47.信頼と信用
魔法陣から飛び出すと、すぐに横へ避ける。次々と戻ってくる傭兵達が伸びをして、整列した。といっても、騎士のように整然と並ぶ感じではない。どこかだらしない、喩えるなら不良が固まってダベってる雰囲気が近かった。
「今日はお疲れ様。官舎で休んでくれ。酒を飲むのも許可する!」
安全な中央の国まで戻ったのだ。今夜くらいは飲み明かしても仕方ない。そう宣言すると、ジークムンドをはじめとした傭兵達が顔を見合わせた。
「いいのか? ボス」
「さすがボスだ! わかってるぜ」
口々に褒めながら近づき、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。ちょうどいい高さなんだろうが、手荒なので首が大きく揺れた。それを受け止めつつ、両手を前に出すと慣れた様子でハイタッチして帰り始める。このだらだらした自由解散っぽい流れも、オレは嫌いじゃない。
やっと全員を見送ったところで、大きく息を吸い込んだ。残っているのはジャック達の班とレイルのみ。少し迷って、ジャック達に声をかける。
「あのさ、今日は陛下に報告してそのまま泊まる。だから先に帰っててくれないか? 明日の早朝訓練から参加するよ」
「……わかった」
「何かあれば遠慮なく頼れ」
ノアやサシャが心配そうに声をかける中、無言だったジャックが溜め息をつく。近づいて頭の上にぽんと手を置かれた。上目遣いにみると、眉尻を下げて複雑そうな顔をしている。
「いいか、おまえは雇い主だが……おれらのボスだ。いつでも手足になる」
何かあったと気付いて、それでもオレの判断を優先してくれた。信用しているのだと、態度と言葉で示されて鼻の奥がツンとする。嬉しいと素直に思えた。
「もちろんだ、オレだって皆を信用してるさ。ちゃんと頼るよ」
彼らともハイタッチして別れる。この時点で、魔法陣を抜けてから20分ほど経過していた。それがオレの危機意識を煽る。
いつもなら側近や騎士を引き連れたリアムが飛び出してくる。リアムは良くも悪くも皇帝らしくない。少なくともオレの前では年齢相応に振る舞い、我が侭を口にした。その彼女がこの場所に迎えに来ない理由が見つからないのだ。
「レイル、本当に無事なのか?」
「……おれのことも、もう少し信用して欲しいね」
ぼやきながら歩くレイルは、留めようとする騎士達に何かを見せた。すると通行証のように、するりと城内へ入っていく。薄いカードを覗き込むと、シフェルの署名が入った書類だった。
「緊急用で2年前に預ったんだが、まさか本当に使うなんてな~」
苦笑いするレイルの言葉に、オレは引っかかった。2年前にシフェルは宮殿へ自由に出入りできるカードを用意してレイルに預けた。つまり、リアムはそれ以前から危険に晒されてきたことを意味する。万が一のとき、シフェルが助けられる距離にいないとき、代わりに助ける契約を交わしたのだろう。
シフェルの用心深さと、レイルを信頼したリアム達の状況が、オレの心に刺さった。内部の人間を誰も信用できず、契約で裏切らないと確信できる外部の他人を選ぶしかない。どれだけ切羽詰った状況なのか。
立ちはだかる騎士をすべて退け、ようやく皇帝の私室にたどり着く。
「キヨ様! レイルさん……皇帝陛下が」
侍女が両手を組んでそわそわしている。私室前の廊下で祈るようにしながら扉を見ていた彼女は、慌ててオレに駆け寄った。
「どうしたの?」
落ち着いて普段の声を装って尋ねる。
「メッツァラ公爵やラシーラ侯爵が、陛下に釣り書きをお見せになりました。すると陛下が機嫌を損ねられ、彼らを部屋から追い出したのです」
予想していたより悪くない状況に、ほっと息がこぼれた。中で彼らと言い争っているなら大変だが、一人で閉じこもった状況なら安心だ。大きく息を吐いて、侍女に笑みを向けた。
「オレが声をかけるから」
「よろしくお願いいたします」
リアムにワンピースを着せてくれた彼女は、心配そうな顔を少しだけ微笑みに変える。ドアをノックすると、中から叫び声が返ってきた。同時にドアに何かを投げつけたらしい。緊急時以外は鍵をかけない扉が、荒っぽい扱いに抗議の音を立てた。
「誰も入るな!」
「リアム、オレだけど……」
ばたばたと駆け寄る足音と、何かを放り出す気配がして……そっと扉が開いた。開かずの間になっていた皇帝の私室から、ちらりと部屋の主が顔を見せる。
「セイ?」
「うん、部屋に入れてよ」
「……でも」
ちらりと視線を後ろに向けて躊躇うから、なんだかおかしくなって笑ってしまう。くすくす笑いながら、覗いているリアムの頬に触れた。
「お願い。散らかしててもいいから」
まだ迷っているリアムだが、頬に当てた手に擦り寄る姿は猫のようだ。
「リアムが嫌なら帰るよ?」
譲歩するように見せかけて誘導すると、焦ったリアムが扉を開いてくれた。1人がようやく通れる程度の隙間から、まずオレが入る。レイル、さらに侍女が続いた。
彼女は手当たり次第に物が投げ飛ばされた部屋の状況を確かめると、すぐに手近なクッションから拾い始める。
「ただいま、リアム」
ぎゅっと抱き着いて耳元で告げれば、真っ赤な頬で「おかえり」と返る。こわごわ回された腕が、オレの背中に触れた。ほんの少し距離を開けて、顔を見ながら額同士を当てる。
「……嫌いになるか?」
物に八つ当たりした状況だろうか。不安そうなリアムに「いいや」と否定した。くっついたまま歩いて、侍女が片付けたソファに座る。ぎゅっと服を掴んで離さないリアムの黒髪を撫でて、落ち着くのを待った。空気を読むどころか自身が空気と化したレイルは、少し離れた壁際に立っている。
「落ち着いた?」
頷くリアムがようやく手を離して息をついた。興奮状態が落ち着くと、散らかした室内が気になるらしい。片付ける侍女に「すまない」と謝罪した。にっこり笑った彼女は首を横に振り、そのまま片づけを続行する。
「お茶はオレが淹れるな。レイルもこっちへ」
手持ち無沙汰のレイルも呼んで、手早く取り出したポットに茶葉をいれる。まずい場面を見られたと思ったのか、リアムは無言だった。だから一方的に話しかける。
「この茶葉覚えてる? オレが美味しいって褒めたら、リアムが2缶くれただろ。あの残りだ。1缶はクッキーにしちゃったし、これで終わりかな。また強請ったらくれる?」
茶葉に、魔法で沸かしたお湯を注いでいく。ふわりと慣れた紅茶の香りが広がると、ようやくリアムも表情が和らいできた。
「ああ、幾らでも用意する」
「よかった。リアムの紅茶美味しいんだもん」
リアムが不機嫌になった原因に触れず、当たり障りのない会話を続ける。昔のオレなら、拗ねた奴なんて放置した。面倒だし、自分も巻き込まれて気分を害する必要はないと思うから。でもリアムの機嫌を取ろうと思ったとき、拗ねた彼女が顔を見せてくれたとき、ただ可愛いとしか感じなかった。
同じ場面がもう一度あっても、きっと同じように行動すると思う。紅茶をそれぞれのカップに注いで、先に味見をする。いつもの味だ。オレが口をつけたのをみて、リアムも紅茶を一口飲む。
「実はね、聖獣がもう1匹……1頭? 増えたんだ」
「……セイ、いま……なんと?」
「見たほうが早いよね。ヒジリ、ブラウ」
名を呼ぶと2匹が影から現れる。本当に自分の影から出入り出来るんだと感心しながら振り返ると、リアムは蒼い瞳を輝かせていた。嬉しそうに近づいて、彼らの前にしゃがむ。
「本当に青い猫がいるのだな」
『いますよ。やっと見つけたので契約しました』
巨大な猫だったブラウは、普通猫より少し大きいくらいまで縮んでいた。これが所謂「猫を被る」って状態だろうか。可愛らしくお座りして初対面の印象をよくしようとしているが、飛びついて襲った過去は消せないぞ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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