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06.平和ボケのツケ(2)

「キヨが消えた!!」


 飛び込んだライアンは真っ青だった。



 ここ数ヶ月、戦場で新人や子供が拐かされる事件が続いている。


 捕まって殺されるのか、どこかに売られるか。軍が中心になって調べているが、まだ犯人も組織の規模もわからなかった。


 当然、希少種である竜のキヨヒトが狙われる可能性を危惧し、常に4人の誰かが付き添うことを徹底してきた。


 今回の買い物も、キヨヒトの希望とライアンが付く条件で実現したのだ。なのに警護役のライアンが飛び込んで来るという事態に、ジャックは口元に運びかけのカップを床に投げ捨てた。


「どこだ!?」


「シンカーの市場だ」


 熱いコーヒーが床にシミを広げ、砕けたカップが抗議の悲鳴を上げる。それを踏みにじり、ジャックは立ち上がった。


 同席していた赤毛の青年は自分のコーヒーをしっかり飲み干し、目の前の偉丈夫を見上げる。観察する眼差しは、どこか面白がる色を浮かべた。


「なに? そんなに大切なガキ?」


「ああ……調べてくれ。大至急だ。金は払う」


 まだ座っている赤毛のレイルは、氷に似た冷たい薄氷色の目を細めて「ふ~ん」と曖昧な返答を寄越す。二つ返事で引き受ける気はなさそうだった。


 その気になれば凄腕の情報屋だが、彼は気分が乗らないと報酬額や相手に関係なく仕事を請けない。



 ジャックに付き添っていたノアが目の前に袋を置いた。じゃらり、金属の音がする。皮の袋の口を開いて、中身を少し見せた。


「レイル、欲しがってた『板』をやる」


 珍しく焦った口調のノアが出した条件は、彼の気を引いたようだ。袋の中身を数え、20枚の『板』に目を瞠った。


 子供一人に出す報酬ではない。『板』2枚もあれば、子供ひとり探す報酬としておつりが来る。それを10倍も支払うというノアは、ひどく慌てていた。


 何か裏がありそうだとレイルは目を細める。


「これ全部? また、随分奮発するねぇ……」


 口笛つきで揶揄する青年は、にっこり笑う。


「いいぜ、引き受ける。特徴を教えてくれ」



「名はキヨヒト、12歳」


「白金の髪と紫の目で、顔は女性っぽい美人。華奢な感じか」


「背はこのくらいで…、ああ、先日お前が銃を貸した子だ」


 ライアン、ノア、ジャックが口々に外見的特徴を示し、頷きながら赤毛の青年レイルが記憶していく。


 同時に左耳のカフスを弄って、念話を繋いだ。魔力を込めることで通信機としての機能を果たすカフスは彼の商売道具だ。聞いた話をそのまま流しながら、部下に捜索を指示した。


 気が向いて顔を出した最前線で、丸腰の子供に銃を貸したことを思い出す。銃を回収しに行った時は眠っていて、まさかの異世界人だと聞いた。


 あの時は戦場で丸腰というバカに呆れたが、異世界から落ちたばかりなら何も手にしていなかった状況も納得できる。外見は整っていたし異世界人と知られたら、好事家のコレクションとして注文が入ったのかも知れない。



 3ヶ所ほど思い浮かべた人攫いの拠点を、脳裏で整理していく。シンカーの市場で攫うなら、縄張りの関係から拠点は2つに絞られた。


 甘えん坊だとか不要な情報まで口にしていた3人は一息つき、ジャックが眉を顰めて続ける。


「あと何より重要なのが、あいつは」



「「「竜だ」」」



 最後ハモった彼らに、レイルは「はっ?」と聞き返した。そのくらい珍しい単語を聞いたのだ。


「……だから、キヨヒトは『竜』なんだ」


「早く見つけないとマズい」


 レイルの顔色が青ざめる。さきほどまで他人事とのんきに構えていた彼の表情が強張った。


 キヨヒトは手元から消えた銃が気になり話を遮ったが、あのときに説明を終えて置けばよかったとジャックは頭を抱えて唸る。その隣でノアも冷静さを失った様子でおろおろしていた。ライアンにいたっては「探しに行ってくる」と外へ駆け出す始末。


 この場にいないサシャがいたら、さらに騒ぎが大きくなっただろう。


「……その、キヨヒトは……竜の習性を?」


 説明は終えたんだよな? こわごわ確認するレイルへ、ノアとジャックは異口同音に否定した。


「「いや、知らない(んだ)」」


 絶句したレイルが頭を抱えて、ようやく吐き捨てた言葉は―――。


「……全力で保護する」だった。





 別の用件で出掛けていたサシャが合流するのを待たず、ジャックとノアは市場へ向かった。


 まだ市場のどこかで迷子になっている可能性もある。誘拐されたと決め付けるのは早計だった。レイルは誘拐犯側から捜索してくれる筈だ。裏社会に通じた情報屋ならではの伝手があるのだから。


 戦場で使う薬や食料品、弾薬、武器まで扱う市場は、常に移動する。シンカーは組織の名前で、彼らは戦の気配を感じ取って店を開くのだ。戦いが始まると姿をくらまし、また戦後処理の中で市場を立てて商品を売りさばいていた。


 上手い商売だが、当然彼らも危険を分担する。彼らの商売は国に寄生するため、寄生先が負ければ戦勝国によって全財産を奪われてしまう。


 シンカーの市場は今回の勝利に沸いて浮かれていた。市場の規模がいつもより大きい。


 別の組織の連中が入り込んで騒動を起こしたとしても、今は抑えが利かないのだ。市場の責任者を責めても、人攫いの情報は期待できなかった。


 人ごみを掻き分けて歩きながら、あまりの混雑振りに舌打ちする。


「ライアンの奴……何をしていたっ」


 ぼやくノアの気持ちも理解できるジャックは、黒髪を慣れた仕草で撫でた。子供扱いに眉を顰めるノアへ言い聞かせる。


「まあ落ち着け。俺は左側の飲食店を中心に探すから、お前は小物や武器を扱う連中に聞き込んでくれ」


「……はい」


 素直に早足で人並みを抜ける部下を見送り、ジャックは呟いた。


「……普通に考えて、誘拐されたんだろうな」


 分かっていても可能性をつぶす必要があった。


 迷子じゃなければ、裏社会は顔の利くレイルに任せた方がいい。いくら優秀で名を馳せたジャックの部隊でも、所詮表の名声だ。顔が利くのは表側の世界だけ……裏はまったく別世界だった。


 人身売買ならマシだ。臓器や珍しい目の色目当てに攫われたなら、あの子供が無傷でいる保証はなかった。


 そんな話をしたら、きっとノアは怒り狂うだろう。


 はあ……大きな溜め息を吐いて、ジャックは市場の中心部へ急いだ。


 それから半日、各々の顔と伝手で調べまくった結果――キヨヒトの誘拐が確定となった。

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