40.預けられた信頼
転移した先で銃弾が襲ってくる……ことはなかった。この世界に来たときは、いきなり銃弾が掠めていったから用心したんだけど。
転移したオレの首根っこを掴んだジャックが移動する。軽い感じでもたれてるけど、一応24歳なんで。気を使って欲しいと思う。しかしオレがいなくなった魔法陣の上に、次々と転移してくる騎士団の人数に「あ、オレ邪魔だった」と気付いた。
そういや西の自治領から戻ったとき、前の人が乗ったままの魔法陣にオレが現れたからぶつかったよな。転移したら避けるのはマナーとして覚えておこう。
周りは先に転移した傭兵達が各々の銃や武器を点検していた。無駄口を叩かない傭兵達は慣れた所作で武器を構えると、号令もなく警戒を始める。どうやら手順は事前に周知されているらしい。
今回の出張メンバーに、西の自治領出身の騎士だったユハはいない。裏切りの心配がどうの…ではなく、単純に能力的な問題だった。戦い慣れした傭兵の移動速度についていけないと判断されたのだ。従ってユハは、居残り組の騎士団と訓練に明け暮れる予定になっていた。
「ボス、しっかり頼むぜ」
傭兵の中でも一、二を争う強面がにやりと笑う。ジャックの頬の傷より派手な、海賊並の刀傷があるおじさんだ。荒くれ者を纏める役目を買って出てくれるおじさん――名をジークムンドという――に、右手をあげて笑った。
「任せろ、ジーク」
「頼もしいな、坊主」
「こら、ボスって呼べ。雇い主だぞ」
強面おじさんジークムンドが、オレの頭に手を乗せた若い傭兵を戒める。叱りつけるというより、笑いながら茶化した感じだ。
この場の傭兵達の半分は、戦ったオレの姿を見ているから侮ったりしない。残りについては……金がもらえるから従う雰囲気だった。まあ仕方ない。オレだって明らかに年齢半分のガキが、サバゲーで指揮を執るなんて言い出したら舐めてかかる。
「キヨ、ライフルをくれ」
「はいよ」
収納魔法で2丁のライフルを引っ張り出す。受け取ったライアンが銃の状態を確認して、自分の収納空間へ放り込んだ。すでに愛用のライフルは肩に担いでいる。彼も収納魔法が使えるのにオレに銃を預けた理由は、先日ノアが教えてくれた。
ライアンの狙撃の腕は傭兵の間で有名だ。命中度も援護の早さも、冷酷さも含めて彼の実力は評価されていた。一流の名を持つ傭兵である証拠として、彼も二つ名を持っているらしい。聞いても教えてもらえなかったが、近いうちに絶対探ってみせる。ぐっと拳を握った。
話がそれたけど、ライアンほどの傭兵が命と同等に考える武器を子供に預ける――この行為は実力への信頼を示すそうだ。そのためノアは愛用の包丁とナイフ、ジャックもナイフを預けてくれた。
よくわからない習慣だと思う。武器は自分が持ってないと、緊急時に困るんじゃないか?
傭兵同士の信頼を示すバロメーターなら、仕方ないが。とにかく預ったライフルを、わざわざ今の場面で渡す必要性がここにあった。群れのボスとして認められる足がかりとして、一流の傭兵が武器を預けたという形を見せ付けるのだ。
「僕の爆弾はありますか?」
久しぶりに会ったヴィリに尋ねられ、一瞬どれのことか迷う。
「ダイナマイトのほう? 完成品?」
「完成品です」
信管までセットされた爆弾を取り出し、ヴィリに手渡した。オレの爆発物教育の先生だが、二つ名は「炎爆」だったっけ。正直、爆弾魔のが似合うだろう。とにかく爆発させる。シフェルは解体技術を覚えさせるためにヴィリを教官に加えたが、なぜか爆破技術が異常に向上してしまった。
「これでいい?」
満足そうなヴィリが自分の作品を撫で回している。最初に会った朝は礼儀正しい黒人さんだと判断したが、爆薬フェチの危険人物だった。切羽詰ったら、オレたちごと吹き飛ばしそうな奴だ。
「騎士団はこちらへ。傭兵はキヨの指揮下に入ります」
シフェルに簡単な説明は受けていたが、別行動となる。副官を雷神ジャックと菩薩のノアに振り分けるといわれ、初めてノアの二つ名を知った。所以は、優しそうな笑顔でさくっと命を奪う姿だそうで……忍び寄ってナイフで命を狩るノアの笑顔が、容易に想像できる。
「そちら用の転移魔法陣は……キヨに預けます」
シフェルに巻いた絨毯を渡され、収納空間へ放り込んだ。胸ポケットのメモに追記して顔を上げると、驚いた顔をしている連中がいる。首をかしげたが、手招きするジャックに向き直った。
「騎士さんは裏工作だとさ。戦場はおれらの自由だ。敵を倒しまくれ。ボーナスが出るぞ!!」
ジャックの分かりやすい小声の扇動に、傭兵達は無言で武器を突き上げた。敵地の真ん中で「おー!!」とか叫んじゃうとバレて銃弾が飛んでくるので、地味だが仕方ないだろう。
足音を殺しながら歩き出し、ふとヒジリがいないことに気付いた。
「ヒジリ、忘れてきたかも」
呟いた瞬間、足元の影から黒豹が現れた。驚いて後ろに跳び退ったオレは、ノアにぶつかってしまう。
「気をつけろよ、キヨ」
あっさり受け止めたノアに頭をなでられ、憮然とした表情で足元のヒジリを蹴飛ばした。
「どこにいたんだ?」
『主殿の影だ。本来、契約した使役獣は影に入るものだからな』
確かに授業でそんな話を聞いた気がする。当時は自分が使役獣と契約すると思わなかったので、完全に他人事として聞き流した。
「出入り自由なのか?」
『ふむ、かなり自由だ』
つまり主であるオレが危険になったら、影から飛び出てジャジャジャジャーンと助けてくれるわけか。にんまりしながら歩くオレを、周囲が不気味そうに見ている。そういう視線、傷つくぞ。
森の中は茂みや芝のような場所より、小枝が落ちた雑草の中を歩くほうが多い。気を抜いていると枝を踏んで音を立てたり、膝上まである雑草に足をとられて転ぶこともあった。
かなり歩きにくい環境だが、傭兵達は慣れているのか。武器も布を巻くなどして音が出ないよう加工していた。袋に入れると緊急時に取出しが間に合わないので、タオルや包帯状の布を巻いた奴が多いのも特徴だ。
さすがはプロ。サバゲー程度のオレとは経験値が違う。包帯に似た伸縮性の布を歩きながら銃に巻いた。少し先にいたジャックがさっと右手をあげて、隊を制止する。ぴたりと動きを止めた傭兵が一斉に武器に手をかけた。
「撃てっ」
聞こえた号令は、茂みの向こう側だった。オレは本能的に首を竦めてしゃがみこむ。その脇を銃弾が掠めていった。びっくりして詰めた息を吐き出し、考えるより先に身体が動く。左腕を軸にして、銃身の支えにした。見えた敵に向けて「しねえぇ」と念……じゃなかった魔力を込めて引き金を引く。
パン、パン! 小銃や拳銃の軽い音が響く中、3人ほど隣の傭兵が腕を押さえて蹲る。気付いた瞬間に転がって彼の斜め前に陣取った。庇う形で銃を構える。
「動ける?」
「あ、ああ。悪いな」
絆創膏もどきとナイフを取り出して渡す。弾が中に残っている場合は、傷から抉り出して絆創膏もどきを貼ると聞いた。必要になるナイフを手渡したあと、敵へ向けて引き金を引く。
「お前さ、ボスなのに部下の前に立つのか?」
奇妙な質問だと思った。だから振り返らずにオレが知る答えを返す。
「ボスだから前に立つんだろ」
役目のある奴が前に立つのは当然だ。それだけの報酬を得るんだから。少なくともオレはそう考えていた。部下を無事に連れ帰るのも将の役目だっけ? シフェルに教わったのは、そういった分野も含まれていたのだ。
「っ……変な奴だな」
弾を摘出しながら呟く男がナイフの血を拭って、くるりと回して刃を持った。柄をこちらに向けて差し出す。受け取って収納空間へ放り込んだ。
「これを預ける」
続けて小さな銃を渡される。反射的に受け取って、収納空間へ入れた。
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