49.新たな危険の火種
騎士としての降格と、公爵の地位の剥奪――意外と重い罪になったスレヴィは、それでも過去の功績が考慮された結果らしく、かなり減刑したとシフェルが教えてくれた。すでに己の功績でランスエーレ男爵家を興したシフェルが、メッツァラ公爵家に戻る形で家は存続するらしい。
その辺の貴族のやり取りやしきたりは知らないから、聞いた内容は流してしまった。正直、シフェルが男爵でも公爵でも、オレにとって大差ない。現在の一番の問題は、足元でケンカしている聖獣達だった。
青猫が気に入らないヒジリが、ブラウを爪で甚振っている。逃げ回るブラウもよくないのだろうが、大きな黒豹の爪につい逃げてしまうのだろう。猫科同士なんだから、もう少し仲良くできないものか。
「陛下にはご迷惑をおかけし……」
「よい。余も嘘をついておるゆえ、誤解による暴走も許容せねばならぬ」
舌を噛みそうな言葉を操るリアムに手を伸ばし、肩より少し長くなった黒髪に唇を寄せる。空気を読まないオレの行動に顔を顰めたのはシフェルで、嬉しそうに頬を緩めたのはリアムだった。オレにとっては彼女が最優先なので、シフェルの咎める眼差しは無視させてもらう。
「リアム、髪伸びたんじゃない?」
「そうか? 魔力を使っていたか」
自覚がないまま、部屋のあれこれを投げていた間に魔力を使ったらしい。戦争に出る前、今朝より明らかに長くなっていた。オレが一度に7cmほど伸びたこともあるから、髪が伸びる現象もだいぶ慣れてきた気がする。最初に気付いたときは『呪いの日本人形だ』を想像したけど。
「西の国は制圧完了って聞いたけど、戻ってきてていいの?」
シフェルに尋ねれば、彼は驚いたように目を見開いた後で頷いた。何をそんなに驚かれたのか分からないが、満足そうな顔で報告を始める。
「指揮権はクリスに預けてきました。あの国は絶対王政だったため、国王と王太子が死ねば抵抗は終わります。逃げ込んだ先が多少厄介でしたが……情報屋に高額を払った甲斐がありましたね」
オレが淹れた紅茶に口をつけて、シフェルが話を振った。
「そちらはどうでしたか?」
「問題なく囮してたぞ。今回の活躍はジークムンドが一番かな。あとでボーナスやらないといけないか。あと聖獣の青猫ブラウが増えたんだけど」
「ええ……本当に規格外ですね」
言われ慣れた単語を笑って聞き流す。何かするたびに言われてる気がするわ。リアムの私室は侍女が綺麗に片付けたため、朝出掛ける前の状態に戻っていた。クッションがいくつか足りないのは、現在入れ替え用を用意しているからだ。
『主ぃ~』
情けない声で助けを求めるブラウの尻尾が、ヒジリの口の中に消えている。どうやら奥歯で噛まれたらしく、時々悲鳴が上がった。
「お前ら、仲良くしろよ」
『……命令なら仕方ない』
ようやくヒジリが、ブラウを解放した。飛んで逃げるブラウはさすが猫、オレの膝の上に飛び乗ってくる。ここが一番安全だと知っているのだ。
「ブラウ、痺れるから降りろ」
『お慈悲を~、主ぃ』
「痛い、重い!」
下ろそうとするオレと、爪を立ててしがみつくブラウのやり取りに、リアムが笑い出した。向かいでシフェルも笑っている。
「それにしても、青猫の聖獣殿も西の国にいたのですね」
『黒豹……っと、ヒジリがいなくなったからね』
『勝手に我の名を呼ぶな』
再び追いかけっこを始めたブラウとヒジリを放置して、オレは茶菓子をひとつ手に取った。スコーンに似た焼き菓子を二つに割って、クリームを塗って一口。残った半分を隣へ差し出す。
「リアム、あーん」
ぱくっと素直に食べたリアムが残りを手にとって、自分で食べ始めた。竜の番は給餌行為が好きだと聞いたが、確かに気付くとリアムに食べさせようとしている。だとしたら同じ竜のシフェルも? 問いかけるオレの視線を、彼は平然と無視した。
「士気が高まっている今、西の自治領と北の国を同時に落とします。陛下の裁可を賜りたく存じます」
「任せる」
あっさりと目の前で次の戦争が決まった。この世界に来てから戦争ばかりだ。戦時中だから当然だが、すべての国を征服すれば戦争は終わるんだろうか。
「あのさ……西が終わって北を落として、その後は東や南とも戦うのか?」
「キヨ、あなたは実感がないでしょうが……この国は四方を敵に囲まれているのです。こちらが争わずとも、敵国が攻め込んできました。豊かな中央は常に狙われます。それは今も、昔も……」
戦いたくて他国を踏み躙るのではない。攻められて受けただけだった。だが攻勢に転じなければならないタイミングというものがある。ずっと防戦一方では、いつか打ち破られる。いずれ不満が高まった貴族や国民も騒ぎ出すのだから。
そのタイミングが――オレだった。異世界人の肩書きを持つ戦力が現れたことで、機運が熟したのだ。大きな戦力である中央の国が銃なら、突然振って湧いたオレは銃弾だった。弾が補填されたため、シフェルはトリガーを引いたに過ぎない。
「わかってる。オレだって戦争が悪いとか、戦いたくないなんて我が侭は言わないさ」
初めての恋と、愛しい存在。爪まで丁寧に整えられた白い手がオレに触れる。絡めて握るリアムの手が、オレの気持ちを後押ししてくれた。
彼女を失いたくなければ、戦うしかないのだ。西の国の王族のように、負ければリアムの首が刎ねられるのだから。
その未来が嫌ならば、自ら切り開けばいい。
「セイは戦いのない世界から来たのだったな」
複雑そうな顔で呟くリアムの蒼い瞳が揺れる。心配させてしまったらしい。笑ってリアムの黒髪を撫でた。頬が自然と緩んでくる。
「リアムのためなら戦うぞ。もうこの世界の住人だもんな」
一緒に生きていくから大丈夫だと告げたら、嬉しそうに微笑んでくれた。この可愛い笑顔を守るためなら、頑張れると思う。血塗れになろうが、多少痛かろうが構わなかった。
「戦争を続けるなら話しておくけど、この国にまだ裏切り者がいるぞ。内通者っていうのかな。スレヴィじゃないはずだ」
まだ危険は去っていないと言い切った。根拠はオレのカンじゃなく、レイルの反応だ。内通者がいる可能性を告げたオレに対し、彼は明らかにいつもと違う反応をした。
「……内通者、ですか?」
「そう。西の自治領に送られたとき、すぐに回収部隊が来た。飲み込んだ泥を吐いた直後だったな。ほぼピンポイントでオレの居場所を知ってるのは、なぜか。その日の夜に暗殺者が1人。明け方に退けたら、直後にまた1人……早すぎるんだ」
手を打つのが早すぎる。
「オレが沼に飲まれてからの対応、もしかして『皇帝陛下』が誘拐されたことにしただろ」
情報操作をして皇帝が攫われたと吹聴しなかったか? そんな疑問に、リアムは申し訳なさそうに俯き、シフェルはにっこり笑った。間違いない。オレはリアムの身代わりとして、囮にされたのだ。怒りは感じなくて、逆に冷静になった。
シフェルの機転で攫われたのが皇帝となっていたから、オレは西の自治領でいきなり殺されずに済んだ。そういうことだ。陛下の代わりに騎士や護衛が連れ去られたと知られたら、人質として価値のないオレはその場で処分されただろう。
「助けられたのかな?」
「助けたつもりはありません。情報かく乱作戦ですから」
恩に着る必要はないと言い切ったシフェルに、オレは肘をついて笑みを返した。いつの間にか足元で丸くなったブラウとヒジリが一緒に眠っている。いがみ合ってるかと思えば、意外と仲がいいのだ。
「おかげで暗殺者が来たけどな」
国外で皇帝を殺害することができれば、西の自治領にすべての責任を押し付けて戦争の理由にできる。しかも皇家の直系が途絶える、というおまけ付きだった。
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