がこちらを凝視した。50人近いガタイのいいイカツイ男達に見つめられ、かなり居心地が悪い。何か変な発言しただろうか。
もじもじしながら見回すと、一番最初に声を発したのはジークムンドだった。
「さすがはボスだ! あの赤い悪魔を手懐けるなんざ、並の男には無理だ」
がっはっはと大声で笑い飛ばすと、周囲にざわめきが戻った。
「なんでレイルは『赤い悪魔』って呼ばれるんだ?」
肩を叩くジークムンドに尋ねると、彼は少し言葉を濁しながら教えてくれた。本当に怖い顔に似合わず、面倒見がいいアニキだ。
「奴は北の出身でな。あの国が衰退したのは、奴の仕業だってもっぱらの噂だ。孤児を集めて成り上がった、まあ……努力家なんだが。あいつは裏切りを許さねえ。その苛烈なまでのやり方が悪魔と呼ばれる所以だ」
「赤は返り血の色とも、あの見事な赤毛だとも言われるが、おれは返り血の方だと思うぞ。何しろ前の組織は皆殺しにしちまったんだろ」
物騒な話の後半を別の傭兵が引き継いだ。
皆殺しとか返り血とか、かなり誇張された話だと思う。オレだって、レイルがただのお兄さんだなんて幻想は持たないし、彼にナイフ戦の指導を受けた時の強さは身に沁みて理解していた。とんでもない強さだ。普通にこの傭兵集団に入っても上位の力量だろう。
情報にこだわる理由は知らないが、その扱いに関して妥協したことがない。そういった面で彼は信用できる男だった。
「だから近づくな」
「危険だぞ」
口々に忠告してくれる面々に、オレはこてりと首を横に倒した。まったく話が繋がらない。戦場を出歩く時点で危険は先刻承知だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずじゃないけど、危険は彼らを避ける理由にならなかった。