41.傭兵だからこその戦い方
直後に敵へ向けたトリガーを引き絞る。気付けば銃声の数は少なくなっていて、ジャック達が身を起こした。伏せていた他の傭兵も周囲を警戒しながら立ち上がる。
「終わった?」
「らしいな」
後ろの青年の腕に貼られた絆創膏もどきと、その周辺を濡らす血に眉をひそめた。痛そう、やっぱり銃弾を受けて抉る状況になりたくない。気の毒だと眺めていれば、青年にひらひら手を振られた。やたら元気だな。
「キヨ、待ち伏せだ。ルートが読まれてる」
どうする? 尋ねる言葉を飲み込んだジャックの問いかけに、地図を引っ張り出す。今度は使い方をきちんと聞いたので、現在地を表示させて覗き込んだ。足元に擦り寄るヒジリに視線を落とし、思いつきで話しかける。
聖獣様とやらの肩書きを有り難がるなら、何か恩恵があるはずだ! 主であるオレに。使えるものは、たとえ実家の猫でも使う。
「なあ、ヒジリ。何ができる?」
『この戦場で、か?』
「そう。索敵とか、敵の霍乱とか」
『ふむ。敵の情勢ならば地図に重ねてやろう。戦闘力ならば、この中で我に勝てるのは主殿くらいだ』
けろりと爆弾発言をしてくれる。ヒジリが見つめる地図に、何やら光る点が示された。数は多く、50くらいはあるだろうか。蛍のように点滅するのではなく、光りっぱなしだった。
『魔力感知による敵の位置だ』
興味を持ったガタイのいい連中が覗き込むので、地図を魔法で浮かせた。さらに拡大しておく。ついでに地図をまわして実際の方角と合わせた。お陰で左側に敵が集中している状況が掴める。
「便利だな」
ジャックの呟きにノア達も頷いた。
この森は逃げ回った自治領と違い、きちんと整備されている。下生えも多少刈ってあるし、密林みたいな鬱蒼とした感じはしなかった。木漏れ日が落ちる木を見上げ、日差しが落ちる方角を確認する。地図の上で光る点がいくつか動いていた。
「右側が遊撃隊で囮だろう。左側が本隊……なら、正面の敵も囮? でもおかしいな」
違和感がある。囮はひとつじゃないと、追い込む方角を特定できなくなる。囮の役目は相手を食いつかせることで、二つもあったら敵が別れて行動する可能性があった。各個撃破に出るかもしれない。オレ達がどう動くか、ひとつに絞れない作戦は意味を成さないはずだ。
ヒジリの眉間をなでてやりながら、唸る。嫌な予感というか、背中がムズムズする違和感があった。
「右が囮なら無視して左を攻めたらどうだ?」
「いや、先に囮を潰すべきだ」
「俺なら中央突破してから左に回りこむ」
口々に作戦を提示する傭兵達は、普段から自らの動きを勝手に決めてきた連中だ。当然だが好む作戦も、得意とする戦法も違う。間逆の意見が出るのも当然だった。
「ん? もしかして……向こうはオレ達が騎士団だと思って作戦を作ったのか?」
左に本隊を置き、右に囮を置く。中央でひらひら注意を引き付ければ、騎士は正規の手順に従って斥候を出すだろう。報告が来る前に右から攻撃されれば、右を向く。背後を左側の本隊が突く予定なら? 騎士は訓練されているから、行動が予測しやすいはずだった。
「うん、やっぱそうか。傭兵ばっかで助かったな」
彼らの作戦を覆した原因は、オレの部隊が傭兵ばかりで『兵法なんてクソ食らえ』の奴ばかりだったこと。笑いながら地図の右側の囮部隊を指差した。
「こっちは少数、すぐ潰せる。5人くらい志願してくれ」
8人ほどの敵が集まる場所を指差せば、ヒジリが鼻を押し付けてきた。撫でてやると、得意げに唸る。
『5人も要らぬ。我が片付けてやろう』
「よし、任せた。危なくなったら帰って来いよ」
自治領の森でオレを追いかけた身体能力を考えると問題ないが、喉を擽りながら声をかけると、ヒジリは驚いたように金色の目を見開いた。動きを止めたヒジリは器用に笑う。
『聖獣である我の身を心配したのは、主殿くらいよ』
プライドを傷つける発言かと思ったが、ヒジリは嬉しそうだった。確かに強いけど、心配しない理由にはならない。
『行ってくるぞ』
あっという間に走り去る黒豹は、木陰に溶け込むように消えた。見送ったオレは地図の左側を指差す。
「右をヒジリが片付けるから、左側だけ叩けばいい。中央の連中は無視しよう」
大した数じゃない数人の中央部隊は無視。左側をぐるりと囲むように指で位置を指示した。
「ここと、ここ。あとはこっちも……囲う形で回り込むぞ。後ろから追い込んでくれ。オレはここに残るから」
「「「はぁ?」」」
オレがいる場所に敵を集めてくれと言えば、傭兵は皆驚いた顔をした。強面のジークムンドが、確かめるように声を絞り出す。
「おれらは傭兵だぞ?」
「知ってるよ」
何を今更と首をかしげる。すると別の髭もじゃの男が口を開いた。
「ここに残るボスが一番危険なんだが」
「わかってる」
本当に、何を言いたいのか。眉をひそめたところで、笑いながらジャックが仲裁に入った。
「こういう非常識な奴だ。心配するな。護衛はおれらのグループが残る」
当然のようにノアとライアン、サシャが頷いた。
え、なに? 追い込む先にオレがいるから心配してくれてたのか。傭兵って気のいい奴ばっかりだな……顔は怖いしゴツイけど。
これが街中なら、見た目がいい子供を誘拐する集団にしか見えない光景だ。しかし彼らはオレを心配してくれる優しい仲間だった。
ちょっと感動してしまう。だって前世界でオレはぼっち手前だったから。サバゲーでチーム組んだ連中も、こんな風に心配してくれたことなかった。家族からも孤立してたオレにとって、仲間と呼べる存在は本当に嬉しい。
「皆、怪我しないように動いてくれ。無理なら離脱していいから」
「「「任せろ」」」
口々に了承を伝える彼らを見送った。残っていたヴィリはダイナマイトを眺めてニヤニヤしている。爆弾魔って感じで怖い。
「ヴィリ、それは使わないぞ」
仲間を巻き込むだろ。そう告げると残念そうにリュックに放り込んだ。ヤバイ奴だ、きちんと監視しないと『尊い犠牲だった』なんて言葉で味方も吹き飛ばすタイプっぽい。口調が礼儀正しい奴ほど、ヤバイ性格した奴が多い気がするぞ。
「そろそろか」
ジャックが呟いて銃を抜く。ノアも迎撃の態勢を整えた。さっさと近くの木に上ったライアンは狙撃銃を構え、サシャは大きな半月刀を取り出す。オレもレイルに貰ったナイフを確認してから、銃に弾を込めた。
静まり返っていた森に、突如大きな怒号が響き渡る。どうやら攻撃が始まったらしい。予想外の方角から奇襲された連中は、こっちへ追い込まれていた。
「結界張っとくか」
銃弾が当たると抉らなくてはならないため、パラボラアンテナをイメージして半月形の結界を張る。大きめに作ったので、近くにいるジャック達も内側に取り込むことが出来た。直径7m前後だ。
「なんだ、この魔力…」
「オレの結界」
この形ならば弾を弾き返せるし、金属製の硬いアンテナをイメージしたから簡単に貫かれることもない。そもそも強度は魔力量によって決まるらしいから、オレより魔力量が多い奴がいない戦場で負けるはずがなかった。
「……キヨ、こっちからも攻撃できないぞ」
「え?」
言われて気付く。確かに敵の攻撃を防ぐ意味で有効だが、こちらの攻撃も弾かれるんじゃないか? つまり、銃を撃つと跳ね返って自分に当たる……と。立派な自爆攻撃だった。しかも敵より自分の方が魔力多い分だけ、被害が大きいかも。
「しっかりしてくれ。ボスなんだから」
呆れ顔のサシャに呟かれ、ノアも複雑そうな表情で頷く。気配を消しているライアンの視線も感じる気がして、ちょっと肩を落とした。いい作戦だと思ったのにな。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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