45.僕と契約して主になってよ
「会話は出来るんだけど……この猫が」
『仲間になりたいなぁ』
――仲間になりたそうにこちらを見ている。
口から出そうになったフレーズは、きっとこの世界で通じない。ちょっと寂しい。この感動 (?)を分かち合える奴がいないと思うと溜め息が零れた。
「仲間ねえ」
『僕と契約して主になってよ』
――僕と契約して●●になってよ。
ああ、これも分かち合えない……ん? こいつ、さっきから妙に異文化的発言が多いな。オレの気のせいかもしれないが、もしかして、もしかする、とか。
「先にこれに答えて。オレのいた世界にいた?」
『………ないね』
今の間はなに? 聞き方が悪いのか? そういや、聖獣は嘘をつかないって書いてあったな。勉強した知識を引っ張り出しながら、違う聞き方をした。
「じゃあ、オレのいた世界を知ってる?」
『………うん』
観念したのか、ようやく猫は白状した。その言葉に、オレは契約を決意する。だってアニメとかゲームに詳しいなら、オレが知る過去のあれこれが共有できるじゃん!! こんな奴はもう出会えないと思う。たとえ巨猫の姿でも、話は通じるんだから。
ぐっと拳を握った。
「契約してやってもいいぞ」
『本当!? 僕はあの世界が好きで覗いてたんだ』
『……主殿、やっぱりこれは処分しよう。我ら聖獣の役目を悪用した痴れ者ぞ』
「いや、契約する」
ヒジリとオレの会話しか聞こえない傭兵達は、困惑顔を見合わせている。会話が繋がらないのだ。分かっていても、さっきの厨二セリフの説明をする気がない以上、誤魔化すことにした。
「ところで、契約ってどうするの?」
今にも捕食されそうな猫の前にしゃがむ。じたばたする両手足の肉球は、実家の猫と同じピンクだった。懐かしいな、契約したらモミモミさせてもらおう。
「近づいて平気か?」
ジャックが心配そうに肩を叩く。振り返ると、ノアも眉を寄せていた。強面のジークムンドに至っては、銃を猫に向けている始末だ。ヒジリに捕獲されるまでオレを追い回した姿に、どうやら敵認定されたらしい。
「問題ないよ。契約したらオレの使役獣だもん」
その契約方法がわからないだけだ。ヒジリが契約した際は、オレが無意識に抵抗したらしい。崖の下に転げ落ちて意識がないときに、強制的に契約したと聞かされた。つまり、契約方法や条件をオレは知らないのだ。
「……ヒジリ」
『嫌だ。我は答えぬ』
ぷんとそっぽを向く黒豹の首に抱き着いて、喉のあたりをがしがし掻いてやる。思わず気持ちよさに喉を鳴らしたヒジリの機嫌を取りながら、背中まで何度も撫でた。
「ヒ~ジ~リ~、教えて」
『ダメだ』
「けちっ」
唇を尖らせたオレの足に、爪が触れた。必死で気付いてもらおうと暴れる青猫がぴかっと光る。青白い光がオレに降りかかって、すぐに消えた。
「……うん?」
『契約完了!』
なぜ一方的なのか。使役獣のくせに、向こうからの契約だけっておかしいだろ。オレに事実上の拒否権ないじゃないか。むっと頬を膨らませたオレの表情に、傭兵達は一斉に銃を猫に向ける。ヒジリの爪にぐっと力が込められた。
『主! 殺されちゃう!!』
「オレさ、ちょっと今カミサマへ盛大に抗議したい気分なんだよね」
突き放した言い分にあたふたした青猫が、くるんと丸まって顔を両手で覆って、ちらっと隙間からこちらを見る。これ、実家の猫もよくやってたな。何かお強請りするときの姿勢だ。くねっと身体を動かして、さらに角度を変えて見上げた。
『にゃん♪』
あざとい所作なのに、なぜか怒りが持続しない。仕方なく溜め息をついて気持ちを切り替えた。
「はい、皆ストップ。特にヒジリは爪が食い込んでるぞ」
不満そうに唸るヒジリの首をぽんぽんと叩いて宥める。不真面目な聖獣だろうと、腐っても聖獣。役に立てば持ち帰る価値があった。
そうだ、リアムは黒豹のヒジリを気に入っていたから、この青猫をプレゼントしたら喜ぶかもしれない! 命令してリアムの護衛を……あ、ダメだな。オレ以外の奴が彼女に侍るとか無理。
心の狭さを自覚したところで、オレは大きな猫をヒジリから救出した。すでに契約が済んだため、この猫がオレに危害を加える心配はない。
「今日から仲間になった『青猫』さんです」
『主、名前は?』
「聖獣に性別はないんだっけ。じゃあ……ブラウかな」
確か何かのアニメで使ってた名だ。青を示す単語で、ドイツ語だったかな? 記憶を手繰りながら名付けると、きらきら光りながら抱き着かれた。
「爪、爪が痛いッ! こら、ブラウ!」
爪を立てる猫を引き剥がそうと暴れるオレを見かねたのか、ジャックが猫を後ろから捕まえてくれた。じたばた手足を動かす姿は可愛いが、あのジャックをして身長の半分以上になる大きな猫は異常だ。
「……ヒジリ、この世界の猫って全部大きいのか?」
『いや、ここまで大きいのはあやつくらいだ』
「キヨ、結局この猫はどうするんだ?」
困惑顔のジャックに前足の付け根を掴まれた猫は、干物のようにぶら下がっていた。情けない姿だが、仕方ない。引っかいたコイツが悪い。
「もって帰るぞ、一応聖獣らしいし役に立つかも」
『一応じゃなくて、聖獣だよ。主の扱いが酷い』
泣きまねをして顔を手で覆うが、胡散臭そうに見てしまった。掴んでいるのに疲れたのか、ジャックが地面に猫を下ろす。ノアはナイフを手放さずにオレの隣に移動した。さきほど飛び掛ったので、警戒されたらしい。
「お前のオレに対する扱いが酷いからだろ。やっぱ猫だな」
『さすがは主殿。分かっておられる』
得意げな顔をしているヒジリに、お前も猫科だろと言ってやりたいがやめておく。機嫌を損ねると噛まれそうだし、彼はどうやらブラウをあまり歓迎してないらしい。尻尾が苛立ちを示してるから、刺激しないのが正しい対処だと思う。
「……もう大丈夫か?」
ジークムンドが強面をしかめながら近づいたので、頷いて手招きした。傭兵達がぞろぞろ集合する。木の結界はもう不要らしいので、この際解除しておいた。魔力使いっぱなしだったが、疲れも眠気もない。やっぱり魔力が増えているんだろうか。
「それで部隊としての動きはどうする?」
サシャの問いかけに話が振り出しに戻った。シフェル達の合図がないのに動くと、互いに危険だ。失敗しても彼らなら逃げ戻れるだろうし、オレ達の役目は囮なので追加の戦力と考えられていなかった。応援に駆けつけても邪魔だろう。
合図待ちで休憩したり、結界テストをして時間を潰したが、見上げる空はそろそろ夜の色に変わりそうだ。迷って唸ったとき、突然現れた気配にびくりと肩を震わせた。
魔力感知に引っかかったのは、獣ではない。
「誰か来る、展開しろ」
小声での指示に、ジークムンドとジャックが一瞬で目配せした。すぐに周囲に散らばる仲間を見送り、オレは囮がてら魔力を消さぬまま芝の上に座る。後ろに立つヒジリが姿勢を低くした。胡坐の上に上ろうとしたブラウを押しのける。
「ちょ、無理。足が痺れちゃうだろ」
じたばたするオレの魔力感知が、覚えのある気配を捉えた。さきほど感じた魔力の主は知り合いだった。安堵の息をついて立ち上がる。
「こっちだ、レイル」
手を振って位置を示すと、茂みを掻き分けた赤毛の青年が顔を覗かせた。ぐるりと見回して、苦笑いする。
「悪い、警戒させたな」
「いや……戦時中だから当然でしょ」
にっと笑うオレの頭を、彼は容赦なくかき乱した。お返しとばかり腹部に軽いパンチをお見舞いする。そんなじゃれあいに、呆れ顔のジャックが近づいた。
「なんだ、レイルか」
お茶を入れたコップを差し出すノアに礼を言って飲み干すと、サシャがオレの髪についた葉っぱを取ってくれる。さきほどブラウに絡まれたときについたのだろう。
「それで、この大きな青猫はまさか……」
「うん、契約した聖獣。増えちゃった」
てへぺろしたオレに、レイルは「非常識すぎる」と引きつった笑みを浮かべた。
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