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46.真相は欲望の香り

 芝の上に座ったレイルが、ひょいっと収納空間から報告書を引っ張り出した。束ではなく、僅か1枚の薄いカードだ。以前に報告書を同じ形で見たため、受け取るとすぐに読み始めた。


「なんで胸元に入れてこないんだ?」


 収納するまでもなく、胸ポケットでも十分入れられる大きさだ。失くす心配をしてるんだろうか。オレの疑問へ、レイルは苦笑いして額をこづいた。


「おまえ、おれの授業を聞き流したな? 情報は命より大事だと教えただろ」


 確かにそんな話を聞かされた。どんな見事な作戦でも、相手に筒抜けなら愚策になりさがる。素晴らしい案も、敵に奪われたら利用される。その危険性について説明された中で出てきた言葉だった。


 命より情報を大切にしろ。


「そこまで重要な情報…………だね」


 てっきり今回の西の国に関する情報だと思った。作戦に関する情報をシフェル辺りに頼まれて、運んできただけだと……勝手に考えていたが、内容はもっと重要なものだ。


 リアムと食べた食事に入っていた毒の種類と入手経路、実行犯と主犯について書かれた報告書を読み終えると、すぐに自分の収納空間へ放り込んだ。こんなもの、他者の手に渡ったら大変だ。


「本当なのか?」


 声が少し掠れる。気遣う眼差しをくれるノアやジャックにも話せない。ごくりと喉を鳴らしたオレの表情に緊張を読み取り、レイルは肩を竦めた。ちくちくする芝を撫でながら視線を逸らし、言葉を探してから顔をあげる。レイルの薄氷色の瞳は鋭く、正面からオレに突き刺さった。


「おれの名にかけて」


 情報屋としての仕事に誰より誇りを持つ男の断言に、ぐっと拳を握る。真剣な話にジークムンド達は距離を置いていた。こういった気遣いは大人の対応だ。逆にオレと距離が近いジャック達は、心配から側を離れられないようだ。


「ジャック、ノア、サシャも……ちょっとごめん」


 離れて欲しいと口にしたオレの頭をぽんと叩いて、最初にジャックが離れた。サシャは溜め息をついて苦笑いを浮かべるが歩いていく。ノアは心配そうに眉根を下げていたが「あとでな」と声をかけて距離を置いてくれた。


「しっかりボスしてるな」


 揶揄うレイルの声に肩をすくめ、もう一度報告書を取り出す。表示した内容の下部に名前がいくつか羅列してあった。見覚えのない名前もあるが、一番上の主犯は知っている。


 ――――スレヴィ・ラ・メッツァラ。


 熊属性の大柄な身体と真面目そうな性格、シフェルの兄である人。


「……戻るぞ」


「警護の問題なら大丈夫だ」


 言い切ったレイルに顔をしかめる。心配すぎて気がおかしくなりそうなのに、落ち着いている彼が腹立たしかった。


 近衛隊長であるシフェルは西の王城に攻め込んでいる。彼とクリスが出撃する代わりに、皇帝であるリアムの警護を「兄スレヴィに任せた」と聞いた。毒殺未遂の主犯が愛する婚約者のそばにいる、この状況で不安にならないはずがない。


「なぜ、大丈夫だと言い切れるッ!」


 声をひそめていたくせに、つい大声で反論した。突然のオレの激昂に、周りが緊張に包まれる。感情に引きずられたのか、魔力が溢れてピアスがひとつ弾けた。じわじわ身体が熱くなり、目が眩む。勢いで立ち上がり、唇を強く噛んだ。


『主殿?』


 ヒジリが声を上げるが、強引に影に押し込んだ。オレの不機嫌さを察したブラウは、距離をおいて近づいてこない。髪がぶわりと逆立つ感じがした。


「落ち着け、あの男の標的はお前だ」


「オレを殺すために、リアムを傷つけない保証はない」


「大丈夫だから……ったく、こうなると思ったんだ」


 くしゃりと短い赤毛を握って溜め息をついたレイルが、もう1枚のカードを取り出す。こちらは書類ではなく、写真だった。ブロンズの髪が長い1人の子供が写っている。


「おれが来て正解だったな。他の奴だったら()てられて倒れてるぞ」


 ぼやきながら写真の子供を指差した。


「あの男はリアムの秘密を知らない。だから自分の娘を(つがい)として宛がう気でいる。近しいお前が邪魔なんだ」


「……なぜ、知ってる?」


「情報はおれの領分だ」


 大声を上げたオレが溜め息をついて座ったことで、周囲の緊張が解けて注目が散った。ぐしゃりと白金の前髪を握ると、結んでいた髪紐が解けて落ちる。拾い上げた紐は、リアムが本に巻いてくれた青いリボンだ。手早く髪を結び直した。


 リアムの秘密とぼかしたレイルだが、彼が彼女だと知っている人間は限られる。だから周囲に聞かれないよう濁したのだろう。スレヴィにとって、未婚で幼い皇帝は格好の獲物だったらしい。自分の娘を嫁として送り込めば、皇室の一角に入り込めると画策したのだ。


「シフェルは知ってるの?」


「さっき、知らせた」


 別の手の者が知らせたと苦笑いする。レイルがこちらに来たのは、シフェルは冷静に話を聞くがオレは暴走すると判断したためか。間違っていないので訂正する気もない。


「本当に安全なのか?」


 他者が聞き耳を立てても問題ないよう、特定できる固有名詞を使わず話を進める。当事者間ならば問題ない。疑うオレの低い声に、レイルは肩を竦めた。


「じゃなきゃ、おれがここにいるわけない」


 言外に警護も請け負ったと匂わせる男の自信たっぷりな表情に、少しだけ力が抜ける。完全に信用は出来ないし、安心もできない。それでも……レイルが示してきた実力は本物だった。二つ名をもつ彼の組織は大きく、5カ国すべてに影響を及ぼす規模だと聞いている。


 ここは信じるしかなかった。


「丁度良かった。オレでも依頼ができるか?」


「……言ってみろ」


 受けてやると安請け合いしない態度に好感が持てる。見回した先で傭兵達は思い思いに休憩していた。ジャック達が心配そうにこちらを見ているが、話が聞こえない距離を保って休んでいる。その心遣いに乗っかって、話を切り出した。


「中央の国に他国に通じる裏切り者がいる。オレが西に飛ばされたとき、暗殺者が送り込まれた。最初の奴はまあまあ、次の奴はオレでもギリギリだ。最初の襲撃から僅か数時間で、次の暗殺者が来たが……おかしいと思わないか」


 ほう……と感嘆に似た声を上げたレイルが目を見開く。最初の暗殺者は魔力さえ使えれば退けられる。次の暗殺者は気配を感じるのもギリギリだった。最初の暗殺者を退けた状況を近くで知ることのできる仲間がいた可能性が高い。僅か数時間で、レベルを見極めて再襲撃するほどの組織だった。


「城内の予定が筒抜け、か」


「オレはそう思ってる。リアムのお茶会の場所は、一部の近衛しか知らなかった。参加者であるオレも直前まで『どの庭』か知らなかったんだぞ」


 以前にお茶をした西の庭ではなく、隣の薔薇園に変更されたのは用心のためだろう。それだけリアムの身は危険にさらされ、常に護られてきた。ならば、護る側に情報をもらす奴がいる。事前にどの庭か知っていたから、黒い魔獣と沼を送り込めた。


「探れるか?」


「高くつくぞ」


 試すように笑うレイルへ「オレの命とリアム以外なら払ってやるよ」と笑えば、気に入ったと肩を叩かれた。


「支払いは出世払いでいい。おまえに恩を売ると高額回収できそうだしな」


 そう告げると彼は立ち上がった。一緒に立ち上がれば、レイルの指が頬に触れた。拭う仕草に少し切れた傷の痛みに気付く。ピアスをひとつ弾いた時に破片が掠めたのだ。


「手当てして引き上げろ。シフェル達が城を落とした」


 呟いたレイルに尋ねようとした直後、城の方角からパンパンパンと音が3回続く。予定していた落城の合図だった。彼らは敵地に留まり西の国を制圧するが、オレ達は一度引き上げる予定だ。


「……情報屋って千里眼みたいだ」


 あまりのタイミングのよさに顔をしかめると、レイルは耳元の飾りを爪先で弾いた。以前にトランシーバーのような使い方をした耳飾だ。


「これが商売道具でね。転移するんだろ? 一緒に連れ帰ってもらおうかな」


「そうだな、帰るなら………あ、ヒジリ」


 八つ当たりで影に放り込んだ聖獣を思い出し、慌てて呼び出す。出てきたヒジリは地面を尻尾で叩き、不機嫌さを隠そうともしない。目を合わせない黒豹の首を掻いてやり、耳の間も丁寧になでて機嫌を取る。


「悪かったって」


『次はないぞ、主殿』


 拗ねたヒジリの背をなでながら、収納空間から絨毯を引っ張り出した。広げると魔法陣が白く光る。集まってきた傭兵を労いながら転送させ、最後にジャック達や聖獣と一緒に中央の国へ飛んだ。

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