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48.返すから撃つなよ

「本当はもっとデブ猫だけど」


『主、デブではなく立派なのです』


 立派な体格と言い換える、巨大猫の言い分を鼻で笑う。


「はっ、物は言いようだ」


 つついて構うと、猫パンチが返ってくる。やっぱり基本は実家の猫と同じだった。そんなじゃれあいに、ヒジリが入ってきた。ブラウの背中を片手で床に押さえ込み、のっしり体重をかける。


『主、潰れる!』


『主殿、危険は去ったのか?』


「潰れてろ。危険はもうなさそう」


 両方へ答えると、「騒がしくなった」とレイルが苦笑いした。そのまま胸元から報告書を取り出すと、オレに手渡す。すでに読んだ内容だから、渡す判断をオレに任せるらしい。


 ここで映画なら「いい知らせと悪い知らせがある」と切り出すんだろうか。格好いいと思うが後味を考えると、最初に悪い話を聞いておきたいタイプなので、ここはオレの好みで押し通したい。


「あのさ、これを読んで。内容はオレもシフェルも知ってるけど……悪い話」


 覚悟を決めたリアムの手がカードを受け取る。ひとつ深呼吸してからリアムの蒼い瞳が文字を追い始めた。勝手にスクロールする便利な文字を追っていた彼女の瞳が見開かれ、何か言いかけた唇は言葉を飲み込むように引き締められた。


 読み終えた報告書をレイルに返しながら、複雑そうな顔で両手の拳を握る。


「大丈夫?」


「裏切りは慣れているから」


「そうかもしれないけど、気分の話」


 泣きそうな顔で吐いた言葉の切なさに、オレは釣られて眉尻を下げた。彼女を抱き寄せて、肩に頭を乗せる。ぽんと黒髪に手を触れると、顔を隠すように俯いてしまった。


 近づこうと足掻くブラウを、ヒジリが咥えて押さえ込んでいる。空気を読まない猫と、空気を読みすぎる豹の組み合わせが、視界の端でじたばたした。


「処分とか、オレは口出せない。シフェル達と決めてくれ。あと……いい話がある」


 切り出す順番を間違えたかも……と内心で後悔しながら、一拍おいた。リアムが僅かに身じろいだのを確認して、出来るだけ明るい声を心がける。


「西の国の城が落ちた! リアムの騎士達が頑張ったんだ。これは帰ってきたら宴会だろ!」


 笑って告げると、リアムがこっそりと目元を拭う。気付かれないようにした仕草を、見なかったフリでスルーした。指摘しないで待てば、深呼吸して気持ちを落ち着けたリアムが笑顔を作る。


「良かった。ケガ人はいなかったのか?」


「ん……たぶん?」


 そういや城が落ちた話と合図は確認したが、ケガ人の有無は聞かなかった。ちらりと向かいのレイルに視線を向けると、情報屋は笑顔で手を差し出した。どうやら情報料の請求らしい。


 払ってやると口パクで示すと、肩を竦めてクッキーを齧る。後払い不可か? 眉を寄せたオレに、やっとレイルが口を開いた。


「こっちの被害は、軽傷2名だけ。向こうは王と跡取りの首……数十人規模の重傷者だ」


 とんでもない戦果を披露され、本気で驚いた。


「え、マジで?!」


「今回は地下からの奇襲がうまくいった。おれから高い情報買った効果が出て良かったじゃないか」


 くすくす笑うレイルは、どうやら高額で情報を売り抜けたらしい。たぶんケチに分類されそうなシフェルが素直に払ったなら、その対価に見合うだけの貴重な情報だったんだろう。


 まあ、命には代えられないってことだ。


「そんなに高く売りつけたなら、お釣りで今回の情報料は足りそうじゃん」


 子供から金を取る気か? 先払いの情報を値切ろうとするオレに、レイルは目を瞠った。それから忠告するように声をひそめる。


「おれは後払いの仕事はしない。つまり、もう情報料は回収済みだ」


「うん?」


「まず聖獣の青猫がおまえと契約した、これが情報として売れる。おまえの傭兵達との作戦遂行状況も仕入れ対象だし、中央の皇帝陛下に関する情報もいくつか手に入れたし?」


 指折り数えたレイルが、少し考えて付け加えた。


「仕入れが多すぎるから、陛下がらみは返すわ」


 その言葉に右手から力を抜いた。机の下で見えないはずの銃に気付いているレイルが、両手を挙げて「おお怖い」とおどけて見せる。本気で撃つか迷ったが、リアムに関する情報を外にバラ撒かれるのは困るのだ。彼女の身が危険に晒される可能性があるなら、選ぶのはレイルより彼女だった。


 主であるオレの緊張感が伝わったのか、ブラウとヒジリが尻尾を床に叩きつけている。こいつらケンカばっかだけど、意外と気が合うんじゃないか? 答えによってはレイルに襲い掛かりそうだ。


「返すから撃つなよ」


「信用するぞ」


 念を押せば、レイルは両手を挙げたまま頷いた。銃の引き金から指を外して安全装置を掛ける。まだ銃をしまう気はないので、ソファの脇に置いた。


「ところで……どうやって銃をそこへ出した?」


「秘密」


 ジャックやノア達に驚かれて気付いたが、この世界の連中が使う収納魔法は出口はいつも同じ場所に作った。たとえば立った状態で顔の前から取り出す奴は、座っていると取り出せない。条件がいろいろ厳しいのだ。


 まったく常識や概念に縛られないオレがあちこち高さや位置を変えて、収納空間を開く姿は『規格外』という言葉で括られた。つまりこれは貴重な能力の使い方で、他者に教えない方がいい。情報屋にタダでくれてやる情報じゃないって話だ。


「幾ら払う?」


「……いい性格してるぜ。このおれに情報を売ろうっての?」


 それほど知りたい情報じゃなかったのか、レイルは苦笑いして両手を下ろした。紅茶を引き寄せて口をつけ、一息ついて立ち上がる。


「おれはそろそろ帰る」


「ありがとさん」


 ひらりと手を振れば、リアムが寄りかかったまま動かない。そっと黒髪をのけて覗くと眠っていた。見合いの釣り書きに怒り狂った辺りから、気を張っていたのだろう。物を投げて暴れて疲れたらしい。


「見送りは不要だ、またな」


 気遣って小声のレイルが消えると、侍女がストールを持ってきた。起こさないようにリアムの肩にかけてくれる。動けないオレは目配せで礼を言うと、僅かに身体の位置を動かしてリアムが楽に寄りかかれるように調整した。


 足元に擦り寄るヒジリがごろんと寝転がり、ブラウが背中の後ろにもぐり込もうとしていた。じゃれているのかと思えば、オレを支えてくれるつもりらしい。2匹の気遣いに感謝しながら、リアムの黒髪を撫で続けた。






「陛下は……」


「いまはお休みで」


 ひそひそ話す声に目を覚ますと、侍女とシフェルが扉の前にいた。こちらを見ながら話すシフェルと目が合って、空いている右手でひらひら手を振る。左肩に寄りかかったリアムはそのままで、まだ眠っているらしい。


 そろそろ首が痛くなりそうだと思うし、眠り続けたら夜に寝られなくなってしまう。心配からリアムの頬をつついてみる。ふにゃっと表現したくなる幼い顔で目を開いたリアムが、ゆっくり瞬きした。それから口元を押さえて、ひとつ欠伸をする。


「起きた? シフェルが帰ったみたい」


「……ん……シフェル、が?!」


 言葉が途中から鮮明になったリアムが飛び起き、肩を滑り落ちたストールに驚いている。寝ていた自覚がない彼女へポットから淹れなおした紅茶を差し出した。


 満面の笑みで対応しているが、実は左の腕と両足が痺れていたりする。変な格好で眠ったのと、足の上に顎を乗せた黒い獣が原因だ。のっそり動いたヒジリがおりても、膝から下が痺れていた。


「とりあえずお茶飲んで。シフェルも飲む?」


 カップを用意しながら尋ねると、「いただきましょう」と目の前の椅子に座った。眠る前までレイルがいた椅子だ。リアムが視線で促したのを確かめて座ったシフェルは、言いづらそうに言葉を探していた。身内が起こした騒動をどう説明するか考えている。


「もう話しちゃったから、心配しなくていいよ」


 彼女は知っている。そう示したオレに、シフェルは安堵した顔をみせた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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☆・゜:*(人´ω`*)。。☆

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