42.卑怯な作戦ほど効果的
結界を消した途端、銃弾が飛んでくる。横っ飛びにジャックと離れ、ノアと並んで地面に伏せた。
正面から走ってくる敵に集中して、小さな結界を自分にぐるりと張ってみる。銃の射線を遮らないよう、身体の上に合羽を着たイメージで作った。手もぐるりと保護したあと、銃を握れば完璧だ。薄くて透明で動きやすいビニール袋を被った感じで、しっかり魔力を込めた。
狙いを定めてトリガーを引く。単純な作業だが、「しねえ」の念を込めるのを忘れない。なんだかサバゲーの中にいるみたいで、現実感がなかった。一度も撃たれていないのも原因だろう。傷ついた人がいても、自分じゃない。オレは痛くないから画面越しの映画みたいに感じる。
「ジャック、これ」
銃がジャムったのか、舌打ちして銃を置いたジャックの目の前に収納魔法の口を作り出す。驚いた顔でこちらを見たが、恐る恐る小銃の銃床を握った。引っ張り出した彼の前に、銃弾も落とす。
小銃は何度も扱っているジャックのこと、すぐに点検を済ませて銃弾をつめた。その間の攻撃をノアとオレが凌ぐ。大木の上に陣取ったライアンも、援護射撃を加えた。回り込むように連中の横から飛び出したサシャは、音もなく数人に斬りつけて下がる。
敵を殺す必要はない。ケガをさせればいい。すぐに動けないが、死なない程度のケガだ。卑怯な作戦ではあるが、相手の陣地に限られた人数で特攻をかけるなら、有効な手段だった。たしか第二次世界大戦でよく使用された気がする。
ケガをしても重傷ならば見捨てられる。軽傷すぎると本人が動き回って反撃してくる。ならば、一人で動けないが死なない程度のケガを負わせればよかった。足を撃って動けなくしたり、腕を片方奪う。見捨てられないが一人で移動できない傷を負わされると、その兵を助けるために2人の兵が救助に向かうのだ。
つまり、ケガ人を含めて3人が戦線離脱したことになる。これを繰り返せば、有利なホームで戦う敵をアウェーのオレ達が容易に制圧できるというわけ。
この作戦をシフェルに告げた時の反応は酷かった。「人でなしを通り越して、悪魔のようですね。ですが有効な作戦なので実行してください」だったか。神様の概念がないこの世界に天使や悪魔がいるはずないから、きっと喩えた単語が自動翻訳された結果だろう。
実行を許可する時点で、シフェルも立派に悪魔の仲間入りなのだが。
『主殿、戻ったぞ』
背後に当たる右側の囮部隊を片付けにいったヒジリが、のそりと後ろから現れる。足音がしないのは聖獣だからというより、猫科の獣の特性かも知れない。普段から足音がしないヒジリだが、魔力をわずかに滲ませているので、オレも感じ取れた。
「おう、ご苦労さん。どうだった?」
『うむ、我の姿に驚いておった』
「まあ、肉食獣がいきなり襲ってくれば驚くだろうさ」
小声でやり取りしながら、追い立てられた獲物を狩り続ける。後ろに回りこんだ傭兵達の気配が近づいてきた。倒した数を確認しておきたい。
「ノア、あとどのくらい?」
「32まで数えた」
この場に残った傭兵の中で、100まで数を数えられるのはノアだけだ。ジャックやライアンは10単位だし、ヴィリにいたっては数える気がない。サシャは数の概念を無視する。几帳面なノアの答えに、うーんと唸った。
残った魔力の動きを考えると、5人ばかり行方不明だ。どこか他所へ逃げたならいいが、回り込まれたりすると厄介だった。
「ヒジリ、5人ほど離脱してるけど……居場所分かるか?」
『我らの後ろに向かっている者が6人だ』
やっぱり。嫌な予感ほど当たる。そしてサバゲーの経験は十分役に立つと気付かされた。実戦経験がないことがオレの弱点だと思っていたが、サバゲーで使った作戦や経験がそのまま流用できる。この世界の戦術や作戦は、素人のオレが考え付く程度のレベルだった。
ずっと戦争をしているくせに、発展していないのは驚きだが助かる。
「ノア、オレとヒジリで後ろに回りこむ6人を片付けるから」
「待て、キヨ!?」
叫んだせいで注目を浴びたノアに銃撃が集中する。反撃が一段落したノアが振り返ったとき、すでにオレは移動を終えていた。
木の枝の上を走るオレの魔力感知が敵を拾う。隣を追いかけていたヒジリも足を止め、鼻をひくひく動かした。臭いを嗅ぐ仕草に似ているが、魔力感知をしているのだろう。
「このあたりだ」
「挟み撃ちにしてやる」
憎しみを込めた彼らの呟きに、苦笑いしてナイフを取り出す。魔力感知が出来ない彼らは魔力の変化に気付けない。収納魔法から取り出したナイフは、さっき味方に貸したものだった。彼が血を拭った刃は、不吉な輝きをみせる。
ヒジリと視線を合わせて飛び降りた。先頭を歩く男の後ろにおりたオレは、そのまま地を蹴った。2人目の男の首を掻き切り、血で滑る柄を握りなおす。そのまま前進して3人目の胸に突き刺した。すぐ脇で銃の撃鉄があがる音がして、ナイフを離して飛び退る……はずが、3人目に腕を掴まれてしまった。
先頭の男の首を食いちぎったヒジリが叫ぶ。
『主殿っ!』
転がるように足元で体勢を崩したオレに向けられた銃口が火を噴く。込められた憎しみ色の魔力が見える気がした。
シフェルを先頭に、騎士団は森を抜けて街中に潜入していた。西の王都には地下通路がある。その情報をレイルが掴んでから1週間後、ようやく届けられた地図を広げた。
「この先を左、3本目の交差を右ですね」
下水道を使った通路を想定していたが、まったく違う通路だった。かつて西に存在した古代文明の町並みがそのまま残されている。不思議と天井部分が残されているため、上の街が落ちてこないのだ。見上げても仕組みはよく分からなかった。
「なんだか怖いわね」
クリスの指摘ももっともだ。誰もいない無人の町は、ひどく不気味だった。自分達の足音だけが生きた者の存在を示し、日が当たらない地下なのに花壇に花が咲いている。さっきまで生きていた町が、突然人だけ消えたような印象を与えた。
「ここです」
他の騎士も気味が悪いのか、剣や銃の柄に手をかけたまま歩いていた。ようやく王城の下にたどり着き、後から人為的に作られた梯子に手をかける。魔法が使える者は浮遊を使い、崩壊の危険を考慮して1人ずつ梯子を使うことにした。
最初に上にたどり着いたのは、竜である魔力量豊富なシフェルだ。浮遊で上の扉を押し開いて、滑るように城の地下に降り立った。魔力感知で罠を探すが見当たらない。レイルの調査どおり、ここは逃走用の脱出路として考えられているらしい。侵入される用心は見受けられなかった。
下から上がってきたクリスに手を貸し、次々と騎士達が上がってくるのを確認する。半数ほど数えたところで、一番近い扉に手をかけた。鍵はかかっていない。この場所は酒の貯蔵庫として利用されているらしく、大量の酒瓶が並んでいた。扉を開くと、目の前に石造りの階段がある。
「どうするの?」
「予定通り城を落とします」
隊長であるシフェルの言葉に、騎士達は武器の確認を始めた。彼の言う城を落とすという表現は『西の王の首を落とす』と同意語なのだ。王の首をとれば、国も城も落とせる。
「いきます」
作戦はすでに通達してある。囮になったキヨ率いる傭兵部隊に注意が向いている隙に、城の中枢を占拠する予定だった。騎士が剣や銃を抜いて構える。
扉をすり抜けて走り出したシフェルの後ろを、それぞれの役目を果たすために続いた。
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