44.主殿、これは処分しよう
近くにある小ぶりな木に結界を張る。葉っぱは面倒なので、幹と枝だけにしておいた。
「あの辺から上は張ってないから」
枝に葉が茂るあたりが境目だと指差せば、各々武器を片手に頷いた。ごつい傭兵集団が武器を手に、木の前に立つ子供に詰め寄る――ように見えなくもない。まあヒジリに言わせると、オレが一番強いらしいが。
「それじゃお好きにどうぞ」
ヒジリに乗っかって離れると、一斉に銃弾が木を襲った。まだ成長過程の木は細く、大口径の銃が集中砲火すれば千切れて倒れそうだ。しかし硝煙が風に流れた後、木は問題なく立っていた。当初の姿となんら変わらない状態を、手でなでて確認する。
サシャが大きな半月刀で斬りつけ、ヴィリはダイナマイトを用意し始めた。さすがに倒木すると危険なので、ジャックが止めに入る。その間も銃やナイフが木の結界を試していた。もちろん、木はびくともしない。
彼らの実験を眺めながら、リアムがくれた菓子を頬張った。このレモンに似た柑橘系のクリーム、めちゃくちゃ美味い。もぐもぐ食べていると、ヒジリに残り半分を齧られた。
「こら、勝手に食べちゃダメだろ。虫歯になるぞ」
『虫歯とは何だ?』
「甘いもの食べて歯を磨かないとなる、痛い病気だよ」
病気に分類していいかわからないが、ケガではない。仕方なく思いついた単語で説明すると、ヒジリがきらきら光った。じっと見つめると、得意げな顔で髭をうごめかす。
『磨かぬが、クリーンの魔法は使えるぞ』
なるほど。この世界は歯医者さんが要らないかもしれない。感心しながら、自分にもクリーンをかけておく。ふと広げっぱなしの魔力感知に、知らない魔力が引っかかった。こちらに近づいてくるが、敵意はなさそうだ。
「ヒジリ、この左上の魔力わかる?」
無造作に取り出した地図を見せると、左上を指差す。ヒジリが使った地図に魔力感知を重ねる方法がよくわからないし、ひとつなら指差した方が早い。オレの指差した方角を眺めるヒジリの鼻に皺が寄った。唸る時の顔で、低い声が漏れる。
『何用だ、あやつ』
「あやつでも、おやつでもいいけどさ。知り合い?」
「キヨ」
突然ジャックに呼ばれて振り返ると、いつの間にか木への攻撃を中断した傭兵の注目を集めていた。なぜだ、こっそりお菓子食ったのバレたか? 匂いか? いや……食べ零しがあるとか。不安になって服を確認していると、地図を指差された。
「ボス、大丈夫か?」
「敵じゃないと思うよ」
指さした存在の話だと思って答えたが、ジークムンドは首を横に振った。
「キヨ、あの木はまだ結界が張られている。なのに収納魔法で物や地図を取り出して平気なのか?」
ライフルを担いだライアンの指摘に、オレは大きく首をかしげた。逆に何がダメなんだろう。ヒジリの頭を撫でながら隣に立つノアを振り返った。
「ねえ、ノア。平気の意味がわからない」
苦笑いしたノアがオレの額に手を当てて、具合は大丈夫かと尋ねる。どうやら魔力酔いを心配されたらしい。何回か倒れたから、それで傭兵達が心配してると理解したら肩から力が抜けた。
「このくらいは問題ないけど……」
魔力感知が得意なサシャが反応する。近づいてくる左上の気配は、もうかなり距離を詰めていた。そちらを指差したオレが「あっちから何か来るよ」と注意を促す。途端に武器を構えた彼らが身を伏せた。訓練された兵の動きってのは、傭兵だとしても素晴らしい。
いや、自分で自分の命を売り買いする傭兵の方が、騎士より優秀かも知れないな。実力を見せて従わせる必要はあるが、率いるならお堅い騎士よりオレには向いてる気がした。勝手に動くのは騎士なら欠点だけど、傭兵なら優秀さの証だ。
「……ヒジリ、それであやつって誰」
隣の黒豹に声をかけると、しぶしぶと言った顔で答えてくれた。
『聖獣だ』
「ヒジリの仲間?」
『仲間などではない!』
むっとした口調で否定するヒジリの金の瞳が眇められ、苛立ちを示すように尻尾が地を叩く。ふてくされた様子で丸くなってしまった。どうやら助けてくれる気はないようだ。すっかり機嫌を損ねていた。
「はいはい。そんで聖獣がなぜ近づいて来るのか、わかる?」
返事がなく、尻尾がただ大地を叩くだけ。諦めてオレはナイフを手にした。先頭付近にいるジャックの隣に滑り込み、茂みの陰に蹲る。
「聖獣らしいよ」
小声で告げると、ジャックは「嘘だろ」と呟いた。その意味を聞く前に、目の前に大きな毛玉が飛び込んでくる。
『みつけたっ!』
「うぎゃああぁぁああ!! でっかい化け猫ぉ!」
飛びついてきた猫を全力で放り投げる。後ろに転がりながら、巴投げのように猫を飛ばした。くるりと回って着地した猫は、そのまま飛びついてくる。悲鳴を上げながら走るが、猫科の動物はヒジリを含め足が速い。あっという間に後ろに飛びつかれた。
「誰かぁあああ!!」
助けろと悲鳴を上げたオレの膝に、ヒジリがぶつかる。転がった先はヒジリの背中で、ほっとして抱きついた。何だかんだ、結局助けてくれるのはお前なんだな。そう思った矢先、ヒジリはオレを放り出して猫に噛み付いた。
そのまま取っ組み合いのケンカに突入した聖獣達を、ジャック達は困惑の顔で見守る。唸り声を上げながら噛み付き引っかく彼らの様子は、大型の猫が縄張り争いをしているみたいだった。
「大丈夫か? キヨ」
「ううっ……怖かった」
ノアに助け起こされ、久々にオカンに慰められる。白金の髪に絡まった葉やゴミを取り除いてくれる彼の手が、落ち着いて撫ではじめた。ジャックやジークムンドの手荒な撫で方と違い、気持ちが落ち着く。
「……ヒジリ、ただの獣みたいだぞ」
怖がらされた仕返しも込めて、ぼそっと嫌味を口にする。ぴくと反応した耳がこちらを向き、続いて猫を踏みつけにしたヒジリが顔を上げた。
『主殿?』
「その猫、本当に聖獣か?」
『聖獣だよ、青いだろう?』
猫自身から返事をもらってしまい、引きつった顔で頷いた。確かに青い猫が聖獣なのは聞いているが、喋る時点で普通の猫じゃない。かつての常識で言ったら、あり得ない。
しっかり前足で猫を踏むヒジリの前にしゃがみ、青い猫を覗き込んだ。青といっても空色だ。ペンキみたいにのっぺりした色じゃなくて、パール系のきらきらした感じだった。しかも瞳は金色。これはヒジリと同じなのだが、もしかして聖獣はみんな金瞳なのかな。
『主殿、これは処分しよう』
「いやいや、処分とか物騒なこと……」
『そうです、僕は役に立ちますよ!』
必死でじたばた足掻く青猫が自己アピールを行う。処分されないよう慌てている猫の姿は、実家で飼っていたボス猫より幼く見えた。肉食獣のヒジリに捕まっているなんて、可哀相になる。だが聖獣である以上、この猫も非常識な能力を持っている可能性が高い。
ヒジリでさえもてあましてるのに……眉をひそめて猫を眺めた。種類はロシアンブルーが近い。同色の滑らかなビロード調の毛皮で、ふさふさ柔らかそうだった。抱き心地はいいかも知れないが、何しろでかい。メークイン……じゃなかった、それは芋だ。メインクーン規模の大きさがあった。
12歳の外見のオレが抱っこしたら、間違いなく猫の足が地面に届くレベルのサイズだ。
「うーん、役に立つかな」
猫だしな。どこまで言っても猫だもんなぁ。
『僕は風を操れます』
「使えるのか? それ」
唸るように呟くと、ノアが襟をひょいっと引いた。顔を上げると小声で話しかけられる。
「キヨ、その猫と会話してるのか?」
え? もしかして皆は話が出来てない? オレは厨二をこじらせたイタイ奴みたいに見えるの?
ジャックやジークムントは曖昧な笑みを浮かべているし、ライアンは視線をそらす。困ったような顔で首を振るサシャ、ヴィリは座り込んでこちらを見ない。どうしよう……。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆